130 光の帝国へ 10
休憩は終わり、第三の門に挑む。
休憩中に起きたことをセヴァーナが誰にも喋る様子はない。
ただの一矢だ。
偶然。なにかの間違い。そんな風に考えることだってできるだろう。
おれだってこれがなんなのか、その正体をはっきりと言えるわけじゃない。
だが、あの矢には悪意があった。
それだけは断言できる。
さて、これがユーリッヒの消失となにか関係があるのか、それともないのか。
それをこれから確かめることになるのだろう。
今回もザルドゥルたちが先に接近し、城門がそれに反応して開く。
現われたのは重武装の騎兵たち……陽騎兵だ。
城門が開いたときから、陽騎兵は四騎一列となって突進してくる。
「防御を固めろ! 絶対に油断するな!」
ザルドゥルの指示とともに魔法使いたちは精霊に呼びかけて【土壁】と【風壁】を前面と側面に張り、陽騎兵の突撃を受け止める構えを見せている。
騎士たちは盾と槍を構え、斥候は毒を撒き、セヴァーナは地面を凍らせる。
毒と氷で制御を失った陽騎兵は魔法の壁に弾き飛ばされ、盾に受け止められて槍で突かれ、そして跳ね飛ばされ、転げていく。
だが、それに続く陽騎兵たちはそのことを恐れはしない。
自らの身で魔法の壁を削り、毒を散らし、氷を踏み割り、盾にひびを入れ、槍を折る。
自身を省みない破壊力の前では、ザルドゥルたちが敷いた防御陣は瞬く間に崩壊の兆しを見せたが、魔法使いは新たな壁を築き、騎士たちも予備の盾を用意することで耐えている。
実質、この状態では攻撃役はザルドゥルとセヴァーナだけだ。攻撃がそれて側面から背後に回ろうとする陽騎兵を二人が確実に仕留めてはいる。
だがあれでは、いずれ手が足りなくなるだろう。
一度は攻略したはずなのになんとも苦しそうだ。
「あれだと負けるんじゃね?」
「そうなりそうだな」
おれの感想にニドリナが頷く。
陽騎兵がこちらに来なかったので、手持ちぶさたなのだ。
奴らはまさしく猪突に目の前の敵を殲滅することだけを考えて突進している。おれたちのことすら無視しての猛撃には感心すらしてしまう。
援護のために城壁の陽兵を……とでも考えたいところだが、今回はそこに兵はいない。本当に、突撃にだけ注力した戦法だ。
結果としてその破壊力は凄まじく、ザルドゥルたちは押されている。
「このままだとじり貧で全滅ですね。どうします? 助けるべきでは?」
「別に全滅しても困らないんじゃないのか?」
「まぁな」
ハラストが善人的意見を述べる中、おれとニドリナは淡々と戦況を眺めていた。
このままいけば死ぬかなぁ。死ぬだろうなぁ。
まぁ仕方無いか?
そんな感じだ。
「問題はいままでの城門を攻略した証明をあちらが持っているということだ。奴らが倒されたときにそれが残っているかどうか」
「まっ……そのときはそのときでやり直すだけだな」
「そうかもしれないですけど……本当にいいんですか?」
「なにが?」
「お知り合いなのでしょう?」
「知り合いは知り合いでも、別に友人とか恋人とかなわけではないしな」
「しかし……ここで死なれて、面白いのですか?」
「うん?」
「ザルドゥル様はともかく、セヴァーナ様とあなたには因縁がある。大要塞で再会したときにもその因縁を決着させなかったということは、あなたにはそれなりに考えがあるはずだ。その決着がこんな形でいいのですか?」
「……言ってくれる」
ハラストの腹の底は見えているが、おれはあえてそれに乗ることにした。
「その代わり、今回は好きに暴れるぞ。前二つをお前らに譲ったんだから文句はないよな」
「ええ。僕はありません」
「あれを譲ったといえるお前の神経が信じられん」
「うるせぇ。お前らはあいつらを助けてろ」
「了解しました!」
うれしそうに飛び出していくハラストとそれを追うニドリナを見送り、おれは「さて」と気分を切り替える。
「暴れてみようか」
†††††
「はぁ……なんとか説得できた」
窮地の勇者たちのところに向かいながら、ハラストは安堵のため息を漏らした。
「死なれたら困るのか?」
ハラストのすぐ隣に立つニドリナは笑っているようだった。
「それはそうですよ! タラリリカ王国の人間がいるところでファランツ王国とオウガン王国の重要人物が死亡なんて……これ以上国際感情を煽りたくはないですからね!」
「なるほどな。まったく政治とは面倒だ」
「あの人も少しは考えて欲しいですけどね!」
「それは無理だろう。あいつはいまだに自由人のつもりだからな」
「ああもう!」
苛立たしげにハラストは叫ぶと、セヴァーナに迫ろうとしていた陽騎兵を両断するのだった。
