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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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124 光の帝国へ 4


 ここ最近、なにかがおかしい。

 グルンバルン帝国冒険者ギルドのギルドマスターは思う。

 最近、一部の依頼が激減した。

 いや、消滅したと言っても良い。

 しかもその一部というのは、冒険者ギルドにとっては最も重要な、生命線とも言える二つの依頼体系。

 討伐と、採集だ。


 冒険者ギルドとは本来、その名の通り冒険する者たちが集う場所だった。

 まだ、国家の線引きは曖昧で人の領域が大陸の広大さに比べれば矮小だった時代、冒険者は人跡未踏の地を調査し、人の住める土地とするための足がかりを作る人々のことを指していた。

 その過程で古代人のダンジョンや神々の試練場が見つかったりもしたが、その当時はそこまでの重要性はなかった。強さと魔法の武具や道具は魅力的だったが、それらは得るために強さだけを求められるような人々は少なかった。


 もちろん、ギルドマスターの体験から語っているわけではない。これらはあくまでも記録と歴史書から得た知識だ。


 やがて、ある程度人の領域を確保し終えると、人々はその領域を維持するために外の脅威と戦う必要が出てくる。そして人が作り上げた文明圏内では得られない物を得るための人材も。

 冒険者の役目が変質を始めたのはこの頃のことだ。

 外の脅威、魔物や賊退治との戦いや外でしか得ることのできない薬草類や素材を得ることが冒険者の主な仕事となり、やがてはそれで固定した。


 冒険者ギルドは仲間と情報を融通し合う場所から、彼らに仕事を斡旋する場所へと変わっていった。


 そんな冒険者ギルドの生命線、討伐と採集。

 魔物はただ倒せばそれで終わりというものではない。その死体には価値があり、それを回収して価値ある存在に加工するのも冒険者ギルドの仕事であり、重要な収入源となる。

 小さな獲物ならば冒険者たちも自力でギルドまで運んだり、慣れた者がいれば解体などもできたりするだろう。

 だが、解体したものを保存したり持ち運んだりするのも手間だ。平均的な冒険者のパーティは四~五人だ。ゴブリンの群を退治することはできても、ゴブリンの死体を全て持ち帰ったりはできない。

 その死体を解体すれば、皮は革製品の素材に、骨は畑の肥料や研磨剤に、腱は弓や楽器の弦に、血や肉は錬金術や薬の素材、あるいは一部の軍や冒険者が保有している猛獣の餌になどなど……使い道はいくらだってある。

 なので多くの冒険者は魔物を倒せば討伐証明として体の一部を持ち帰り、ギルドに討伐した場所を伝えることで報酬を得る。ギルドは人をやってそれらの死体を回収し、解体し、加工素材としてそれぞれの業界に卸す。


 そうやって冒険者ギルドは組織を維持している。

 日雇い労働者たちを派遣するようなこともやっているが、それはあくまでも駆け出し冒険者たちの食い扶持を確保するための慈善的事業がきっかけであって、これを本業とする気はない。

 たとえ、ギルドにやってくる者の大半が日雇い労働者たちになりつつあるという現状があったとしても。


 だがいま、グンバニールの冒険者ギルドはその日雇い労働者たちにしか仕事を紹介できない状況となっていた。

 その理由は討伐と採集の依頼がなくなったからだ。

 依頼が来なくなったのだ。

 いや、採集の依頼の方はある。あるのだが……採集するための薬草がことごとくなくなっているのだ。回復薬の基礎となる薬草などがいつもなら生えているはずの森から姿を消してしまい、採集が不可能となってしまった。

 そのために依頼の報酬額は上がっていき、市場での回復薬やその他の薬の値段も上がっている。

 しかし依頼の報酬額は天井知らずに上がることなく途中で止まった。高額を払って冒険者に探させるより、遠方から取り寄せた方が安く付くようになってしまったのだ。


 討伐の方は依頼札が消えた。

 兆しとしてあったのは、もう一月ほど前か。討伐依頼を受けて意気揚々と出発した冒険者たちが「魔物がいなかった」あるいは「流れの冒険者が討伐していったらしい」と言って空振りで帰ってきたことが連続した。

