134 光の帝国へ 14
さてさて……これはまた趣味の悪いことで。
対戦相手側の入退場口から現われた大量の剣闘士との殺し合いの渦中ながら、おれはやれやれとため息を吐いた。
試合形式は生き残り戦のようだが、ほとんどの剣闘士はおれへと殺気を注いでくる。まずはあいつを殺ろうという作戦ではないだろう。最初から、おれが死ぬかあいつらを皆殺すかという戦いだ。
安物の剣は血脂ですぐに使いものにならなくなった。
殺した相手から武器を奪って使っていくやり方で対応していく。
魔法を使えればもっと簡単にやれたのだが、なにかの力が働いて打ち消されてしまうのだ。
とりあえずはそういうルールなのだと受け入れるしかない。わたわたしている間に殺されるなんて、みっともないからな。
いまはなにができてなにができないのかを知るべきだろう。
と、おれに向けて遠くからなにかを突きつける感触がある。
そちらを見ればユーリッヒがおれを指差して笑っていた。いままで見たことがない愉悦混じりの笑い顔だ。
戦神の試練場時代、おれが一人で苦心している姿を見て鼻で笑ったり冷笑することはあったが、ああいう加虐的な笑みを浮かべたことはなかった。
どうなんだろうな。あれは本物なのか? なにかに演技を強制されているのか?
あるいはあれこそがあいつの本心なのか?
お、もしかして隣で着飾っているのはセヴァーナか?
ふむ……ザンダークでも見たがドレス姿が似合っているな。
それにしても、そうか……こっちに来れたのか。
ていうことは、あいつらも?
とりあえずユーリッヒには中指を立てて応えておき、戦いに意識を戻す。
おれが苦労する様を奴らが上から見下ろす。
状況は違えど、まるであの頃のようだと考えれば段々と腹が立ってくる。その怒りを残っている連中にぶつける。
とりあえず全員、首飛ばしの刑にした。
なに、ここが本当に試練場の裏面なのなら、こいつらは本当の生物ではない。紋章によって生み出された仮初めの命だ。
ほら、段々とその姿が薄くなってきた。
見えた紋章を、おれは即座に回収する。人間タイプというのはなかなか珍しいからな。
あと、できることを確認する意味合いもある。
紋章の回収はできた。
では、使用は?
死体たちが消えるのを確認していると、不可思議な動きがあることに気付いた。
その姿がただ薄まるだけではなく、光の粒子となって舞い上がっていく。
そしてそれらは一本の流れとなり、玉座へと向かっていく。
「……あいつが作ったものがあいつへと帰っていく。ではないよなぁ」
玉座というか貴賓席というべきなのか……席は二つあり、光の流れはそこにいる二人に流れているのだ。
「ああ……なんか嫌な感じがするな」
ユーリッヒの笑いの意味がわかった気がして、おれは奥歯を噛みしめた。
†††††
「これは、なに?」
自身に降り注ぐ光にセヴァーナは戸惑いの声を上げる。
アストが勝利することにはなんの疑いも抱かなかったが、彼が戦いにくそうにしているような気はした。
卓越した身のこなしと剣技だったが、主戦場で見た隔絶した戦いとはほど遠く、太陽神の試練場で見た絶対的な強さとも違った。
そう……言ってしまえばそこにあったのはセヴァーナでも手が届くだろう強さでしかなかった。
これはどういうことなのだろうと思っていると、次はこの光だ。
逃れようとわずかに身をよじったのだが、光は追いかけてきてセヴァーナに触れるや溶けていくように消えていく。
「ははは、感じないかセヴァーナ」
同じように光を浴びているユーリッヒはこの状態を当然のものと受け入れている。
「感じる、なにを……」
言いかけて、セヴァーナも自身の中にある変化を感じとった。
なにかが満ちた感じがする。他者からの援助で体内の魔力が増幅したときに似た感覚が体を巡り、そして肌に染みこんでいくような不思議さが残る。
「これは……」
「力だ」
「え?」
「いま、おれたちは太陽神からの祝福を受けているのさ」
そう言って笑うユーリッヒの顔にセヴァーナは気味の悪さを感じる。
「まだ、理解できてないようだな。だが、大丈夫だ。すぐにわかるようになる。それよりも次の戦いが始まるぞ。おれたちに捧げ物を運んでくるのは、なにもあいつだけではないんだからな」
†††††
再び牢屋に押し込まれた。
その後、他の牢が開き、闘技場へと追いやられていく。
戦いは次々と続いているようだが、しかしこいつら紋章で作られた、いわばダンジョン制の魔物だ。
そんなものを戦い合わせるだけになんの意味があるのか?
……と思うのだが、答えは間違いなくさっきの光景にあるのだろう。
あれはおそらく、力だ。
成長の因子とでもいうべきか。
戦いの中で得られる形にならない要素。戦いの中での成長は鍛練とはまた違う形を見せる。
魔力や筋力の増強、あるいは魔法への深い理解などもそうだ。
本を読んだり鍛練を重ねたりも重要だが、そこからさらに踏み込んだ成長を望むならば、戦いは避けて通れない。戦闘する者であるならば、それは当然の真理だ。
称号の昇華など、戦いを通して起きるものがほとんどだからな。
「……つまり、あの光は成長の因子ってことだよな。そしてそれが、戦ってもいないあいつらのところへ流れていく?」
仮定として推測しているが、段々と腹が立ってきた。
簡単に言えば、あの玉座に座っている者は他人の努力の上前をはねることができるということだ。
「これは……これが太陽神の考え方ってことか? ああ、そうか、そうだよな」
そうだったではないか。
タラリリカの大神官のバカ息子、シビリスのときだってそうだった。
あいつを立ち直らせるためか、あるいはアーゲンティルの娘ミリーナリナを救うためか、あるいはその両方……どうであれ太陽神は運命を操っておれに奴らを救わせた。
そう。おれを利用したのだ。
そしてそこにどんな意味があったのかを、太陽神はいまここではっきりと形に示してみせたわけだ。
ユーリッヒ。
陽の聖霊が認めた勇者。
陽とはつまり、太陽のこと、光に属する聖霊である以上、それは太陽神の眷属ということにもなるだろう。
太陽聖剣を持つ陽の勇者。
闘技場という環境において、やつは舞台の観客にして最上位者。
おれはこの場では使い潰されるだけの剣闘士奴隷。
セヴァーナがそこにいるのがどういう意図かは読みにくいが、ともあれ彼女がいるおかげで当時の状況をそのまま持って来たような形になった。
二人に見下され、環境はおれの敵となる。
しかも人の努力を横からかすめ取っていく算段まで足してくれた。
ああもう……最高じゃないか。
神が公平だなんて思わなくなったのも試練場時代ぐらいからだった。
だから別に、試練も同一だとは思わない。おれが奴隷から始まり、奴らが支配者の側から試練を受ける。そういうことになるのなら別にかまわないさ。神が平等ではないのだから、世界だって平等ではないのだ。ならばさらにその下の人間様社会が平等ではないなんて当たり前すぎて、そこで悩むなんてもはや馬鹿げている。
だからおれは、おれに降りかかる理不尽に、どう意趣返しをしてやるか考えるだけだ。
見ているが良い太陽神。
テメェのお気に入りに最高に面白い顔をさせてやるからな。
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