120 夜姫の華麗なる冒険者生活 2
「ねぇ、なんでそんな仮面を付けてるの?」
暇を持て余したのか、セリがそんなことを聞いてきた。
地下水路の光景は【光明】で照らされているが、見るべきものなどどこにもなく、いまのところ魔物の姿はない。
先頭で偵察をする順番はすでに決められていて、わたしたちのパーティは後に回された。
「あまり素顔を晒したくないんだ」
「どうして?」
「目立ちたくないからな」
「いまでも十分目立ってるわよ」
セリに言われ、わたしは絶句した。
いや、目立っていることは理解していたが、絶句したのは次の言葉でだ。
「仮面の下の素顔を見られたら今日は良いことがあるとか言ってる男もいるわよ」
「なぜだ?」
わたしにそんな幸運をもたらすような能力はないぞ?
「う、美しいものを見ているだけで、人は幸せになりますから」
そう言った神官のオードバンはみるみる顔を真っ赤にして息を喘がせた。あがり症にもほどがある。
「…………」
「ふはっ!」
試しにと仮面を外してみたら、オードバンは顔から湯気を放った。
「幸せそうには見えないが?」
「ぷっ! あはははははは!」
わたしの言葉でオードバンがさらに顔を真っ赤にし、それを面白がってセリが笑う。
「……ねぇ、あんたたち、そろそろまじめにやらない?」
いままで黙っていたキファがわたしたちに気まずい視線を向けた。
前を行くパーティたちから睨まれているのは知っていたが、会話に加わっていないキファが先に耐えられなくなったようだ。
「そうだな。そろそろ交代だ」
「で、では、そう伝えますね」
わたしが頷くと、オードバンが慌てて前のパーティに向かっていく。
その背を見送りながらセリが喋る。
「わたしたちって前にパーティ作りに失敗しちゃってそれをルナークに助けてもらったんだけど、知ってる?」
「なんとなく」
「そうそう。そんなことがあったから仲間にするのに自信ありのイケメンはやだなぁって」
「だからってむさ苦しいおっさんも嫌よね」
「そんなことを言ってたときにあのオードバンを見つけたの」
「あれなら人を騙す器量なんてなさそうだから」
そう言って笑う二人に、わたしは「ふうむ」と呟くのみだった。
先頭を入れ代わり、斥候としてわたしは前に立つ。
そろそろ敵が出てきてくれないと面白くないな。
そう思っていたのは確かだが、だからといってすぐに現われられるとそれはそれでなんだか肩透かしを食らったような気持ちになる。
それは側道から水路への階段を使って静かに上がって来、【光明】の光が届いていない場所から静かに近づこうとしていた。
もちろん、わたしがそれを見逃すはずもない。
「止まれ」
背後のキファたちに声をかけつつ、わたしはレイピアを抜く。
セリが杖に灯した【光明】の角度を変え、それの姿が露になった。
「ポイズンクロコダイル!」
後ろのパーティから声が上がる。
その魔物の名前はわたしも知っている。強力な毒を持つワニだ。その毒はとても有用なので、わたしの里でも採取品を仕入れていた。
しかし、こんなところにいる種ではないのだが……。
「そいつに血を流させるな! 血まで毒だぞ!」
パーティに知恵者がいるとこういうときに便利だな。
そう。
ポイズンクロコダイルはその体に流れる血にまで毒性分を持つ。
そんなものがスペンザ市民の水源であるこの水路に流れては大変なことになるだろう。
そのことに気付いた冒険者たちの動きが鈍る。
「そんなの、どうやって倒せばいいのよ!?」
セリが悲鳴を上げる。他の連中も似たようなものだ。
戦えば皮膚が破れ肉が裂けるのは当たり前のことだ。血を流さずに殺すなどそれこそ即死の魔法か毒でも飲ませない限りは不可能と考えるのが普通だろう。
だが……。
「誰か、わたしの件に火の付与を」