†††††
黒号には大人しく剣の形にさせておく。
とはいっても全部を使って剣を作るとでかいので、一部は手甲や脚甲などに分裂させておく。
武器ばっかりじゃなくて鎧なんかの変化も覚えさせないと、いずれ質量を持て余すことになるな。
そんなわけで、ちょうどいい感じの片手剣となった黒号を握り、おれは技を繰り出す。
黒号・【真力覚醒】・【剣神斬華】
陽騎兵の列の横っ腹に叩きつけた剣聖技は連中を上下に切り分け、斬撃の範囲外に衝撃波を撒き、吹き飛ばす。
「よし、黒号、ちょっと実験だ。お前がおれの魔力にどれくらい耐えられるか、おれは仙気の魔力への変換がどれだけ可能か」
黒号の方はそこまで心配していない。
なにしろ伝説級に昇華したときにおれの重ね掛けした【覇雷】を吸っているからな。あの魔力量までなら余裕だろう。
問題はおれの仙気の方だ。
仙術の幾つかは見て覚えたし実際に万夫不当の儀で使って見せた。
とはいえ、仙気と魔力を別のものとして使っていくのは、はっきり言って不便だ。仙気と魔力を別々で練るなど面倒なだけだし、やることが増えればそれだけ一つ一つにかけられる比重が減るし、注意力が散漫となる。
魔力を練るように仙気を練り、仙気を巡らせるように魔力を巡らせる。魔法も仙術も同質のエネルギーで使用することが望ましい。
そのための実験一として仙気の魔力への変換だ。
根は同じだということなのだから、なんとか魔力に置き換えできるのではないかと色々と試してきて、ようやくできるようになってきた。
とりあえず、【覚醒】と剣聖技との同時使用程度は可能となった。
だが、この程度で満足するわけにはいかない。
「よし、どんどんいくぞ」
仙気を練ってそれを魔力へと変換して放つ。
やはり一手間増えているだけにいつもよりも挙動が遅くなる。そのために一度は切り崩した陽騎兵の突撃は、滝を切るが如くに回復し、ザルドゥルたちへと向かっていく。
あそこを潰すまでは他のことはしない。人間がやるなら決死の決意と褒めるべきだが、所詮は神に用意された虚像の魔物たちだ。最初は感心したけれど、いまはそれをどう乗り越えてやるかという挑戦心しか湧かない。
黒号・【真力覚醒】・付与・【轟雷】・【剣神斬華】
黒号・【真力覚醒】・付与・【轟雷】・属性上昇・【剣神斬華】
黒号・【真力覚醒】・付与・【轟雷】・属性上昇・属性超上昇・【剣神斬華】
順に威力を上げながら陽騎兵たちを切り飛ばしていく。それでも付与する魔法が【覇雷】よりも威力の落ちる【轟雷】なのだから、気分的にはぱっとしない。
技と技の合間に飛び込んでくる陽騎兵たちの処理に追われるザルドゥルたちは、もはや虫の息だ。
ニドリナやハラストが応援に駆けつけたことでなんとか持っているが、すでに盾を持って耐えていた騎士二名が動く様子はなく。他の連中も倒れている。
なんとか戦闘を継続しているのは勇者二人だけだ。セヴァーナの氷が壁を作り、ザルドゥルの弓が壁の隙間から陽騎兵を射貫いている。
「くそ……こんなはずでは……」
という呟きをザルドゥルが漏らしているから、やはり、敵の強さは前よりも上がっているのだろう。
一度攻略している者がいるから強くなっているのか、それとも太陽神の悪意か。
なんとなくだが、太陽神の悪意の方へ票を投じたい気持ちで、おれは陽騎兵たちの前に立ちはだかった。
【竜弩】
おれは黒号の形態を変化させる。異形化したクロスボウのような形態となった黒号を陽騎兵たちに向ける。
その向こうには城門で突撃の番を待つ陽兵将軍の姿もある。
重装の巨人ケンタウロスという雰囲気を持つ陽兵将軍を狙うようにして、おれはそれを放つ。
黒号・【真力覚醒】・付与・【轟雷】・重唱・属性上昇・属性超上昇。
竜の口から放たれた無数の針弾は雷鳴の息となって陽騎兵たちの間を駆け抜け、その重装と突進を刺し貫いていく。
だが、やはり威力が足りない。【轟雷】を纏った針弾は陽兵将軍に届く前にその威力を失った。
それでも陽騎兵たちはあらかた片付けることができた。残ったのもいるが、まぁあれぐらいはニドリナたちで処分できるだろう。
【変幻盾】
というわけで、黒号の新形態で陽兵将軍と遊ぶとしよう。
【剛拳】・【金剛身】・【天通眼】・【風神舞】
補助系を仙気の置き換えでどこかまで維持できるか。その実験にゆるゆると付き合ってもらうとして……頼むから【変幻盾】の最終形態まで持ってくれよ。
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