131 光の帝国へ 11
陽兵将軍は無事に倒せた。
残念ながら【変幻盾】の最終形態までは持たなかった。
不完全燃焼を解消するにはこのまま太陽の殉教者とやらになだれ込むしかないと思うのだが、あいにくとザルドゥルの持つ証明二つがなければそいつは現われないし、彼は仲間をやられたためか、すぐには動けないようだった。
回復を待つしかない。
結局、生き残ったのはザルドゥルとセヴァーナの二人だけだった。
回復役の神官を守りきれずに殺してしまったために呆気なく崩れてしまったようだ。
まぁ、そういう不運もあるだろうと思うのだが、ザルドゥルは納得いっていないようだ。
「こんなはずはない。明らかに敵は強くなっていた」
そんな言葉を繰り返している。
それもまた事実なのだろうが、それよりもザルドゥルは精神的な疲労の方が問題だろう。
「どうする? おれに任せて帰るか?」
と、おれは投げかけてみる。
その場合はザルドゥルが持っている証明二つは譲ってもらうつもりだが、問題は以上ができるのかどうか、だな。
「……いや、行くさ」
ザルドゥルはわずかな間、おれを暗い目で見た後に首を振った。
「そもそも、君がユーリッヒは無事に救出するかどうかわからないしな」
「救出はするさ。あいつにはどこまでも悔しい顔をしてもらわなきゃいけないしな」
そんなおれの発言にザルドゥルは黙って首を振る。諦めているような、予想通りというような、そんな態度だ。
「セヴァーナは?」
おれは彼女にも問いかけた。
「正直、撤退したいけれど……行くわ」
「そりゃまた、どうして?」
「あなたとのことを克服するなら一人ではなく、三人でするべきでしょ?」
疲れ切ったセヴァーナから予想外の前向き発言が出てきて、おれは少しだけ驚いた。
「とはいえ、現状の戦力ではあなたの仲間に頼らなければなにもできないんだけど、それはいいの?」
「わたしはかまわないぞ」
「もちろん、僕もですよ」
ニドリナとハラストが了承するならおれとしては反対する理由もない。
「さて……となるとめでたくパーティは一つとなったわけだが……」
前衛はニドリナとハラストでいいだろう。セヴァーナとザルドゥルは中衛……ってことは?
「なんだよ。またおれが後衛かよ」
回復役で温存していた水の精霊もさきほどの陽騎兵の戦いで消耗して帰還した。もう一度喚べばいい話ではあるのだが……。
しかしそれだとおれが不完全燃焼だ。
「ここは一つ、おれがぱぱっと太陽の殉教者とやらをぶん殴って終了でいいんじゃないか?」
「だめだ」
「だめです」
おれの提案は即座にニドリナたちに却下された。
「お前にだけおいしい思いをさせてたまるか」
「同感です」
おいしい思いってなんだよと思うが、こいつらも自分の技倆を磨くために来たのだから見るだけというのも不満だろう。
まぁいいか、補助に回りつつ仙気の魔力変換を研究しよう。
いまのままだと、むしろ実力は落ちているしな。
まじめに連携について打ち合わせをする四人に、少しばかり疎外感を覚えて苦笑する。
「おれはなにをすればいい?」
「補助と回復だ」
なぜかニドリナに睨まれた。
「この前みたいな過保護な補助はいらないからな」
「なんでだよ。あったら便利だろ?」
「あれではわたしの勘が鈍るだけだ!」
なるほど。
ニドリナの言いたいこともわかる。
強すぎる補助魔法は能力をただ支えるだけではなく、超越する。
特に、おれが身につけている補助魔法はあの地獄を潜り抜けるためにあるようなものだ。
ニドリナにしたら自分の体なのに自分が思うよりもよく動いてしまうことに不満を覚えたのだろう。
そして楽な戦いでは技倆は育たない。自分の発したわけでもない魔法に操られるかのような戦いは、確かに気に入らないかもしれない。
「へいへい。じゃあ、弱めの補助と回復な。……攻撃魔法は?」
「頼むまで使うな!」
