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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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12 勇者ユーリッヒ


 大要塞には魔族と戦う戦士たちが集う。

 だが、彼らは常にそこにいるわけではない。


 大要塞に詰める戦士たちは防衛軍と呼ばれ、人類領の各国から派遣されてくる者たちによって目まぐるしく入れ替わる。


 人間同士で争う軍隊としてみれば指揮系統に混乱を生じそうなやり方だが、この数百年、これで不具合が生じたことはない。


 それはおそらく魔族側にしても同じようなやり方をしているためだろう。


 大要塞から北に百キルメロほど離れたところに大きな建造物がある。

 それこそが魔族側の大要塞。


 大陸を南北にわける二つの山脈に挟まれた空間、『世界の牙』で二つの大要塞は睨み合っている。

 人類と魔族は、この大要塞が睨み合う土地でずっと自分たちの武勇をぶつけ合っていた。



 その日、勇者ユーリッヒ・クォルバルは戦場にいた。

 クォルバル侯爵領より付けられた戦士団を率いて前進する。


 戦場の地面は荒れている。

 長い間、多くの者が踏み荒らし、戦いの技術が交錯した。魔法によって焼かれ、凍てつかされ、雷撃は染み込み、毒が撒かれ、召喚された天使の光と悪魔の吐息が交互に撫でていく。

 そんな土地に根付く植物などあろうはずがなく、雨が降ればぬかるみ、日が降り注げば渇き果てる死の土地となってしまっている。


 その日の地面は、硬く乾いていた。迂闊に転んでしまえば剥き出しの肌は簡単に引き裂かれてしまうことだろう。

 馬の代わりに召喚したケルベロスに牽かせた戦車に乗り、ユーリッヒたちは進む。

 敵の部隊がこの辺りに陣取っているという情報を得たからだ。


 放っておけば複数の魔法使いによる大規模魔法によって大要塞そのものが攻撃を受けることになる。

 それだけはなんとしても防がなくてはならない。

 大要塞の存在は人類の希望なのだから。

 そしてそれはおそらく、魔族にとっても。


 いつしか、人類と魔族はお互いの大要塞を攻め、守ることが戦いの目的となってしまっていた。


 お互いの希望と力の象徴を打ち砕く。それこそが勝利の証だと思うようになり、そしてそれが真理となった。


 だが、それは本当に真理であり唯一の勝利への道筋なのだろうか?


 作戦会議を開けば百人に一人は「大要塞など無視してしまえばいい」という。本気で魔族を滅ぼす気があるのなら、大陸を横断する山脈を越え守りの薄い場所を攻めればいいと。

 ユーリッヒもそこに聞く価値はあると思っている者の一人だ。

 だが、最適解に辿り着くにはまだまだ時間がかかると思っている。

 現状への理解もあるからだ。


 大要塞はこの戦いにおける安全弁なのだ。

 大要塞を攻め、守る。この暗黙のルールが遵守される限り大陸を二つにわけた二種族間の戦争は泥沼化が続くことはあっても悲惨化することはない。


 大要塞が砕かれる。

 そんな力のバランスが大きく崩れるような日が来ないかぎりは。


「ユーリッヒ様、あの部隊でしょう」


 御者の言葉でユーリッヒは物思いから覚めた。

 戦神の試練場での修行を終えて大要塞にやってきてから四年。


 ユーリッヒ・クォルバルは大要塞に集う戦士たちの希望を背負う勇者としてあり続けた。


 神殿より授けられた聖剣を携えて戦場に出ること数十度。その全てにおいて勝利することは難しかったが、生きて戻ってきている。


「よし、皆の者。我らが大要塞に取り憑こうとする愚か者どもに鉄槌を」

「魔族どもは皆殺しだ!」


 副長が戦槌を振り上げて叫び、戦車は速度を上げて敵部隊に向かって進む。ケルベロスは三つの首から火を吹き地面を焼く。戦車は燃え上がる炎の道を突き進み、魔族たちを轢き殺さんと飛び込む。


 だが、彼らもそれをただ見ているだけの鈍重な連中ではない。進路を正確に読んで散開し、逆に包囲する形を取ろうとする。


 ユーリッヒはそれでいいと呟き、ただ一人、宙に舞った。


 戦車から飛び降り様、ユーリッヒは大規模魔法の装置を見つけてそれを破壊した。初撃の目的はこれだ。あっさりと成し遂げることができ、ユーリッヒは聖剣を振って破片を飛ばす。

 静かな光を放つ聖剣の威圧で魔族たちの注意をこちらに引き付ける。


 その間に駆け抜けた戦車は迂回して包囲網の片方に襲いかかる。


 背後で始まる戦いの音を無視し、ユーリッヒは正面にいる魔族たちを見た。


 魔族たちは複数の亜人……いわゆる人に近い姿を取った人種が集う複合種族だ。


 今日の部隊はダークエルフが多い。長い耳と肌の黒さが特徴的な一族だ。肌が白ければエルフと呼ばれる。かつては白と黒に別れて敵対していた歴史もあるそうだが、いまは仲良く魔族として人類の敵となっている。


