122 光の帝国へ 2
馬での移動に加え、ハラストがいたことで旅は非常に楽な物だった。
公的には休職中となっているハラストだが、彼の持つ身分証はタラリリカ王国の公認証書だった。
ほとんどの国家が人類領会議という組織に所属している現在、戦争でもしていない限り他国の証明書も役に立つ。その中でも国家の認証が押された身分証の効果は絶大で、おれたちはたいした取り調べもされずにグルンバルン帝国の領内を進み、そして首都グンバニールに到着した。
首都に入るのはここに来るまでよりは手間取った。
まぁ首都だからなとおれはさきほどまで並んでいた長蛇の列を思って軽く考えていたのだが、ハラストはそうではないらしい。
「どうも、タラリリカということで嫌われた気がします」
と、言う。
その理由は大要塞でのことがあった。
大要塞での一件は情報統制されて一般の人々に真実は語られていない。
だが噂はもう大陸中を席巻しているという。
『大要塞、主戦場で大きな異変が起きた』
『どうも大要塞にいた戦士団はほとんど壊滅したらしい』
『勇者の中にも死者が出たとか』
『そんな中で無傷だったとある国の戦士団が我が物顔で大要塞を占拠しているとか』
最後のとある国というのは、タラリリカ王国のことだろう。
そこからは、そのとある国への悪口に変化している。
『そのとある国は以前から魔族と交渉をしていた』
『その国の戦士団だけが難を逃れたのは、魔族たちに情報をもらっていた。そして攻撃を手引きしたからだ』
『その国は人類領を売ろうとしている』
等々……。
まぁ、魔族と交渉を持とうとしていたのは事実だ。
ただ、戦士団の壊滅は単にあいつらが弱かっただけという話なのだが、ここまで来るとそれを信じる者もいないだろう。
大要塞に派遣される戦士団というのは、その国の人々にとっては英雄の集団だ。母国にいるときは魔物退治をして国民の安全に貢献している者たちもいる。
単純にカッコイイじゃないか。
男の子ならば、そういう戦士たちの活躍を聞けば血湧き肉躍るだろう。その気持ちはよくわかる。
実際、タラリリカにもそう言った戦士団の絵姿を売っている店もあったしな。
そんな戦士団が壊滅……ほとんど死んだと聞けば絶望もしようし、その絶望を消化するために憎悪という炎を燃やしたがるのもわかる。
その対象としてタラリリカ王国は使われている。
残念なことに全てが嘘であると言い切れないところがタラリリカ王国の困ったところだろう。
「魔族との間での戦争が止まった以上、国家は国民の感情を反らすための新たな仮想敵を求めます。それが……」
「タラリリカ王国、か」
まぁ、こういう流れはルニルもその父も予想はしていただろう。
そう考えるとおれを確保しておこうというのも単純な対外戦力として、という意味が強かったのかも知れない。
だけど、しかし……知ったこっちゃないっていうのが正直な感想だ。
それでも実際に戦争とかにでもなればタラリリカ王国に協力するのはやぶさかではない。
なにしろおれは『女王(予定)の愛人』だからな。
「ともあれ、なにか起きたときは起きたときで対処するとしよう。とりあえず、おれたちは冒険者として入国したからな。こっちの冒険者ギルドに登録しておかないといけないんだろ?」
「ええ、そうですね」
未来の不安なんていつまでも心配していてもしかたがない。起きるときには起きるのだと腹をくくり、いまやるべきこと、やりたいことを片付けるべきだ。
今日の宿……懐には余裕があるので少々お高い宿を選び、一息吐いてからおれたちは冒険者ギルドに行って登録をした。
登録そのものはすんなりと行われた。
登録は……な。
事前の情報通り、ランク制を採用しているグルンバルン帝国の冒険者ギルドでおれたちは最下級のEランク冒険者となった。上はSSSランクまであるそうだが、一般的な冒険者はAランクを最終目標とするのが現実的なようだ。
「登録するだけってのもなんだから、なんか依頼でもこなしておくかね」
「はぁ? さっさと試練場に行けばいいだろう?」
おれの言葉にニドリナが不満を露にする。
「まぁ、おれもそう思わないでもないんだけどな」
なんか……空気が気に入らないんだよな。
その正体を確かめたくなっておれはそういう気になったのだ。
ハラストは困った笑いを浮かべるのみだ。
もらった安っぽそうな金属板を指で弄びつつ、おれはEランク用の依頼が貼り出された掲示板を見た。この辺りはタラリリカのものとそれほど違いはない。
Eランクにできることなんてご近所の害獣退治か薬草集め、それに街中での雑用ぐらいだ。
ちょうどいい害獣……ゴブリンとか狼とかがいなかったので薬草集めにした。とある商家のネズミ退治とかは嫌だしな。
依頼札を取って受付に行く。
「お姉さん、この依頼なんだけど」
「あ、無理です」
依頼札とEランクの登録証を見せるとお姉さんは食い気味にそう言った。
「は?」
「すいません。この登録証ではこの依頼を受けることはできません」
「いや、Eランクだろ?」
「いえいえ、こちらの登録証をご確認ください」
「うん?」
そういえば、Eの前になにか穴が打たれている。
「こちらの登録証のランクは正式にはEランク未満です。仮登録証のようなものですので、ご了承ください」
「はぁん?」
なんだか、空気の悪さの理由がはっきりしてきたか?
