11 聖女誘拐
人目を避けて山に入った。
どうやら人が頻繁に入る山だったようだ。中腹あたりに小屋があった。近隣の村の共有財産なのかもしれない。
とにかくいまは人がいないのだから利用させてもらおうと、足を止めた。
走っている間、ずっと「ふえっふえっ」言っていた聖女は地面に降ろされてもすぐには動けなかった。
「大丈夫か?」
「ちょっと、気持ち悪いです」
どうやら酔ってしまったらしい。
しかたないので回復魔法で癒すと、聖女はふうと息を吐いた。
「あの、たすかりました。ありがとうございます」
そしておれに向かって頭を下げる。
いきなりの状況なのに、意外に冷静だとおれの方が驚いた。
「おれが人さらいだと思ったりしないのか?」
「そうなのですか?」
「いや、違うけどな」
「ですよね。だって、わたしがたすけて欲しいときに来てくれたのですから。あなたはわたしの救い主様です」
「それも短絡的だけどな」
おれとしてはあの騎士たちがユーリッヒの家の関係者だとわかったから嫌がらせをすることにしたのだし。
「それに、一飯の恩もある」
「あっ!」
そう言って革の水袋を渡して、ようやくおれが街道で行き倒れていた青年だと気が付いたようだ。
「それで……」
おれは小屋を開けて中の様子を窺いながら聖女に尋ねた。
「なにがどうなってるのか、教える気はある?」
そこら辺から拾い集めた枯れ木で暖炉の火を入れ、雨水をためている桶から水を取り、鍋で沸かす。
聖女……テテフィに火の番をしてもらっている間におれは食べられそうなものを探す。とりあえず鳥を見つけられた。キノコも幾つか見つけたのだが、知識がないのでやめておく。野草の方がまだ幾つかわかるので、それを採ってきた。
小屋に岩塩が保管されていたのは幸いだった。少しわけてもらい、捌いた鳥の味付けにする。
鳥を解体する頃になって、テテフィはようやく口を開いてくれた。
「わたしはクォルバル侯爵領にある太陽神殿で聖女として勤めていました」
テテフィのように色素が抜け落ちた人々はアルビノと呼ばれ、特に神に仕える人々が彼らを大事に扱い、聖者や聖女と呼んでいる。
「ほんの少し前までわたしは聖女として当たり前の生活をして来ました」
神に祈りを捧げ、神殿に来る人々を癒し、ときに外に出て苦しんでいる人を見つけては回復魔法で癒す。
それが神殿の日常だ。
神は色々あれど、街や村に神殿を建てることを受け入れられるような神ならば、それに仕える神官はテテフィと同じような日常を送る。
人々はそれに対して金銭や物品での寄進を行い、神殿の維持に協力する。
戦神の神官なら、そこに魔物退治などによる治安維持も入るし、知識の神ならば学校の教師、地母神ならば豊作祈願や雨乞いなど……仕える神によってすることに多少の差はあれど、人々との間で相互に支え合う関係ができていることには変わりない。
テテフィも太陽神に仕える聖女として、そういった暮らしをしてきたという。
「だけど、それが終わってしまいました」
そこまで言って、テテフィの口が止まる。
どうやらその先は言いたくないらしい。
もうほとんど、説明していないのも同じだ。
だけど、おれはこだわらない。
「まぁ、それならそれでいいけどね」
羽を毟り終えた鳥をさらに刻み、スープにする。野草と鳥のスープだ。
「ただ、テテフィがそう望むならあの騎士から逃がすのには協力してあげるよ」
「ありがとうございます。……でも、聞いていいですか?」
「なに?」
「どうして、たすけてくれたのですか? ありがたいのですけど、とても危険なことです」
騎士に逆らう。それはつまり、騎士に任務を与えた国に逆らうということになる。
騎士や貴族、王族に国家……公権力に逆らう罪にはどの国も重い処罰を与えられる。
それでもいいのかと、テテフィはおれを気遣って言ってくれているのだ。
だけど、おれの答えは変わらない。
「それは決まってる」