「……暇になりそうだ」
ニドリナに睨まれて、おれは天を仰ぐのだった。
三つの城門を超えた先にあったのは太陽へと伸びる塔とそれを支えるように広がる円形の建物だった。
だが、ざっと見た感じ、入り口が見つからない。
「これは中に入るものではないんだ」
そう言ったザルドゥルはおれから証明……金でできた杯のようなものを受け取ると、それを天に掲げた。
「来たれ、太陽の殉教者」
ザルドゥルの声とともに三つの証明は光りの泡となって塔の頂きに吸い込まれていく。
その様子を眺めていると、それが視界に入ってきた。
塔の先に見える太陽に黒い粒が現われた。
そしてそれが大きくなっていく。
「なにか落ちてきてるな」
「あれがそうだ。全員、気を抜くな!」
ザルドゥルの警告で他の三人が身構えるが、おれだけは呑気にその落下物を見守る。
それは徐々にその姿をはっきりとさせる。
人型ではあるな。
黒い肌で、ほぼ裸か。装飾品がジャラジャラしているな。金細工ばかりだ。指輪に腕輪にネックレス。かけたり嵌めたりするようなものばかりではない。ピアスのように体に穴を開けて装着する類もある。それも耳だけでなく、瞼、鼻、唇、乳首にヘソに背中の各所、腿にもか。服を使用せずに自身を飾ることに偏執的なこだわりを見せているかのようだ。
そんな奴がようやく地面に辿り着き、べしゃりと打ち付けられた。
普通の人間なら全ての骨が砕けて肉を裂き、内臓はことごとく破裂し、穴という穴から内容物を零しているようなことになっているはずだが、この人物……太陽の殉教者? は無事な様子で立ち上がった。
金粉を利用した化粧が体中に塗りたくられており、胸には太陽を意味するのだろう。円とそれを囲む複数の十字のようなものが描かれている。これもまた金だ。
「よくぞ来た。太陽に挑む愚か者たちよ」
「なんだって?」
太陽の殉教者の言葉に、ザルドゥルが怪訝な顔をする。
「愛されぬ者は眩さに道を見失い、その熱によって焼け死ぬのみ。疾く、そうなるがよい」
「気をつけろ! こいつも前とは違う!」
ザルドゥルの声が戦闘開始の合図となった。
先陣を切ったのはニドリナだ。
銀睡蓮を構え、飛び込むようにして突きを放つ。
連続で放たれた銀光の刃だが、太陽の殉教者はそれをことごとくかわして見せた。
太陽の殉教者が振り上げたその手にはいつのまにか戦斧が握られている。
「っ!」
自身の頭上に感じた異変にニドリナは即座に退避を選び、戦斧はの餌食となることはなかった。
が、戦斧の攻撃も一撃で終わることなく、暴風のような連撃へと繋がっていく。ニドリナは瞬く間に防戦一方となった。
見事な回避だ。銀睡蓮も受け流しでしか使っていない。間違っても受け止めたりしたら折れていただろうな。
そうなったらニドリナも死んでいただろうな。
【心眼】×三
【流水】×三
【鉄甲皮】×三
感覚強化に回避補助、防御力強化を三人にかける。
どれも効果は初歩だから、これなら問題ないだろう。
まぁ、あの猛攻を受けながら文句を言ってきたら、それはそれでたいしたものだ。
それぐらい、あの太陽の殉教者という奴の武技は卓越している。
あのまま放っておけば、ニドリナはやはり負けるだろう。
だがしかし、一騎打ちをするなら連携の相談などするわけもない。
「はっ!」
背後に回ったハラストが剣で襲いかかるが、先ほどと同じようにいつの間にか現われた盾によって受け止められる。
ザルドゥルの放った矢や氷の斬撃もまた同様に盾で受け止められる。
戦斧を振り回す勢いを利用した巧みな立ち回りは四人を相手に一歩も退くことなく続けられていく。
「おれが相手してぇ」
いつ果てるとも知れない戦いを眺めながら、おれはそう愚痴るのだった。
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