「で? そのEランク未満とやらがやれる依頼はどこを見ればいいんだ?」
「ありません」
「は?」
「現在、Eランク未満の方にご案内できる依頼はありません。依頼待ちの状態です」
「……なるほど。それで、Eランク未満からEランクになるには、どうしたらいいんだ?」
「ありません」
「うん?」
「方法はありません」
「なるほどね」
微笑みを崩さない受付嬢は立派なものだ。
彼女自身に色々と思うところはあるかもしれないが、彼女としては上が決めたことに従った対応をしているだけだろう。
「……最後の確認なんだか、Eランク未満に登録される冒険者の条件、ってのはなんなのかな?」
おれの背後に警備員たちが近づいて来ているのを感じながら、受付嬢に負けない笑顔を浮かべてその質問をぶつける。
受付嬢も激発の気配を感じてこめかみに冷や汗を浮かばせながら、それでも笑顔は崩さない。
たいしたものだ。
ほんとうに、たいしたものだ。
「タラリリカ王国から流れて来た方々に限られております」
「なるほどな」
ここに来る前にハラストが話していた内容を反芻しながら、おれは何度も頷いた。
そうして振り返り、いつのまにかおれと受付嬢とのやりとりに注目していた冒険者たちにも問いかける。
「おれはタラリリカから流れて来た冒険者なんだが、ここで活動するのが不満だという意見がある人はどれくらいいるかな?」
ザッ……。
「おやおや」
なんと全員が挙手をした。
あるいは人陰に隠れて見えていない者もいるかもしれないが、左から右に視界を流して見えている限りの人物が全員、手を挙げている。
これはある意味、壮観な絵だな。
「なるほど、よくわかった」
そして、おれの記憶を刺激もする。
さすがユーリッヒの母国だ。
やることがよく似ている。
おれが大人しく冒険者ギルドから出る。背後から嘲笑の笑い声が聞こえてくる。音源はもちろん、さっきまでいた建物の中からだ。
背後でニドリナとハラストがひそひそとやりあっている。
「……暴れるのかと思いました」
「わたしもそう思った」
「ですよね」
「まぁ、本命は冒険者活動ではないからな」
「太陽神の試練場ですね。この方角ならそちらに向かっているんですよね?」
「だろうな」
「なら、もしかしていまからそのまま試練場に挑戦するんですか?」
「入れたら、そうなるかもしれないな」
「ああ……装備が万全ではないんですが」
「常在戦場の精神がないとは嘆かわしいな」
「そんな……いや、そうですね」
「冗談だ。だが、どうかな、入れるのかな?」
「……やめてください」
背後のそんな不安を聞きながら、おれは太陽神の神殿を目指した。
試練場もそこにある。むしろ、試練場があるから神殿をそこに建てた、というべきだろう。
試練場に誰も彼もが勝手に入らないよう見張るために。
かくしておれたちは神殿で二つの推薦状を提示して試練場に入る許可を得ようとしたのだが、だめだった。
タラリリカ王国からの推薦状は、現在受け付けていないのだそうだ。
まったく……ユーリッヒを思い出させる。戦神の試練場にいた頃の、街の雰囲気を思い出させる。貴族に根回しされた腰抜けどものことを思い出させてくれる。
あの頃のように我慢する気など、おれにはない。
よし、ならばこの戦い、受けて立とうじゃないか。
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