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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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13 聖女の国境越え


 一番近い国境は?


 おれの質問に、テテフィは北と答えた。


 たしかに、北には大きな山がそびえ立っていた。いまだ現物を見たことがない二つの大山脈とは比べるべくもないのだろうが、ほとんど人は入り込んでいないようで、獣道は人間の足には厳しい場所を通っていた。


 山登りの道具をもっと揃えてから挑戦した方がいいのだろうが、あいにくとおれもテテフィもたいしたお金は持っていなかったし、人前に出るにはテテフィは目立ちすぎる。


 地下迷宮の経験でならばそこらの冒険者たちに負ける気はないが、山登りとなると話は変わってくる……とはいえおれの身体能力ならさほど難しいこともないだろう。

 山には食料になりそうな獣もいるようだし、急峻だがそこらの植物は水分をたっぷりと含んでいる。

 切ればドバドバと水を零す山蔓もあった。

 故郷の村近くの森にもこの蔓はあって、友達たちと遊んだり、手伝いで山菜採りをしていたときなどはよくこれで水分補給をしたものだ。


「ひっ、ひぃ……」


 なんていう物思いに耽りながら視線をさがらせると、そこには急な角度の山肌と、息も絶え絶えのテテフィの姿がある。


 国境越えをすると決めた山小屋からずっと山から山への移動の連続だった。あいにくとあのときのような快適な休憩場所などあれきり見つかることもなく、あれから三日間、国境越えのための山を目指して移動し、今朝ようやく辿り着いたところだった。


 急な斜面を登っているため、山小屋にあった縄を使っておれとテテフィを繋いでいる。

 これで彼女が滑り落ちても問題はない。


 滑り落ちる前に息が詰まってしまいそうになっているが。


「ちょっと……休憩」

「了解」


 座り込むテテフィに山蔓を差し出すと、彼女はゼェゼェ言いながらもその水を飲んだ。

 今朝からもう何度目だろうか?

 だが、無理をして怪我をされてもかなわない。

 いまは着実に進むことを考えるべきなのだろう。


「ふう、生き返りました」

「わかってたけど、テテフィは体力ないな」

「ルナークさんが異常なんだと思います」


 言い返すテテフィは恨みがましそうな目付きをしていた。


「これでも、侯爵領だけじゃなくてグルンバルン帝国を歩いて巡ったりしたこともあるんですから」


 ユーリッヒの実家であるクォルバル侯爵家が治める領地は、グルンバルン帝国という国に属している。

 大要塞に比較的近い土地柄のためか武人肌の人間が多く、その軍は精強だという話だ。


 そんな帝国で太陽神に仕えていた聖女がテテフィなのだ。

 彼女がどうして聖女として大切に扱われていた神殿、侯爵領、そして帝国から逃げようとしているのか……彼女はいまだにそれを言おうとしない。


 聞こえてきた話からすれば侯爵の用件を嫌がって逃げているのだから、それなら帝国の本拠地である帝都に赴き、皇帝か、帝国内の太陽神殿をとりまとめる大神官にでも直訴すればいいのではないかと一応は提案してみたのだが、テテフィは無駄なことだと断言した。


 それならそれでいい。

 おれとしてはユーリッヒに嫌がらせができればそれでいいのだ。


 後のことは後で困ればいい。

 いまのところは守るべきものはなにもない身なのだから。


「あの……ところでルナークさんはなにか当てはあるのでしょうか?」


 自分のことばかりなのが気になったのか、テテフィがこちらに水を向けてくる。


「当てって、この向こうの国に知り合いがいるかってことか?」

「はい」

「いないよ」

「それでは、どうなさるおつもりですか?」

「とりあえず、冒険者か傭兵だな。魔物被害が多そうな国にでも流れれば、それで食うには困らないだろ」

「そう……ですか」


 ていうか、グルンバルン帝国を北に抜けたらなんの国があっただろうか?

 世界中を網羅した地図なんてないし、あっても庶民の手に渡ることはない。色んな国の動静を気にすることもなかった。勇者に選ばれるまでは、気になるのは英雄譚と明日の天気ぐらいの呑気な田舎者だったのだから。


「テテフィは、なにか当てはあるのか?」

「わたしは……」


 言葉が尻すぼみに消えていくのを見て、失言だったかと後悔した。

 一国からたった一人で逃げ出そうという女性に頼りにするものなどあるはずがない。たとえあったとしても、すでにそれは頼ってはいけないものという選別箱に投げ入れられているはずだ。