 もう何度も戦った相手だ。筋肉の付きにくい細い体を舐めてかかると魔法の洗礼を浴びることになる。

 彼らは優秀な戦士だ。


 だが、ユーリッヒの方が優れている。


 閃く聖剣は襲いかかる魔法をものともせず斬断し、駆け抜け様に彼らをたたき切る。

 その動きは速く苛烈で計算されていた。敵兵の行動を予測して先回りし、自ら剣の軌道に飛び込むように誘導する。

 ダークエルフたちは自分の足で死の舞いに飛び込んでいく。

 最後の一人を切り捨てるまで、そう時間はかからなかった。


 背後での戦いもすぐに終わるだろう。


 今回は楽な戦いだった。


 そう思おうとしたユーリッヒがぎりぎりの線で踏みとどまったのは、歴戦の勘というものが働いたからだろう。

 部下たちの戦いを見ようと振り返りかけて、ユーリッヒは慌ててその場から飛び退いた。


 そして、ユーリッヒを無感情に見据える存在を見た。


 その女はいつからそこに立っていたのか?

 最初からか?

 いま、このときに現われたのか?


 他の者たちと同じようにダークエルフだ。

 そして、女だ。


 体の重要部分だけを守った鎧もその手に持つ剣も一兵卒という以上の情報を与えない。


 だが、そこに立つ女はそんなものではないとユーリッヒの勘が告げている。仲間たちの死を冷たく見据え、その冷気はユーリッヒを撫でていく。


「何者だ?」

「あなたが勇者?」


 ユーリッヒの質問は黙殺され、逆に質問を返された。


「……そうだ」

「ねぇ、あなた以外に勇者はいる? あなたぐらいの年頃だと思うんだけど」

「いるが、どうした?」

「それって、男?」

「女だ」


 セヴァーナ・カーレンツァ。

 ともに戦神の試練場で修行した同士だ。


 いまは共に戦うことは少ないが、それでも大要塞で顔を合わせることは多い。


 セヴァーナと因縁でもあるのか?


 ダークエルフの情報と共に隙を引き出そうと話に乗ってみたのだが、女はユーリッヒの答えが気に入らなかったようだ。


「……なんだ、違うのか。いや、そうなのでしょうね。やっぱり」


 ぼそりと呟かれた最後の言葉。ユーリッヒはそれをスイッチに動いた。


 女は強い。だが、隙を突き、こちらの全力を注いだ聖剣の一撃には耐えられまい!


太陽聖剣【真力覚醒】・身体強化・属性上昇・【陽身斬突】。


 太陽神の聖気を漲らせ、自らを光の一閃とするこの一撃! 一度だけ遭遇した魔王ディザムニアにも通じたこの斬撃!


 どれだけの強者だろうと一兵卒にこれが受けきれるわけが……。


【破刃】


 だが、その一閃は言葉もなく形作られた防御の魔法で弾かれたのだった。

 聖剣の悲鳴が聞こえた気がした。

 弾き飛ばされたユーリッヒは、軽くなった両手の感触と自身の周りで輝く破片に見入った。


「……まぁ、こんなものよね」


 絶望感はユーリッヒを奈落へと突き落とそうとする。実際の彼は必殺の技を弾かれた反動で宙にいたわけだが、その間にダークエルフの女は次の一手を打っていた。


【風刃一閃】


 前方広範囲に衝撃波を解き放つ剣士や戦士の技だ。剣士の中ではそれなりにポピュラーな技だが、相当な手練れが使わない限り集団戦での牽制ぐらいの役にしか立たない。


 ユーリッヒはその衝撃を落下中の背中で感じ、そして通り過ぎた後で地面に落ちた。


「こんなところ……かな? お互いに部隊は壊滅。勇者は武器を失う。上々の戦果。これぞ痛み分けってね」

「ぐう……」


 背中を打った痛みはたいしたものではない。

 だが、ユーリッヒは動けなかった。

 油断無く女を見ているしかできない。


「それではね。勇者様」


 その言葉とともにダークエルフの女が消えるまで、動けなかった。


 いや、彼女が消えても動けなかった。


 背後にある惨状を、その事実を確かめるのが怖かった。


 勇者の必殺の技をはね除けた女が放ったただの剣士の技……それがユーリッヒの仲間たちを全て屠っているだなんて、そんな事実を認めることはできなかった。


「こんな遊びに彼が付き合ってるわけないか」


 切りかかる寸前に呟いていた女の言葉……それはユーリッヒの頭に呪いのように打ち込まれることになった。


「遊び……だと?」


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