137 光の帝国へ 17
闘技場十日目。
四腕一つ目の巨人。
四本の腕で自在に武器を操り、さらに目から怪光線を発するというやりがいのある敵だった。
こう……傷まみれになりながら一つの敵ととことんまでやりあうという経験は、実は戦神の試練場ではほとんどできなかった。
何しろほとんどの場合において敵が多かったからな。傷まみれの疲労困憊になんてなっていたら、戦闘音を聞きつけて隙を伺っている次の魔物にやられるだけだ。もちろん、一騎打ちを挑む魔物もいたが、それは本当にごく少数だった。
しかしなんというか……身を削りながらやりあうというのは初心ではないにしろあの頃の苦労を思い出させてくれて……なんというか……滾る。
徐々にこの場のしのぎ方がわかってきているというのも良い。
それはともかく、戦いの後に牢の中で傷を癒しているとセヴァーナがやってきた。
試しに魔法を使わせてみると、使えた。
むかつくことだが、同じぐらいに別の可能性を示唆しているのではないか、という気もしてきた。
太陽神がユーリッヒびいきだという意見を捨てる気はないが、シビリスの件を考えてみても意外に苦悶させることにも躊躇のない性格をしている。
おれをダシにしてここにユーリッヒを導いたという可能性もあるが、試練は試練としてちゃんと与えるのだとしたら?
玉座に座って笑っているだけで強くなりました……なんてことをはたして許すだろうか?
つまり、太陽とは? ということになるのではないか?
いいぞ、段々と頭が冴えてきた。
相変わらずセヴァーナは疲れている。
過去を引きずっているのはお互い様なのでそこを軟弱だと笑う気もない。二人にやっていることの陰湿さも十分理解している。
いっそ、二人を国ごと滅ぼしてやった方が、からっと陽気な復讐者ってことになるのかもしれないな。
だが……と思う。
はたしておれは、二人を殺したいほど憎んでいるのだろうか?
それほどに憎んではいた。それは事実だ。
いまもそうか? となると自信がない。
だが、二人がいなくなった後のことを考えると、不意になにかが軽くなる。
肩の荷がおりたというのとは違う。
あるいはそれは、寂しさなのかもしれない。
人類がまとまるために魔族を必要としているように、おれも行動の指針としてあの二人が必要なのかもしれない。
ラーナと再戦という目的を忘れたつもりはないが、そこまで短期間で走りきろうなど甘い考えはない。そのことがわかっているからこそ、最初に来る場所として太陽神の試練場を選び、ユーリッヒを刺激することを選んだのだから。
遠い未来にあるラーナとの再戦と目的の途中経過で心がだれないためにあの二人は必要なのだろう。
なんともひどい話だがな。
たしかに……冒険者をしていても将来的に目指しているものっていうものがないからか、いまいちぱっとしないしな。
貴族になってタラリリカ王国で世界統一を狙ってみるのも面白いかもしれない。
まぁそこらへんはどうでもいい。目標がなくても冒険者生活は依頼次第では面白い場合もある。
いまは、この試練に対してどういう仕返しをしてやるか……ということだ。
それに関してはもう試験を行っている。
結果はなかなか良さそうだ。
武装巨神官の紋章を獲得。
闘技場十一日目。
竜だ。地竜寄りの狼似。額の一角で魔法を使ってくる。
この世界には竜の国で見た以外の竜もいる。ワイバーンやヒドラなどがそうだ。種類という意味なら翼竜を超えることはできないだろうし、竜の国の連中が同類と思っているかどうかは知らないが、は虫類が進化していった先に竜が存在しているのも事実だろう。
苦労したし、安物の武器ではそろそろ練った仙気に耐えきれなくなって折れ、盾は裂けた。しかたがないので徒手空拳で対応する。仙術も幾つか使った。
決着を付けるのに少しばかり種を見せてしまったが、ユーリッヒが気付いた様子はない。
ていうか、おれが勝てばあいつに成長の因子が流れているからといって、あいつがおれの勝利に本気で喜んだりするか?
苦虫を何百匹噛み潰しても足りない顔をするもんじゃないか?