 そういえば、実家はもうないとか言っていたか。

 それなら彼女は本当に天涯孤独となってしまったということになるのか。


「なら、一緒に冒険者でもやるか?」

「え? でも……」

「修行中の聖者が冒険者に身を投じている。なんだか絵物語に出てきそうなエピソードじゃないか?」

「そうでしょうか?」

「だめだったらまた考えればいいだけだ。追っ手が来たっておれが追い払ってやる。もちろん、ただじゃないけどな」

「でも、そんなお金、わたしには……」

「とりあえずは仲間になってくれればいいかな」

「え?」

「足りない分は別な方法で喜ばせてくれたらうれしい」


 ちょっとこっぱずかしいことを言った自覚があったので、おれはゲスいオチを付けて誤魔化す。

 テテフィが怒ってくれたらそれでオチが嵌まったってことになるのだが、あいにくと彼女には通じなかったようだ。


「がんばります」


 なにをだよ。

 ナニをかよ。

 いやいやいやいや……嬉しいがそういう答えを求めていたわけじゃない。

 頬を赤らめて言うのはやめてくれ。

 温室育ちの聖女様にはこのゲスいネタは通じなかったのだということにしておこう。


 うん、それがいい。



 なにはともあれ、冒険者になるという目的はテテフィにとっては良い方向に作用したようだ。

 表情は明るくなり、休憩を取る頻度が減った。

 逆に、無理をしないようにこちらが気を使わなくてはいけなくなったのは誤算だったが、それでも夜になる前には急斜面を登り切ることに成功した。


「やり……ました」


 寝転べる地面で達成感を満喫しているテテフィを横目に、おれは野営の準備を進める。


 といっても焚き火の支度と途中で捕まえた山鼠を捌くぐらいだが。


 乾燥した枯れ木がなかったので【下位召喚】で火の妖精たちを喚んでその場にとどまらせる。石で作った囲いの中で火の妖精たちが踊っているのをテテフィは物珍しげに眺めた。


「ルナークさんて、なんでもできますね」

「そうか?」

「はい。騎士の輪からわたしを助け出せるぐらいに身体能力が高くて、そして魔法も使えるんですよ。しかも攻撃魔法ではなくて召喚です。それに気持ち悪くなったわたしを癒してくれましたよね? 回復の魔法まで使えるなんて。そんなにたくさんのことができる人なんて聞いたことがありません。それこそ……」


 言いかけて、テテフィは最後の言葉を濁した。


 なんて言いかけた?

 わかってる。

『それこそ勇者ぐらいのものじゃないですか?』

 こんなところだろう。


 おれは気が付かない振りをする。


「……まぁ、なんでもできないと生きていけない場所にいたからな」

「そうなんですか」


 それはどこ?

 とは、テテフィは尋ねてこない。

 こちらに踏み込んでくるということは、自分も胸襟を開かなくてはならなくなるということだ。そんなことは気にせずに他人の事情ばかり掘り下げようとする連中もいるだろうが、テテフィは違うし、おれもそうだ。


 しかし、テテフィはそれを問いたそうにしている。

 おれだって、聖女が逃げ出す事情というものに興味がないわけではない。


 お互いに最初の一歩を探っているような気がした。


 だけど、言葉は出てこなかった。


 もどかしさが火の妖精の舞いで炙られている気がする。


 こんなときに頭に浮かぶのは、あのダークエルフとのことだった。


 あの戦いのときにしか顔を合わせていなかった。

 だが、おれたちにはその事実だけで十分だった。同じことができる。同じ敵に対して同じ解に辿り着く。

 つまりそれは、同じ苦労をしていたという事実に繋がる。


 あの地獄のような日々を共有できる存在がいる。

 それ以上に貴重なことがこの世界にあるのか? と思うほど、おれには大事なことだったし、それはダークエルフにとっても同じだったろう。


 だからあのとき、おれたちは共に泣き、抱き合い、肌を確かめ合った。

 おれたちを妨げるものはなにもなかった。おれたちは違う場所にいながら同じ道を進んだ一つの存在だった。そうなることは自然で、当然だった。


 そんな一体感はもう二度とないのではないか?

 そう思ってしまうほどの体験だった。


 テテフィとの間に感じているこのもどかしさの向こうには、あのときと同じようなものが存在するのだろうか?


「ルナークさん、あの……」


 ためらいがちになにかを言いかけたテテフィの手を取り、おれは彼女を引き寄せた。息を呑んだ彼女だが、なにかを察して静かに目を閉じる。


 火の妖精に照らし出された彼女の白い肌は夜と炎を写し取っていた。

 その絵の中に自分は溶け込むことができるだろうか?


 そう思ったそのときだ。


 火の妖精を囲う石の輪が震えて打ち合う。

 地面が揺れる。

 地震……か?


 体験したことのない自然現象におれたちは抱き合ったまま動くことができなかった。


 そしてそれは、唐突に起こる。


 突然に地面が穴の開いた水瓶のように渦を巻いて吸い込まれていき、おれたちもその流れに巻き込まれたのだった。


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