129 光の帝国へ 9
陽兵の落とすドロップ品のほとんどは太陽の欠片と呼ばれる希少金属だった。錬金術や魔法の武具を使うのに使われる素材だ。
話が本当なら、ユーリッヒの太陽聖剣の素材はこの太陽の欠片が大量に使われているらしい。
さらに生贄を捧げたらその聖剣は完成するのか。
なんだろうな生贄と聞くと反吐が出る。
まぁ、テテフィが関係していたからだろう。
なにはともあれ、第一の門は越えた。残るは幾つだ?
「門は三つ。残るは二つだ」
太陽の殉教者と戦うための証明は陽兵将軍とやらを倒したときにドロップしたらしい。
勝利するための条件も将軍を倒すことなので攻略に抜け道はなしということか。
「いいか、今度こそおとなしくしてろよ!」
などとニドリナに言われてしまう。
どうも前回、城壁の上で活躍したのが気に入らなかったらしい。なんだよもう。お前らがいなかった場所だし、遠距離射撃を封じたんだからちゃんと援護だろと言いたいが、そういう問題ではないようだ。
「わかったわかった。ちゃんと援護だけしてる。回復と補助な」
「それでいいんです」
ハラストも頷き、二回戦が始まる。
城門が開き、現われた陽兵たちはあきらかにさっきよりも強そうだった。鎧の質がさっきよりも上がり、ただの歩兵から重装歩兵に変わり、隊列も密集陣形による長槍を持って行進して来て圧を加えている。
ザルドゥルたちもそれに対抗するようにより防御を密にして、耐える戦術を選んだようだ。
対するこちらは攻撃あるのみだ。
「行くぞっ!」
「はいっ!」
やる気に満ちた二人が隊列の横腹を突く。接近された陽重兵たちは槍を捨て、盾と戦斧に持ち替えて応戦してくる。
重さで潰しに来る敵に対し、二人の動きは軽やかだ。ニドリナの銀睡蓮は的確に鎧の隙間に入り込んで急所を貫き、ハラストの仙気を乗せた剣は鎧を無視して斬撃を内部に届ける。
とはいえ数の差は圧倒的で、防御力の高さ故か数を減らす速度も先ほどより落ちている。
「じゃあまあ……これだな」
補助といえば、やはりこれだろ。
【風神舞】×二
【飛神盾】×二
【金剛身】×二
【雷撃】×二・付与・銀睡蓮&騎士長剣
という感じで次々と補助魔法を加えていく。
種類としては回避補助、自動防御、防御力強化、武器に属性付与という感じだ。
【風神舞】と【金剛身】はおれが使える中では最高位のものだ。【飛神盾】はもっと増やせるし、付与の魔法ももっと上位が使えるだろうが、抑えておいた。
【飛神盾】は慣れていないと視界の邪魔にもなるし、武器に慣れていない破壊力が付与されたらやはり使い勝手が悪くなるだろう。
それを言うなら回避補助もだが、こちらはまぁ命に別状はないだろう。
たとえ話だが、【覇雷】が付与されてるのに気付かずに仲間の後ろにいる敵を倒そうとして、顔のすぐ横を剣で通り抜けさせたとしたら、その顔は【覇雷】で焼かれることになるだろう。
さっき喚んだ水の精霊もまだ残っているし、十分だろう。
「過保護か!」
と、ニドリナが叫ぶ。
補助が過剰だと言いたいらしい。
「補助しろって言ったのお前らだろうに」
まぁ、主戦場に一人で立ったときほどではないのでもう少し弱い魔法でもよかったかもしれないが。
「まぁ、これからもおれといるなら慣れとけ」
これ以上の場所に行くならもっと重ね掛けしていかないといけなくなるしな。
補助のおかげで動きがよくなり、結果的に殲滅速度が上がっている。
……と、こちらは順調だが向こうは少し押され気味だ。
やはり頭上から延々と降り注ぐ矢と魔法というのは厄介だろう。一つ一つはさほどではないが、それが雨のように、となれば話は別だ。
それに陽重兵たちを魔法で焼き払おうとしても、城壁の陽魔兵たちは攻撃ばかりではなく補助の魔法を使ってきている。
ザルドゥルのつれている連中はユーリッヒとともに一度はこの試練を乗り越えている。
なので心配する必要はないのだろうが、こちらの殲滅速度の方が速そうだし、こいつらの経験になっていいのだろうが、あちらが負傷などして撤退とかになって面倒だ。
【変幻盾】
鎖付きの盾となった黒号を投擲し、セヴァーナたちに降り注いでいた矢と魔法を一時的に受け止める。
黒号は受け止めたついでにそれらを喰らっているのだから、全くちゃっかりしている。
「たすかった!」
それを繰り返していると、ザルドゥルが叫ぶ。
あれぇ、味方じゃない人の方が素直だよ。
なんだか泣けてくるねと思いつつ、感謝されるのだからとそれを繰り返す。小遣い稼ぎにまた黄金の矢を集めてもいいのだが、それよりは黒号を育てた方が面白いだろう。
