110 竜の国へ 9
いやいやいやいや、おかしくない?
「ここは下っ端の敗北を主人公が取り返すってのが定石だろ!」
「下っ端!?」
おれの言葉にハラストが驚いている。
一体なにがおかしいというのか?
「え? 僕のことそんな風に思ってたんですか?」
「いや、むしろそうじゃないとでも思ってたのか?」
おれの問い返しにさらに愕然としている。
いやいや、それはそうだろう?
突然、他人の人生に現われた奴がそいつの人生における主要人物になるか? ならないだろう。
どんな傲慢野郎だ、こいつは。
「いやいやいや、そういうことではなく! もう少し、他人に対する尊重とかはないのですか?」
「悪いが初見の人間はとりあえずなにか企んでると決めてかかることにしてるから」
出会ってすぐに信頼するに値する人物なんて、ラーナ以外には存在していない。
「どれだけ人生荒んでるんですか!」
「おや、おれのことは聞いていないのか?」
「……いえ、聞いていませんが」
「そうか。じゃあまぁ、なにも知らずに付いてきたお前が悪いってことで」
「ええ!?」
だいぶ爽やか路線の崩れてきたハラストを無視し、おれは地竜に向き直る。
ていうか連続で爽やか美男子とかでてくるのがいかんのだ。
「というわけで、次はおれが相手だ」
「なに当たり前のようになかったことにしているんだ? だからダメだと言っただろう」
ちっ、誤魔化せないか。
「なぁ、その門の向こうに用があるのはあいつじゃなくて、おれなんだよ。頼むって」
「知らん。こちらの提示した試練に対して、その男を差し向けたのはお前の意思だ。ならばこの試練の失敗はお前の責任だ。試練に再挑戦できると思ったのは勝手だが、おれはそんなこと一度も言っていない」
「むう……」
やばい、反論の余地がない。
「そもそも、あれほどよい戦いをしたその男を下っ端呼ばわりしたのが気に入らん。貴様、クズだな」
「地竜さん……」
地竜の言葉にハラストが感動している。
「ルナークさん、ここは一度、引き返しましょう。地竜さんの言は正しいです」
「説得されてんじゃねぇ!」
おれは怒鳴り返す。
だが、作戦を考えないといけないのは事実だ。
とはいえ、そんなに都合よく説得の材料が見つかるとも思えない。
うーん。
しばらく考え、おれはこいつの性格を突く作戦を思いついた。
「ちっ、しかたないな。じゃあ、失敗のハンデで左腕使わないってのならどうだ?」
「なんだと?」
おれの言葉に、地竜が反応した。
鼻の穴から湯気を吐くというのは、たぶん、興奮の予兆ではなかろうか。
よし、乗ってきそうだ。
「貴様、人間の分際でそのようなことができるとでも思っているのか?」
「できるから言ってるんだよ」
「ぬう!」
さらに鼻から湯気……いやあれは煙か? なんかちろちろと赤いものが覗いたぞ。
「それでもやりたくないか? ならそうだな。右の小指だけで戦うってのはどうだ?」
「ふざけるな!!」
遂に我慢がならないと、地竜が吠えた。
「この地竜族が猛将チョウタンにそのような妄言、もはや許さぬ! ハンデなどいらん!! 本気でかかってくるがよいわ!!」
地竜……チョウタンが吠える。
「はっはっはっ、冗談を言うんじゃない。門番風情におれの本気を見る価値あるかっての」
「貴様ッ!」
もはや問答をしているのも我慢ならないと、チョウタンが凄まじい速度で距離を詰め、先ほども見せた空中殺法でおれの頭を潰さんと鉄棒を振るう。
それをおれは約束通り右の小指で受け止めた。
「なっ!」
小指とは思えない抵抗にチョウタンが驚愕の声を上げる。
「……いいか、おれの本気ってのはこういうのをいうんだ……ぜっ!」
その瞬間、おれはチョウタンを全力で威圧した。
なに、ちょっとラーナと戦ったときの三分の一ぐらい自身を強化し、魔力を放出しただけだ。
すぐに解除したが、効果は十分だろう。
勢いが死んで地面に着地したチョウタンは、そのままその場で膝を着いた。
「な、なんだ……お前は?」
「ちょっと人より苦労してるだけだ」
信じられないものを見る目……なのだろう。竜の表情はさすがにわからないが、声の雰囲気はそうだった。
「それより、おれを入れてくれる気にはなったか?」
「ふ、ふざけるな!」
「なんでだよ!」
「貴様が尋常の者ではないとわかった以上、ここを通すわけにはいかぬ! このチョウタン、命を賭けてこの門を守るのみ!」
そう叫ぶや、チョウタンの姿が膨れあがり、元の地竜に戻ってしまった。
やはり、竜にとっての本気とは竜そのままの姿ということなのだろう。
「さあ来い! 人間!」
「むう!」
空へ向かって炎を吐き、気勢を上げるチョウタンの姿に、さすがのおれも失敗を悟った。
「どうするんですか、これ!?」
「ふむ……どうしたもんかな?」
ハラストの責める言葉にもさすがに反論できず、おれとしても首を捻るしかない。
さすがに意味もなく竜の国を荒らしたいわけでもない。
これは撤退かな……と思っていると。
「そこまでにしなさい、チョウタン」
静かな声が門の上から届いた。
見上げれば、アーチの上に人の姿がある。
袖の膨らんだぞろりとした服を着た……少年だ。竜頭人身ではなく、ちゃんと人間の少年だ。雪のように白い衣装で顔のあちこちには朱が塗られており、少年の雰囲気に神秘性を与えている。
その涼やかな視線がチョウタンを止めた。
「はっ、リュウサク様!」
少年の言葉が届くや、チョウタンは高く上げていた首を地面に着ける。
「その方の気はさきほど都の中にまで届きました。その中にはよく知っているものも混じっていた。その方はお客です。お通ししなさい」
「ははっ!」
リュウサクという少年の言葉に反論もなく従うと、チョウタンは再び竜頭人身の姿となった。
「では、お客人、案内させていただく」
「……こっちとしてはありがたいが、いいのかい?」
あまりにもあっさりと話が覆り、おれとしても呆気にとられていた。
少年から感じた圧力は、たしかにあの姿に騙されたら痛い目を見るほどのものだった。
だが、見た感じ誇り高そうなチョウタンがあっさりと決断を翻すほどのものなのか……。
「中に入るなら覚えておけ」
ぎろりと睨みチョウタンが言う。
「我が竜の国は完全な階級によって支配されている。それが覆ることは絶対にない」
「……それは窮屈そうだな」
「はっはっ! なに、そう難しい話ではない。支配されるのが嫌であれば国から出るか、昇華すれば良いだけのことよ」
「昇華?」
称号やアイテムの等級のようにか?
「まぁ、人であるそなたらには関係のないこと。用を済ませることだけを考えていればいい」
「ていうか、さっきまで怒ってたのに、切り替え早いな」
「門番という役目に徹していたまでのこと。おれが翻弄されたのはおれの未熟故とわかっているからな。長くこだわることでもない」
「……それならそれでいいけどな」
おれとしても色々と思惑があって煽ったりしたが、別にチョウタンと揉めたくてやったわけでもない。
ていうか、性格としては好きな方だ。
「気にしないでもらえるならありがたい。ルナークだ」
「うむ。改めて名乗ろう。地竜族のチョウタンだ」
「ええと……ハラストです」
ハラスト一人だけが納得いかない顔をしているが、そんなことは知ったことではない。
おれたちは先導するチョウタンに従って竜の国へと入っていくのだった。
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