132 光の帝国へ 12
太陽の殉教者は強かった。
手にした武器や盾は時に剣、時に槍と変幻に姿を変え、またそれを使いこなす武術も絶技の域に到達していた。
また、個人の武だけではない。太陽の殉教者はまた、その身に宿した黄金の装飾品を溶かして、無数の陽兵を生み出しもした。
いままで出てきた全ての陽兵……陽兵将軍は除く……たちの邪魔によってニドリナたちの急造連携は切り崩されていく……。
それでも終わらない戦いはないわけで、太陽の殉教者にも敗北の刻が訪れる。
ニドリナの銀睡蓮が肩を突いて関節を壊し、セヴァーナの氷が足を砕き、ハラストの剣が盾を持った腕を切り落とす。
ザルドゥルの矢が額を貫き……ようやくにして太陽の殉教者は倒れた。
「なんなんだ……」
倒れた太陽の殉教者を見て、ザルドゥルが疲れ果てた顔で声を絞り出す。
「絶対におかしい。こんなに強くはなかったんだ」
「ユーリッヒといたときは?」
「あ、ああ……」
おれの質問にザルドゥルは困惑したまま頷く。
「こいつが嫌われているからではないか?」
ニドリナがそう言いつつおれを蹴ろうとしたが、そんなものを受けてやる気はない。さっとよけると仮面の奥で睨んできた。
「なんだよ? まじめに補助してやったのに不満なのか?」
「うるさい!」
おれの質問に答えないニドリナにおれは肩をすくめるしかない。
いや、ほんと……まじめに補助をしたぞ?
補助魔法を維持しつつ、負傷には回復魔法を飛ばし、回復待ちで手数が減った部分には幻の魔法や精霊を召喚して代用する。
攻撃魔法の指示はついに来なかったから使わなかった。
それぐらい指示を忠実にこなしたというのに。
「まったく、なんだってんだ?」
「……おそらく、ニドリナさんはあなたに窮地から救ってもらいたかったんですよ」
「は?」
疲れ切った顔でハラストがそんなことを言う。
「正直に言えば僕もそうでしたしね。いや、きつい戦いでした」
「ふふふふふふふふ……ふざけるな!」
ニドリナがあからさまに動揺したので、おれは思わずにやりと笑ってしまった。
「な~んだ、ニドリナ。そういうことならもっとわかりやすくしてくれないとな」
「ち、違うぞ! このわたしがそんなことを願うわけがないだろう!?」
「おれにそういう機微とか求められても困るわ~。だけど、言葉にして求められたちゃんと応じるぞ!」
「よかったですね、ニドリナさん。次はちゃんと言いましょう」
「……貴様ら、これからは夜に一人歩きできると思うなよ」
ニドリナの本気の脅しにハラストが迫力負けし、おれは笑う。
「気楽ね。……まだ、ユーリッヒも見つかっていないのに」
そう言ったのは、セヴァーナだ。
少しだけ珍しく思ったが、狼狽するニドリナを見られるのは楽しいのでそんな些事は忘れて返事をしようとした。
そう……しようとした。
できなかったのだ。
振り返ってセヴァーナを見て、口を開こうとしたときには世界は停止していた。
誰も、自分たちの異変に気付くことなく止まっている。
「こいつは……」
と、口にしたつもりだが、はたしてそれは形になっていたのか。
別の音声がおれの聴覚を支配して、自分の声を聞くことはできなかった。
『条件を達成しました。太陽帝国へと移動します』
事務的で無機質なその音声が鼓膜を充満し、その音の大きさに眩暈がした。
視界の眩みはおれの体調ではなく、外の変化が原因なので目を閉じれば光景の歪みにやられることもない。
やはりあったかという思いが強かった。
戦神の試練場の奥にあった地獄ルート。
『天孫』という称号を得るがためだろう、百層にも及ぶダンジョンと同質のものが太陽神の試練場にもやはりあったのだ。
しかし……太陽帝国か。
なんとも気取った名前だな。
いまから思えば地獄ルートなんて名前はセンスが全滅している。それに比べればはるかにマシなのだが、太陽神という存在には嫌いになる要素が多すぎるので手放しで褒める気にはなれない。
どうせ、目を開けたらろくでもないことになってるんだ。
わあああ……。
遠くから歓声が聞こえる。
目を開けると、そこは暗い場所だった。遠くに太陽から切り出された光が見えているが、それがおれの場所に辿り着くことはなさそうだった。
眼前には鉄の棒が列をなしている……柵だ。
右を見ても左を見ても、柵。背後は石積みの壁。
柵の向こうには上半身裸……というか腰布一枚の男たちがいる。
自分の体を見下ろせば……おおう、おれも腰布一枚だよ。
装備はどこに行った? 服はともかく、黒号は?
