106 竜の国へ 5
まさかこんな短期間で二回も王にしてやろうなんて言われるとは思わなかった。
「幸いにも君は一度、王子として活動しているし【天啓】による保証も得られている。多少の不満は起きるだろうが、それを押さえられる自信はある。どうかね?」
どうしてそこまで必死なのかと思ったが、やはりそこにはおれが原因なのだろう。
主戦場をあんな風にぶっ壊せる人間なんてそうはいないだろう。
魔導王にだって不可能ではなかろうか。同じ『王』のディザムニアがあんな感じだったしな。
王にしてでも確保したいと思われているのか。
必要とされていることそのものが不快なわけではない。
むしろ一度は拒否された貴族たちからこうも必死に求められるのは、嗜虐的な快感があることも認めよう。
だが、その心地よさに乗っかるつもりはない。
「お断りする」
「どうしてだね?」
食い気味に問いかけられた王の顔はもはや血の気が失せていそうだった。
「椅子を尻で磨くだけの身分にはなりたくないので」
と、アーゲンティルのときと同じ内容を答えておく。
それより気になったのは隣にいるルニルだ。
父王と同じように追いつめられた感じを見せているのだが、なにか、親子で違うものに悩まされているのではないかと思えた。
そういえば……。
「おれの報酬って、そもそも女王の愛人だったはずなんだが、なにがどうしておれの爵位の話になっているんだ?」
「……娘が欲しいなら、君が王になれば良い」
「いや、だから王になる気はないんだって」
そして結婚する気もない。
ゲス野郎と言われようがなんだろうが、これだけは断言する。
たとえラーナが相手だろうと、いまは結婚とかする気はない!
いいかげん、言葉遣いに気をつけるのがめんどうになってきたな。
「おれを王にするとか気が違ったことを言い出すぐらいなら、おれの言う通りに娘をちゃんと姫として公表して女王になれるようにしろよ。その方があんたらだって納得できるだろう」
「それは……できん」
苦々しい顔で国王ルアンドルは言った。
「どうして?」
「国の決まりだからだ」
「国の決まりなら直してしまえば良いじゃないか。人類と魔族の関係を壊そうっていう国王がなにを器の小さいことを」
「そういう問題ではないのだ!」
ルアンドルの方もついに我慢の限界が来たのか大声を上げた。
「ただの慣習ならばとっくに変更しておるわ! なにが哀しくて優秀な娘をどこの馬の骨ともしれん男にやらねばならんのだ!」
「お、いいね」
顔を真っ赤にして本心を吐き出し始めたルアンドルをおれはどんどんと煽っていく。
隣のルニルも驚いているところから、娘にすら明かせない秘密があるのだろう。
つまり、王しか知ることが許されない秘密か。
これは、なんとしてでも明かしてもらわなければな!
