123 光の帝国へ 3
ハラストは心配だった。
この時期にタラリリカ王国の人間が他国に向かうというだけで心配だったのに、予想通りの……いや予想以上のことがルナークの上に降り注いだのだ。
ルナーク……彼は超人だ。
よくはわからないが母が建国の勇者への未練を捨てて彼との一晩を選んだほどの人物であり、竜たちは彼を『天の階梯に至る者』と呼んでいた。
戦士団には所属していないが、大要塞での彼の活躍もすでに聞き知っているし、それがただの噂ではないことも万夫不当の儀という形で見聞した。
ルナーク。かれはまさしく、国家を一人で相手にできる超人だ。
そんな超人をこんな形で怒らせて、はたしてグルンバルン帝国はこの後どうなってしまうのだろう。
「まぁそう心配するな」
表情が暗いハラストにニドリナはそう声をかける。
いま、二人は宿の食堂に来ていた。
食堂といっても気軽に入れる雰囲気はない。服装規定のある店だ。
ハラストはどんなときにも対応できるように荷物に礼服を忍ばせていたので大丈夫だが、驚いたのはこの少女だ。
いつでも仮面を付けているような変な少女だと思っていたが、付けるなら付けるなりになにか理由があるのかと思っていたが意外にあっさりと仮面を取り、宿にドレスを用意させた。
そして出てきたのはなんとも可憐な美少女だ。
その美少女はまるで年長者のような口ぶりのままハラストに答える。
「あいつはどこかで騒動を期待してここに来ている。ユーリッヒとやらに嫌がらせをすることを望んでいるからな。いまは帝国側から予想外の攻撃を受けて面食らったというところだろうが、頭の芯……いやその周りはちゃんと冷静……のはずだ」
最後が曖昧になったことがハラストはとても心配だった。
「それに、心配するだけ無駄だ。あいつがやると決めたならわたしたちには止める術がない」
「ですね」
「それよりも問題なのは……この料理だ」
と、ニドリナはナイフとフォークを置くと、手を挙げてウェイターを呼んだ。
「シェフかオーナーを」
短くそう告げてしばらく……食堂のオーナーという人物が現われた。
「なにか御用でしょうか?」
「オーナー、はっきりと告げるが、この料理は不味すぎる。野菜は昨日の残り物だし、スープは煮込みすぎてえぐみが出ている。肉も熟成が足りないどころか焼き加減も塩加減も調味料の配合もなにもかもがだめだ」
「は……?」
「これがここのシェフの全力か? それともタラリリカ人ならばこの程度の料理で良いだろうという、驕りか?」
「お客様……お声が」
「こんなもの、タラリリカ人ならば家畜に食べさせるのも恥ずかしいレベルの料理だ。オーナー、改めて聞くが、これが、グルンバルン帝国人では高値を出してありがたがる料理なのかな? 食とはそこに住まう人々の命を繋ぐものであり、そしてそれ故に誇りにも直結するものだ。これが、グルンバルン帝国人の料理か? これがグルンバルン帝国の誇りか? 皇帝が食べ、貴族が食べ、ここにやって来ている者たち全てに出して恥ずかしくない料理か? どうなのだ、オーナー?」
「……なにか、料理にミスがあったようですね。申しわけありません。ただちに替えさせていただきます」
「そうしてくれ」
青い顔をしてウェイターに指示を出し料理が下げられていく。
その光景を見ながら満足げにワインを口に含むニドリナを見て、ハラストは大きくため息を吐くのだった。
「あなたもやっぱり、彼と同類なんですね」
†††††
ニドリナたちと別行動になったおれはとある印を探して街を歩き回っていた。
「うーん?」
おれは無限管理庫から引っ張り出した指輪を嵌め、そこに刻まれた印がどこかにないかと探す。
あった。
ようやく見つけたそこは薬種問屋だった。商業区の外れにある大きな倉庫と一体化した店だ。
入り口の看板に店名の後に堂々と刻まれている。
アーゲンティルからもらった指輪と同じ印、セルビアーノ商会傘下の印だ。
「いらっしゃい。なに用かな?」
店に入るとやや神経質そうな老人が応対してくれた。
腰も曲がっていないかくしゃくとした老人だが、人当たりはよくない。
おれは黙ってその老人に指輪を見せる。老人はモノクルをかけて入念に確認すると、おれに改めて腰を折って礼をした。
「いらっしゃいませ。上級会員様。店主のリヒターです」
「どうも、ルナークだ。といっても今日は買いにきたんじゃなくて、商売の手伝いをお願いに来たんだけどな。もちろん、そっちにも儲けが行くように調整したいと思っている」
「ほう? それはどのような?」
「ちょっとその前に確認したいんだが……ここにあるのって普通の薬草だけじゃないよな?」
「ええもちろん」
店主は頷き、おれに棚に並んだ商品の説明をしてくれた。
「普通の薬草類ももちろん扱っておりますが、うちが扱っております商品のほとんどは獣薬……魔物や獣の骨や内臓から作られる薬を専門としております」
「魔物の骨や内臓っていうことは肉は?」
「魔物食いは悪食に入りますが需要がないわけではありません。使い方は色々とありますので。タラリリカでも同じようなものではないですか」
「なんだよ、おれのこと知ってるのかよ」
「情報は命でございますから。それでこれはもしや……冒険者ギルドへの意趣返しということでございますか?」
「まぁね」
気付かれているなら隠す必要もない。
「恨みに恨みを重ねても、そこにあるのは恨みだけですが、よろしいので?」
「おれは別にタラリリカ王国やそこから来た他の冒険者のためにやるわけじゃない。ただ、おれに喧嘩を売ったことを後悔させてやりたいだけだ。そのついでに金儲けもできればってな」
「なるほど、面白い答えですな」
「そうかな。やられたらやり返すだけのバカって感じだけどな」
「金儲けを忘れない心が面白いのです。それは商人として重要な要素です。お見受けしたところ、あなたは商人ではなさそうですから」
「商人じゃなくても金は必要だからな」
「まさしく。それでは改めて、お話を聞かせてもらってもよろしいですか?」
「ああ」
それからおれたちは商売の話に移った。
さて翌日。
「お前たちに仕事をやろう」
どうも昨夜は宿の食堂で美食の限りを尽くしたらしい二人におれは告げた。
「仕事?」
「とりあえず、強敵との戦いか雑魚の蹂躙かの二択だ。どっちが良い?」
「強敵を取る」
「じゃ、ハラストが雑魚の方な」
「え? え?」
ニドリナが素早く強敵を選んだので、いまだよくわかっていない顔のハラストが雑魚ということになった。
「じゃあ、ニドリナはこれな。なんか火を吐く羊がいるらしい。たぶんキメラだと思うんだが。天然のキメラって珍しいからな。形が残る感じで殺してくれ。で、こっちの依頼は……」
「ちょっと待て……」
次々と魔物を挙げているとニドリナが待ったをかけた。
「強敵は一匹じゃないのか?」
「とりあえず十匹だな」
「ほう……」
ニドリナがやる気になっている。
「一人でやってもらうが、できるか?」
「当たり前だ」
「ならばよし、だな。回復薬は支給する。魔法のアイテムもいるか?」
「いらん」
「わかった。後、同行者がいるが、こいつらは基本、戦闘には参加しないし、危険地帯には近づかない」
「なんだそいつらは?」
その質問におれはにやりと笑って答えた。
「回収屋だ」
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