 そしてその日から、魔物の発見報告や、村落からの討伐依頼などがやってこなくなった。


 そのついでのように山賊などの賊の報告も来ない。

 そのため行商人の護衛の依頼も減りつつある。


「最近、この辺りは安全でうれしいねぇ」


 などと行商人たちは笑っている。

 それはそれで大変けっこうなことなのだが、冒険者とギルドにとっては仕事を失ったということでもある。


「だけどおかげで、魔物素材が品薄だね。困ったもんだ」

「逆に商機だよ。魔物素材をよそから持ってくるだけで大儲けだ」

「そんなこと、もうみんながやってるだろ」


 情報収集のために酒場に来て行商人たちの話を盗み聞きしているが、段々と煩わしくなってきた。自分たち冒険者たちの不景気で誰かが景気よくなっている。

 そんな状況が面白いはずがない。


 それでも辛抱強く耳を傾けていると……。


「だけど奇妙なことだよね。他の街は以前のままなのにグンバニール周辺だけがこうも静なんてな」

「……ここだけの話だけどね。どうもあの商会が一枚絡んでいるらしいよ」

「あの商会って、ああ……あそこ?」

「ああ、あそこだよ」

「そりゃまた物騒だけど、またなんで? 市場荒らしにしても変じゃないかね? なにしろグンバニール周辺を平和にするなんて、あそこらしくないじゃないか。なにしろあそこは……」

「そうなんだけどね。見た人がいるんだよ。おっきな幌馬車になんかの魔物の死体を詰め込んで走っている姿を。その御者が見た顔だったんだそうだ」

「はあ……そんじゃ、やっぱり魔物素材の市場荒らしなんかね? 人の不幸で商売してる連中にしちゃ、いまいちぱっとしないやり方に思えるけど」

「まっ、連中だってたまには失敗するってことだろ」


 その会話はそこで終わり、別の話題へと移っていく。

 だがもう十分、ギルドマスターが求めていた情報を喋ってくれた。


「だが、これはどういうことだ?」


 あの商会っていうのが、どこかは察しが付く。

 セルビアーノ商会。

 人類領の表と裏を自由に行き来する商売の怪物だ。奴隷売買から戦争まで。連中は商機と見れば倫理感などまるで知らぬとばかりに様々な手を使って状況を動かす。

 人の不幸は蜜の味というが、まさしくその蜜から金を生み出す術を知る連中だ。


 もしもこの件にセルビアーノ商会が関わっているのだとしたら、彼らが蜜を絞るために選んだ不幸の餌はグンバニールの冒険者ギルドだろう。

 だが、どうしてそれがいまなのか?

 商売はあまり得意ではない。だから利に敏いわけではないが、どうしていまこのときにそんなことをしてきたのかが理解できない。


 まず考えたのは報復だった。冒険者の誰かがあの商会の怒りを買うような真似をしたのか?

 しかしであれば、まずはギルドに警告などが来るだろう。いままでだってそういうことはあった。

 冒険者ギルドは基本的には冒険者を守る側で行動してきたが、しかし最終的にはギルドの存続を選んできた。

 なにより冒険者の全てが善人であるなどとは、どれだけ舌に蜜を塗ったとしても言えたものではないのだから。


 しかし、そういう連絡はなかった……。


「……ということは、もしかして報復の相手は冒険者ギルド、そのもの?」


 そう考えた瞬間、ギルドマスターはぞっとした。

 自分たちが復讐の相手として選ばれ、そして戦いを挑まれているのだとしたら……。

 気付くのがあまりにも遅すぎた。後手に回りすぎて、もはやどう戦えばいいのかもわからない。


「くそっ!」


 生き残りの道を模索するにしても、まずは交渉に望まねばならない。そしてそのためには、少なくともどうして殺されようとしているのかを調べなければ!


