135 光の帝国へ 15
闘技場二日目。
太陽が常に空にあるので日付は適当だ。
とりあえず、一日に一度呼ばれているという考えで進めていく。
本日の相手は巨人と見紛う大男と鎖で繋がれての死闘。
体重差が百倍ぐらいはあるのではなかろうか。ここまで来るとおれなんてそこらの投げ石と変わらないだろう。
面白いぐらいに振り回してくれたので、その勢いを利用して鎖を首に巻き付けて窒息死に追い込んでやった。
やはり魔法は使えず。ただし仙気は使用可能であることを確認。紋章ももちろん獲得した。連結生成したそれは陽鎖巨人というそうだ。
闘技場三日目。
相手は飢えた狼の群だ。
はやくも相手が人型ではなくなった。一頭が大人ほどの大きさの狼でなかなか苦労させられたが、仙気を取り戻した現在では怖れるほどではない。なんなく勝利。紋章も獲得。
名前は黒陽狼。
闘技場四日目。
黄金騎士に似た巨人二体を相手にする。
兜が牛顔と馬顔になっており、面白い。牛顔が戦斧、馬顔が双鞭を使った。
狼とはまた違う連携が面白かった。特にあの鞭さばきは【蛇蝎】を使う上でとても勉強になった。『武聖』の称号を得てなお、武技において得ることがあるとは……やはり称号による補正は万能ではないな。
天門衛士・阿および天門衛士・吽の紋章を獲得。
闘技場五日目。
燃え盛る怨霊のような群れを相手にする。
仙気を練ることはできるが、いまいちだ。感覚的には回転しきらないという表現が一番近い。
ただ、それでもまだ相手をしていられる。
ちょいと全身の五分の一ほどが日焼けしてしまったが仙気の回復力でどうにか凌ぐ。
陽炎の使徒の紋章を獲得。
闘技場六日目。
黄金の光を放つ巨虎。
あちこち齧られてしまったが、目潰しで剣を脳まで届けてやったら大人しくなった。
魔法は相変わらず使えず、仙気の練りも悪いままだ。地獄ルートでは強い回復魔法の取得が急務だったし、生き残ることができたのもまさしくそれが理由の大きな部分を占めていた。
戦いが続くならばここでもそうだ。日焼けの影響か齧られたせいか、右の五指に痺れが残って消えない。
仙気の回復では追いつかない。腹に開いた穴がいまだに埋まらず血が止まらない。
紋章を獲得できても使用はできていない。魔法にしてもそうだ。使えない原因は太陽神の意図であることは間違いないだろう。それでも仙気を封印しきれなかったのは、太陽神もおれが使えると予想していなかったのか、あるいは知っていても対処しきれなかったのか。
どこかで糸口を見つけなければ……おれになにができる? 剣を振る以外に、なにが。
金毛陽虎の紋章を獲得。
闘技場七日目
灼熱翼のウェアイーグル。
仙気の回転が悪い原因がわかった。
練るという行為は体内で発生させられる仙気をただ循環させているわけではない。周囲に存在するエネルギーをも吸収し、それを仙気へと変えている。
仙気の回転が悪い……即ち増幅がうまくいかないのは周囲の環境からエネルギーを吸収できていないから、ということになる。
そしてこれのおかげで、魔法が使えないことの答えも得ることができた。
魔法は魔力をエネルギー源として行う世界の法則への介入だ。魔法を編み出すための呪式や詠唱や魔法陣は、自然界の法則をねじ曲げるために使われている。
それは別の視点から見れば、通常の世界は外部からの介入を許す寛容な状態にある、ということだ。
それと同じように、その物体から放散されれば自然の循環へと還るべきエネルギーの流れを歪めるような仙気を練るという行為も認められていない。
この世界は太陽神が作った試練の世界。
魔法を使わせないと太陽神が決めれば、発動するわけがない。自らの力でのみ戦えと決められれば、仙気もうまく練られるわけがない。
おれにだけ魔法を使わせないのか、それとも他もそうなのか、誰かが魔法を使ったところは見たことがない。
今日の魔物は魔法じみているが、あれはそういう生態であると言いきることもできるから難しいところだ。
いや……そもそもここの魔物は紋章によって作られた虚像だ。紋章術を魔法と同列にするべきなのかどうか。
しかしいかんな。
こんなことに気付くのに七日もかけてしまうとは。
やはりこの状況でおれも冷静さを欠いていたということだろう。
魔法が使えなくとも魔力はある。仙気を魔力に変えようとしていたように、魔力を仙気へと変換すれば闘技場での戦いは楽になる。
とはいえ、それだけではこの状況を乗り切ったことにはならない。
ただ、あいつに勝利を捧げ続けるだけだ。
どうしたものかな。
炎翼魔闘士の紋章を獲得。
†††††
おそらくは十日ほどは経っただろうか。
ときどき、自分の意識が遠退くような感覚があり、気が付けば侍女たちに着替えさせられ、玉座に座っている。
眼下では常に戦いが行われている。
多くの奴隷たちが裸に近い状態で武器を握らされ、殺し合わされる。
救い……といえるのかどうかわからないが、罪悪感を減ずる理由を探すならば、彼らは皆、嫌がることなく武器を振るい、殺し合っていることだろうか。悲鳴は一つも聞こえてこない。
嫌がっている様子はない。
そこで戦い、殺し合うことが当たり前だと思っているかのようだ。
そして隣ではユーリッヒが笑っている。
彼がこんな風に笑っていることなど、あっただろうか?