すぐ近くにはない。
まぁ……おいおい探すとしようか。
それにしても、これはどういう状況なんだ?
見渡せば牢屋のような柵がずらりと並んで、そこにおれのような腰布男子が入れられている。
ザルドゥルやハラストがそこらにいるかと思ったが、どうも見当たらない。女性陣は……そもそもここに女性がいるようには見えない。
まぁ、全員がここに来られたとも限らない。
前回はユーリッヒしか入れなかったというなら、今回もザルドゥルは外れているかもしれない。
そう……ユーリッヒが行方不明になったと聞いたときから、おれは太陽神の試練場にもこういう場所……誰もが入れる場所を表面とするなら、裏面があると確信していた。
問題はおれが入れるかどうかだったのだが、どうやらそこは大丈夫だったようだ。
ただ、この扱いはどういうものなのか?
表面の仕様が違ったように裏面も戦神の試練場とは違うのだろうが……囚われの身から始まるというのは予想外だ。
「出ろ」
そんなことを考えているとおれの牢に兵士が近づいて来た。
サンダルと腰巻きに胸鎧という格好の兵士だ。頭に乗せた被り物も含めて全てが金色に染まっている。
握っている槍の柄も金だ。
金がかかってるなとは思うが、黄金騎士の軍団を見たことがある身としてはそこまで感心もしない。
牢が開き、槍で威圧してくるので、おれはおとなしく従う。
ここで暴れるというのも一つの手だろうが、ここから先、どうするつもりなのかを知ることもまた必要だろう。
太陽神がどういう考えかは知らないが、ここに入った以上は成長が望めるはずなのだから。
というわけで、兵士に槍で脅されながら光が差し込む方へと進んでいく。
歓声が聞こえてくるのもここからだ。
強い日射しが出口の先を白く染めている。日陰から日向へ。眩しさでなにもかもが白くなったところで、背後で音がした。
そして歓声が強くなる。
「あ~、なんか予想できるかも」
呟きながら手で光を避けて目を開けると、そこはやはりというか闘技場だった。
なるほど、おれが出てきた場所は入退場口か。
振りかえれば、そこは鉄柵の門で閉じられている。鉄柵は武器を吊るす棚の役目も果たしているらしく、剣やら槍やら斧やらの一般的な武器が多数吊るされていた。
この武器で戦えってことか?
つまりおれはここで剣闘士として戦わなければならないわけか?
そしてここにいるってことは、戦いの番が来たってことだろう。
「なるほどね」
こういう、いきなりな理不尽への耐性はできている。
なにしろここは神が作った場所なのだ。
とりあえず基本だろうと剣と盾を持ち、闘技場の中心に向かっていく。歓声はより強くなるのだが、しかしそれはおれに向けてのものではなかった。
「皇帝陛下万歳!」
そんな言葉が聞こえてくる。
皇帝陛下?
間違ってもおれに向けてのものではない。腰布一枚で兵士に槍で追われる皇帝がいるものか。
となれば、客席のどこかに皇帝とかいうのがいるのか。
さて、どこだ……と視線を巡らし、おれはそれを見た。
おれからして左側、階段状の観客席の頂上部分に特別席があり、そこに座っている人物がいる。
ゆったりとした金の縁取りがそれた白い布を体に巻いている。装飾はそこまで多くはない。短髪だったはずだが、いまは肩を超えるぐらいの長髪となり、その上に王冠を乗せている。
そう、そいつは……ユーリッヒだ。
「はっはっ……そうくるかよ」
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