 兆しがあったのは一月ほど前。

 その頃、一体なにがあった?

 職員たちに聞き込みし、そして記録を調べた結果、その頃に登録した冒険者がいたことがわかった。

 ランクE未満。穴あきの登録証を渡された冒険者たち。

 いま、世界で最も悪い噂が渦巻いている国、タラリリカ王国より流れて来た冒険者たち。


 大要塞での敗北はもはや隠しようもない事実として世界に浸透しつつある。それに付随する噂はタラリリカ王国をよき隣人から悪者へと変化させていく。

 そこに住んでいる者もまた同様だ。

 ランクE未満の案はギルドマスターが出したわけではないが、その案を承認したのは事実だ。

 ランク制を導入したグルンバルン帝国の冒険者ギルドと冒険者たちの関係は国家により強く根付いているため、国民感情を無視するわけにもいかない。だからどうしてもいまこの時期にタラリリカ王国からの冒険者を受け入れるわけにはいかないのだ。


 ランクE未満という処置は、ギルドマスターとしては、彼らに対して「いまは来てくれるな」という無言のメッセージを送ったつもりだった。

 だが、伝言ゲームは間違って伝わるのが常だ。察してくれなどという甘い感情は、毒となって彼らに突き刺さった、ということなのだろう。


 それに、もう一つ気になることがある。

 この日に登録した冒険者の一人の名前……ルナークという名前だ。

 タラリリカ王国の王子と同じ名前。

 そしてもう一つの噂。

 その王子は戦士団に同行させる影武者を一人、冒険者から雇ったというもの。

 そしてもう一つ。

 そのルナークという冒険者は、実はアストという『勇者』かもしれないという噂。


 グルンバルン帝国の誇る太陽の勇者・ユーリッヒ・クォルバルとともに修行し、そしてその途中で死んだとされる庶民出の勇者。

 その死には黒い噂が付きまとい、そして帝国はそれを笑い飛ばす。


 調べたところ、ルナークという冒険者とその仲間二名はグンバニールからは一度も出ていない。

 ただ、最初に泊まった宿は引き払い、いまはどこにいるのか不明だという。


 ユーリッヒ……そこから拡大して帝国に恨みを持ち、そして今回、タラリリカ王国からやって来たとして冷たくあしらわれた元勇者とその仲間たち。

 彼らがセルビアーノ商会と手を組み、冒険者ギルド潰しを企んでいる。


 どうやってセルビアーノ商会と繋がった?


 わからない。

 わからないが、もはやそのやや荒唐無稽気味な動機ぐらいしか見つけることができない。

 ならばその情報と推測を携えて赴くしかないだろう。


 グンバニールでのセルビアーノ商会の拠点がどこにあるかは知っている。

 倉庫街にある薬種問屋。

 そこが彼らの拠点だ。


 ギルドマスターはそこに向かう。

 神経質気味な老人の店主が彼を出迎える。


「いらっしゃいませ。御用はなんでしょうか?」

「ルナークに会いたい、現状についての話し合いをしたいと告げてくれ」

「畏まりました」


 もったいぶることなく老人は店の奥へと赴き、そして一人の青年を伴って戻ってきた。

 どうという特徴もない青年のように思えるが、その目だけは誰とも違うと感じた。


 微笑みながら、怒りを宿す。

 犯罪組織の幹部連中がやるよりも、それはもっと完璧で、そしてもっと深いものだとすぐにわかった。

 青年の瞳がかつて映した絶望の光景をこちらの脳裏に移してきそうだったので、ギルドマスターは目を合わせることをやめた。


「やぁ、どうも始めましてギルドマスター。ルナークだ。ランクE未満の冒険者にわざわざなんの用かな?」


 彼は怒っている。

 状況に合わせた処置の失敗が、踏んではならない尾を踏んだようだ。

 ならばここは怪物の巣だ。

 いかにすれば生還できるか。ギルドマスターはない知恵を絞るために頭痛に耐えて思考を回転させた。


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