そういえば、出会ったときは快活とまではいかないまでも自信に満ちた笑顔を見せていたような気がする。
その笑顔が消えたのはいつからだっただろうか?
戦うための訓練をともに始めたときは、戦う事に抵抗を見せていたセヴァーナを慰めてくれる優しさもあった。
守るといってくれる騎士道精神もあった。
そうだ。
いまはタラリリカ王国で大神官を務めているという戦神の神官ラランシアが連れてきた少年と出会ったときからだ。
庶民でありながら『勇者』の称号を見出された少年。
アスト。
そうだ。
アストを見たときからユーリッヒは笑わなくなった。
わたしも少しは驚いた。そのときすでに勇者として大要塞に入っていたザルドゥルやクリファ、そして引退したり亡くなったりした方々全て、国は違っても貴族だった。
庶民の勇者など、大陸に国と人が散らばっていく大開拓時代にしか存在していなかった。
その原因が貴族にしか生まれないのではなく、貴族からしか探していないのだと知るのはもう少し後だ。
ただ、そのときの感想としては驚き以上のものはなかった。
そういうこともあるのだ、という程度だ。
それならわたしを選ばないでくれれば良かったのに、という気持ちもあったかもしれない。
しかしユーリッヒは違った。
おそらく、彼にとって『勇者』の称号を得るということは、貴族の高貴なる義務の中でも最高の位置にあるものだったのだ。
それなのに庶民のアストがその称号を持つことで、彼の誇りはひどく傷つけられた。
アストにしてみれば、なんと身勝手な理由と思うだろう。
だが、そんなユーリッヒの気持ちは彼個人だけのものではなかった。わたしのために付けられた者たちも同じ考えを持ち、それを家の者たちも支援し、戦神の試練場に入ったところで彼の排除が始まった。
あるいはそこでアストが折れてしまっていれば、ユーリッヒは昔の笑顔を取り戻せたのかもしれない。
貴族と庶民の垣根さえ存在していれば、ユーリッヒはユーリッヒ・クォルバルとしての自己を維持し続けることができるのだ。
貴族として犯しがたい存在でいることができるならば、彼は案外、公明正大な領主となることもできたかもしれない。
しかし、アストは折れなかった。
そして最後まで折ることも叶わぬまま、最後には彼の協力が必要な場面になり、そして見殺しにした。
きっと、なによりも問題なのは、ユーリッヒは最後の最後でアストの力を必要としてしまったことなのだ。
その事実を認めたくないから、アストを落とし穴から救わなかった。
認めたくない事実を戦神の試練場の底に捨ててきたつもりだったのだ。
そんなことをしても、心がそれを忘れることなんてできなかった。
ユーリッヒが本当にやらなければならなかったことは、勇者を全うできるのは貴族だけなのだと、実力と行動でアストに示すことだったのではないかと思うこともある。
それが成功するかどうかはともかく、ユーリッヒの目指す勇者はそこにあり、そしてこれもおそらくだが、アストが夢見ている勇者はそこにはなかったのだから。
しかしもう、全ては遅いのだ。
帰ってきたアストはルナークを名乗り、そして歴代の勇者の誰一人として為しえないようなことを大要塞でしてのけた。
ただの一戦で、ただ一人で、魔太子を殺し、魔王を殺し、そして主戦場を混沌に落とした。
人魔の戦いの根本を破壊した。
二つの大山脈にあるただ一つの隙間、北へと繋がるただ一つの陸路。無理に戦場を求めれば、東西で海路を使えばあるいは再開することができるかもしれない。あるいは竜たちをどうにかして空路か?
そのどれもが現実的ではない。
多くの犠牲を出した末に、なにも得るもののないまま、長きに渡って続けられた戦いは強制的に終了させられた。
貴族の勇者は大敗北を喫しただけでなく、戦う相手を失ったのだ。
自らが否定した庶民の勇者を消すことも出来ず、それどころか自分の存在意義を示す場すらも失って……今度こそ、ユーリッヒは壊れてしまったのだろうか?
だからこんな風に笑っているのだろうか?
ここにあるのは貴族の誇りなどというセヴァーナにとってはどうでもいいものを再確認し続けるだけの、ユーリッヒという名の抜け殻なのだろうか?
これでいいわけがない。
試合が終わるごとに浴びる光の粒子の恩恵を自覚しているが、それを喜ぶ気持ちはセヴァーナにはなかった。
強くなればなるだけ、戦いから逃れることができなくなる。
それはセヴァーナの望むところではない。
なんとかしなければ……。
そう考えたセヴァーナは玉座から立ち上がった。
まだ、今日の試合は全て終わっていない。アストの試合は終わったが、他の者たちが戦っている。
立ち上がって背を向けても、ユーリッヒの笑い声は変わらない。
セヴァーナはそのまま、その場を去るのだった。
向かうのは。アストのところ。
なんとか、彼を救わなければ。
あのときのように、ユーリッヒに流されているだけでは、ただ過去を繰り返すに過ぎないのだから。
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