「アストからの施しなど、受けてたまるか!」って感じで。
それとも、庶民は税を納めるのが当たり前って言うのか? たしかにいまのこの成長の因子の搾取は税のような感じで取り上げられているしな。
そして多くの剣闘士は皇帝を妥当するほどの力を付けるまえに敵に倒れ、ただ一人皇帝だけが強化され続ける。
普通の国でやればあっという間に国民がいなくなりそうな所行だが、ここは太陽神の試練場。
ただそれだけしかないのだから、なにも心配することはない。
皇帝は無限の搾取を楽しむことができる。
永遠の太陽の下で。
極陽竜狼の紋章を獲得。
†††††
抗おうとはしているのだが、気が付けば玉座にいて試合を見下ろしている。
それでも我に返る瞬間は必ずあり、その度に自己嫌悪に襲われる。
そして聞こえてくるのは、ユーリッヒの笑い声。
抗う気のない傲慢な笑い声。
眼下ではアストが多頭の黄金竜と戦い、死にかけながらも勝利したというのに、そんな彼の勝利に拍手を送り、愉悦の笑みで勝利の上前をはねている。
こんな男が本当にユーリッヒなのか?
「……あなたはそれでいいの?」
こんなどこともしれない場所で、本当か嘘かもわからないような空間で、自分がなにかしたわけでもない上位に酔いしれて、それで本当にいいのか?
「あなたはそれで、アストに勝ったと思っているの?」
「なにを言う?」
笑っているだけだったユーリッヒがセヴァーナを見た。
「これこそが貴族と庶民の正しい姿じゃないか」
「あなたこそ、なにを言っているの? 血を流すのは貴族の尊き義務。その究極が勇者だと、あなた言っていたじゃない」
「その通り。だからこそ、おれたちは強くならなくてはならない。そのためにこの場所があるのだろう。庶民はその身を挺して、おれに強さを捧げればいいんだ」
「あなた……」
「どうせ庶民など、いくらだって湧いてくるのだからな」
セヴァーナは信じられない気持ちでユーリッヒを見た。
「どうしてしまったの、ユーリッヒ?」
「どうしただって? それはこっちのセリフだ、セヴァーナ。いま起きていることがなにかわかっていないのか?」
「わかるはずもない。試練場の隠された場所に辿り着いているのはわかっているけど……」
「そうだ! そしてこれはアストの奴も辿り着いた場所だ」
「どういうこと?」
「戦神の試練場で奴は隠された階層に到達し、そしてあの力を得た。ここはそれと同様の場所だ」
断言するユーリッヒにセヴァーナは混乱する。
ユーリッヒの言いたいこともわかる。アストの異常な実力になにか理由を探すのであれば、そこに神の力の介在を求めたくもなる。
ただの努力だけであんな境地に辿り着けるはずがないと言いたくもなる。
そして、神の力であるならば、戦神の試練場という場所で行方不明になったのだから戦神がそこに関わっていると思うのは当然で、ならば試練場の奥地には誰も知らない階層があったのではないかと考えてしまうだろう。
アストが生きていたと知ったとき、セヴァーナだってそれを考えた。
だけどそれが、こんな非常識な力の働く場所だなんて考えてもいなかった。
「わからないのか? セヴァーナ」
「……なにを?」
「注がれ続けるこの力が、おれになにかを予感させる。お前にはないのか?」
「…………」
予感?
いや……。
ないと言いかけて口が止まる。
胸のざわめき。この場所に対する吐き気を伴う拒否感とは別に、なにかが力強く心臓を叩いている感じはある。
それがセヴァーナを朧気な意識の中で微睡ませてくれない。ユーリッヒのように注がれる力に溺れさせてはくれない。
目を覚ませと、なにかがセヴァーナを叩くのだ。
ユーリッヒもこれを?
いや、違うはずだ。
セヴァーナとユーリッヒでは、感じているものが違う?
そうとしか考えられない。
しかしだとしたら、それはどういうことなのか?
なにに目覚めろというのか?
いや……。
「……そうね。わかっていることが一つあるのよ」
そうだ。
このイライラをどうしてくれよう。
なにか良い解決方法はないものかと、ずっと考え続けてきた。
自分の環境を変える最善の方法はないものかと。
だけどそんな考えは、貴族の小娘が庶民のほとんどが触ることもできないようなベッドの上で世を拗ねているだけでしかないのだとわかってもいた。
自分は甘いのだとわかっていた。臆病者なのだと。
ああ、胸が痛い。心臓が高鳴る。
「セヴァーナ……お前」
ユーリッヒはなにを見ているのか、彼の青い瞳がなにかを反射して左右で違う色を浮かべている。
青と赤。
氷と炎。
「いい加減、こんな玉座うんざりだったのよ。あなたの隣もね。さようなら」
言い捨てると、セヴァーナはドレスを脱ぎ捨て自ら闘技場へと飛び降りた。
この日、氷の聖霊の加護を受けた勇者セヴァーナ・カーレンツァは、炎の聖霊の加護をも手に入れることになる。
勇者史上初めての二柱の聖霊に護られた勇者の誕生である。
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