近づいて来るポイズンクロコダイルを前にわたしは冷静に魔法使いたちに声をかけた。
「わ、わかったわ」
付与【火炎】
セリがすかさず炎の魔法をわたしのレイピアに付与した。
「それで傷口を焼くの?」
「それだけではない」
もちろんそれでもいいだろうが、ポイズンクロコダイルもそこまで呑気ではないだろう。
わたしは炎を纏った銀睡蓮を構え、ポイズンクロコダイルに接近した。
毒ワニが口を開くよりも早く、わたしは跳躍し、その口の上に乗った。
ワニは構造的に噛む力は強くても開く力はそれほどではない。わたしが乗っただけでワニはその長い顎を開けなくなってもがいている。
そんなポイズンクロコダイルを前にして、わたしは冷静に狭い眉間の中心に切っ先を突き刺した。
「脳を直接破壊すれば血は最小限にしか流れない」
そのわずかに流れた分を付与した炎で焼けばいい。
ポイズンクロコダイルはまだまだ水路から上がってきていたが対処法が判明した以上、もはや強敵ではない。
その後は水路から上がってこなくなるまで毒ワニ退治を続け、無事に任務は完了となった。
確保した大量のポイズンクロコダイルの死体は解体費を払って大量の皮素材と毒液となった。
毒の方は個人での使用が禁じられているためそのままギルドを通して国に没収されることになるが、皮素材はそのまま参加した冒険者たちで分けることとなった。
わたしはそのままギルドに売却を任せて換金した。
やれやれ、この程度では修行にもならないな。
その後、セリとキファの二人に勧誘されたが丁寧に断った。
初心者冒険者の境遇を楽しみたいわけではないのだ。
それに、心苦しいことがもう一つある。
「ニドリナさん」
冒険者ギルドを出たときにはもう夜だった。
打ち上げに誘われたが断り、一人冒険者の宿へと戻っていると声をかけられた。
振りかえればそこにいたのはオードバンだった。
「なんだ? もう芝居はなしか?」
笑いかけると、オードバンは苦い表情を浮かべた。
そう。
オードバンのあの態度は芝居だ。
その正体は各地に散っていた『彼ら』の生き残り……かつての部下たちだ。
「マスター。里を滅ぼしたあの男を殺さずなぜ従っているのです?」
里が滅んだ時点で生き残りたちには「好きに生きろ」という伝言を残しておいたのだが、オードバンは復讐に生きることにしたようだ。
「里の存在はわたしにとってさほど重要ではない。お前こそどうして復讐などを選ぶ」
「僕が選んだのは復讐ではありませんよ」
「なに?」
「マスター、あなたを手に入れることです」
そう言うと、オードバンはその手にナイフを構えた。
「どうか、このまま僕のものになってください」
「お断りだ。未熟者が」
応じなければ殺す。
それは暗殺者流の愛の告白でもあった。
その意図を乗せた殺気を前にわたしは銀睡蓮を構える。
「かかって来い」
オードバンはわたしが直々に鍛えた暗殺者だ。
剣の修行の相手にはちょうどいいだろう。
わたしは彼のものにならなかった。
セリとキファはまた仲間探しをしなければならなくなった。
この二つの事実をオードバンの末路として記しておく。
それからさらに幾つかの依頼をこなし、あるいは情報だけを得て勝手に狩りに出かけたりなどして剣の修行を着実に積んだ結果、わたしは『剣士』の称号を得、さらに『剣豪』へと昇華した。
暗殺者としてのわたしはすでに『死神』の称号を得ているので、まぁ、こんなものだろう。
そんなことをして一月以上経過してルナークがスペンザに戻ってきた。
帰ってきたあいつは仙術などというものを身につけていて、ものすごくバカらしい気分にさせられたのだった。
なにはともあれ、これでようやく太陽神の試練場へと赴くことができるようになったのだった。
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