矢にどれほど意味があるかはわからないが、以前におれの【覇雷】を喰わせたら大きな成長をしたのだから、こいつらの魔法だって意味があるだろう。塵も積もれば大山脈だ。
その内ニドリナがおれの真似をして城壁に登っての掃討を始めたので、矢と魔法の圧力が減る。
後ろで好き勝手をするおれのところにも陽重兵が隊をなして突進してきたのでそちらの対処をして……ついで紋章も回収したり、背後を突いてセヴァーナを襲おうとした連中を黒号で処理したりしている内に、城門を守るボス、陽兵将軍が姿を現わす。重装歩兵をとりまとめる将軍に相応しく、その姿は重々しい鎧に包まれた巨人だった。
おれのところに来てくれればいいのに、そいつらはやはりザルドゥルたちを狙ったのでそちらに交戦権を譲る。
少しは苦戦したようだが重傷者が出ることもなく勝利。
無事に二つ目の証明を手に入れたのでドロップ品を回収した後、長い休憩となった。
空の太陽は昇りっぱなしで沈むことはない。
そのため時間の経過がわかりにくいがザルドゥルの持つ懐中時計では、すでに夜の時間だった。
ここでは次の門に近づかない限り敵が現われることはない。それを利用して朝まで休むということとなった。
「太陽は常に天上で堂々としているものさ」
とザルドゥルが誇らしげに言っていたが、さて……。
とはいえ、おれはそこまで長い眠りが必要ではない。
それぞれに焚き火を起こして食事をした後、眠っている。一応は順番を決めて番をしているようだが、ザルドゥルたちの方は戦いの疲れからか、全員がうたた寝をしてしまっている。
うちの方も見た目はそうだが、基本は助け合いよりも独立独歩な連中だ。すぐにでも対応できる浅い眠りを維持している。とはいえやはり疲れているのだろう。おれが起きているのがわかっているからか、少し深めに眠っているようだ。
太陽が空にある中での野外での睡眠は難しい。
みな、顔に布を被せたりして日よけの苦労をしている。
「暇だな。勝手に行って三つ目の証明とやらを取りに行くか」
「お前ならできそうだから怖いな」
おれの独り言に近づいて来ていたセヴァーナが答えた。
「寝れないのか?」
「まぁな。……心配するな、強壮効果の薬なども用意している。寝不足でふらついたりはしない」
「そりゃそうだろう。あの頃にもそんな薬は用意していた。いま用意できてなかったらむしろ哀しいね」
あの頃というのは、もちろん戦神の試練場の頃のことだ。
胸くそ悪い思い出だ。
「アスト……」
セヴァーナはおれをいまでもアストと呼ぶ。どっちでもいいことだがね。
「わたしやユーリッヒが、お前に許される日は来ないのか?」
「…………」
「許されたいと思っているわけではない。だが、許さないお前は無駄な苦労を強いられているのではないか?」
「そうでもないぞ」
「そ、そうか……」
いや、どうかな? まぁ、大要塞に縛り付けられる人生はごめん被るし、いまさらどこかの国家に後ろ盾になって欲しいわけではない。
タラリリカ王国だって、どちらかと言えばおれが後ろ盾になっているような状況だろう。
そうなるまでに、多少面倒なことがあったのは認めよう。
「……苦労なんて、どんな形で生きてたってあるもんだろ? なら、自分の心をねじ曲げている方がしんどいだろうな」
「それがわかっているから……」
「ああ、そうだ。だからお前は生かしておくんだ」
勇者をやめたくてもやめられないセヴァーナは生きている方が辛いのだから。
そしてユーリッヒは踏み台にしたつもりのおれに見下ろされることがなによりも辛いだろう。
だからおれは、なにがなんでもこのときに太陽神の試練場に来なければならなかったのだから。
「……やっぱり、殺してはくれないのか」
「そうだな。お前がどうしても勇者をやめたいって言うなら」
「……え?」
「おっと」
おれは言いかけていた言葉を止め、飛来してきたそれを掴んだ。
矢だ。
どこの誰がと思うかもしれないが、おれが掴んでいるのは黄金の矢だ。おれみたいに窮地に金儲けを考え付くような奴がこれを使うはずがないし、仲間割れを誘うのにも不適切だ。
なにより撃ってきた方向が、三番目の城門からだった。
「え? なぜ?」
城門に近づかなければ攻撃してこないのではなかったのか?
驚くセヴァーナにおれは逆に笑いかける。
「太陽が堂々? 本気でそんなことを信じているのだとしたら、あいつも見る目がないよな」
次なる矢は来なかった。
セヴァーナはおれの言葉に、ただ息を呑むだけだった。
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