「え?」
「クォルバル家が大嫌いなんだ」
ユーリッヒ個人を名指しするとあいつとの関係を調べられたりすることになるかもしれない。
だから、その辺をあいまいにしようとすると、こうなってしまう。
目を丸くしたテテフィにおれはそれでと話を次へと進ませる。
「で? 逃げるとして、どこかに当てはあるのかい?」
「……いえ。実家はもうないですし」
「そっか……おれもどこか落ち着ける場所を手に入れないといけないんだけど」
ううん……と考える。
宿無しが落ち着こうと思ったら、やはり傭兵か冒険者になるのが手っ取り早いだろう。あとは開拓村とかも紛れ込みやすいかもしれない。身分証は手に入れたからどこかの街で普通に働くということだってできるかもしれないが、あの村の今後を考えるとあまり使いたくはない。
おれのことはさておき、テテフィがどこかに落ち着こうとすると、問題になるのはその肌だ。
まっ白なアルビノの肌はとても目立つし、その格好も一目で聖女とわかる。
テテフィもそれがわかっているから外套で姿を隠していたのだろうが、やはり万全というわけにはいかない。
「このまま街道を進むのは無理だよな。となると……」
と、呟いたもののいい考えが浮かぶわけでもない。
いや、考えは浮かんでいるんだが、果たしてそれを実行することができるのかどうか。
「あの……やっぱり無理ですよね?」
ぽつりとテテフィがそんなことを言った。
「わかっているんです。侯爵家に逆らうなんてできるはずない。勇者ユーリッヒ様を戴くいまのクォルバル侯爵家に敵対しようなんてところはないでしょう。それに、わたしを必要としているのは、ユーリッヒ様です。だからこそ、侯爵家は必死になってわたしを探すでしょう」
逃げ場なんて最初からない。
諦めの色が彼女の純白の表情を汚そうとしている。
「……気に入らないな」
「え?」
「勇者だから、勇者の家だから、そのためにはなにやってもいいとか、そういうのは気に入らない」
テテフィがユーリッヒのためになにをやらされようとしているのか知らないが、おれは言ってのける。
別に正義感から言っているわけではない。むしろやっかみ分はかなり多いだろう。
あるいは、おれが普通に勇者をやれていれば自分のために誰かがなにかをしてくれることを当たり前として受け止めていたかもしれないのだから。
ユーリッヒはそこにさらに貴族の家の出という強力な背景が作用しているから巻き込まれる人たちも多いことだろう。
そう。
あいつが普通におれを平等に受け入れていれば、おれはテテフィを説得してユーリッヒに差しだしていたかもしれない。
そういう未来だってありえたかもしれない。
だけど違う。
あいつはおれを排除しようとし、実際に成功したと思っている。
だからおれはいま、あいつが得になるようなことは絶対にしない。
「ほら、スープ。肉は食べれるよな?」
「え、ええ……でも……」
「食べとけよ。これからは体力勝負だ」
「なにをする気?」
「山越えだ。国外まで逃げればいくら侯爵家でも手は出せない。たとえあんたが目立つ聖女様だったとしてもな」
おれはテテフィを見ながら言う。
彼女の覚悟を問う。
「街道を使わないんだ。なにが出てくるかもわからない。正直、すごくしんどいだろうな。だから聞いとくぜ。途中で音を上げそうなら今のうちに言っておいた方が楽だと思うぞ」
「うっ」
差し出されたスープをテテフィはじっと見つめる。
やがて彼女はそれを取り、そして口にした。
生きる。
そうだ。食べるってことはつまり、生きるってことだ。
テテフィがどんな運命から逃げ出したのか知らないが、彼女の心は生きる道を選んだのだ。
その運命をおれは支えよう。
それが一飯の恩返し。
そしてそれがユーリッヒへの嫌がらせになるんだ。
最高じゃないか。
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