「そんなに大事な娘を犠牲にしないといけない決まり事ってのはどんな真実が隠されているんだい?」
「それは……」
さすが怒ったままではなかった。
ルアンドルはハッとした顔をするとすぐに自身の怒りを抑える。
いやいや、そのまま冷静になられても困る。
「おれが王になっていたと仮定してみなよ。そのときはどうせ教えないといけないだろう? そうだ。おれが王になってすぐに妻に王位を譲るってことをすればいいのか。よしわかった、王になる」
「待て待て待て待て!」
なんだかルアンドルの方も言葉遣いが崩れてきた気がする。
いい兆候だ。
「わかった。話そう」
大きくため息を吐いた国王は護衛の騎士に部屋から出るように命じた。少し戸惑ったようだがラランシアが残ることを知って納得したようだ。
「もしかして、騎士たちを訓練しているのですか?」
「ええ、日々の鍛錬のついでに」
「なるほど」
彼女の鍛錬相手をしているということは、彼女の強さと怖さも理解しているのだろう。
「治せるから大丈夫」とか言いながらけっこうエグく攻めてくるからなぁ。
昔は本気で泣かされた。
それから少しだけ、ラランシアと昔話をした。
本題に入る前の息抜きの雑談だ。
その間にルニルが新しいお茶を淹れてくれた。
香草茶のおかげか気分が落ち着く。
いや、本当は落ち着かせたらだめなのかもしれないが、すでに話すと決断させているのだから大丈夫だと信じるしかない。
「……話はタラリリカ王国の建国物語にまで遡る」
一息入れた国王が語るのは、タラリリカ王国の建国物語だった。
タラリリカ王国は建国されておよそ五百年。それ以前に存在したとある国が滅んだ後に作られた。
滅んだ理由は竜によって攻め滅ぼされたためだ。
大陸を北と南に分断する二つの大山脈。
西のグレンザ山脈。
東のダーラ山脈。
二つの山脈は魔物が住まう危険地帯であるが、それ以上に竜の国があることで知られている。
西のグレンザ山脈に接するこの地にも日々魔物が襲い、時には竜が山から下りて人や家畜を攫っていった。
いまはほとんど姿を見せない竜たちだが、昔は頻繁に山脈の外に出て人に危害を及ぼしていたようだ。
滅んだ国も竜と魔物との戦いに疲れ果てた末に敗北だった。
国が滅んだことでそこに住まう人々により甚大な被害が及ぶようになった。
そんなときに訪れたのが、いずれタラリリカ王国の建国王となる勇者だった。
彼は民と敗残兵をまとめ上げて竜たちと戦う軍を作り、そして勝利を収めていった。
その後は勇者の雄壮な活躍と勝利が続くのだが、そこは省略する。
村を立て直し、街を立て直し、そして国を立て直すため、勇者はこの地を荒らし回る首魁の竜と戦い、決着を付けた。竜にこの地の安堵を約束させ、こうして、タラリリカ王国はできあがった。
と、まぁ……この辺りはこの国にいればよく聞く話である。酒場で酒を飲んでいて、誰かが吟遊詩人に雄壮な歌をとか頼めば、歌われるのはこれが多い。
「問題なのは、約束の部分だ」
とルアンドルは言った。
「建国王である我らの先祖は、竜との戦いに勝利したわけではない」
「なっ!」
聞いたことがなかったのか、ルニルが驚いた。
「ただ、負けもしなかった。戦いは数日に及び、やがて竜の方から交渉を求めたという。建国王はその竜の提案を吞んだ」
「で、その提案というのは?」
「……国王となる者は一夜をその竜に捧げねばならん」
「うん?」
思わぬ言葉におれを始め、全員がきょとんとルアンドルを見た。
「一夜だ。わかるだろう?」
「あー……つまりそれは、男と女的な?」
「そうだ」
「ということは、相手は雌竜だったわけだ」
「そうだな。だが、おれの前に現われたのは美しい女だった。とても竜とは思えなかった」
「へぇ、どんな?」
「赤銅色の髪が特徴的な幸の薄そうな女でな。濃い髪色に反して肌は透けるように薄く、触れば吸い取られてしまうのではと思うほど……」
「なるほど。それで、どうだった」
「これがまた…………いいのだ」
「ほうほう!」
「二人とも!」
ルアンドルの説明におれが食いつき、そして王の方もそんなおれに呼応して説明に熱が入る。
気が付けば額がぶつからんほどに接近していたのだが、ルニルの怒りの声で父親が我に返ってしまった。
「……つまり、そういうことだ。この国の王になるということはその竜と交わらねばならぬ。そのために、男であることは絶対条件なのだ」
照れた顔を咳払いでごまかし、ルアンドルはそう締め括った。
ルニルを見れば、素の父親の一面に怒っていた余韻を残しつつも、初めて聞かされた真実にどういった反応をすればいいのかと困っている。
おれとしてはおかげで話がスッキリしたと思っていた。
「つまり、こういうことだよな? 男子継承の決まりを破りたかったら、その竜と新しい契約を結べばいいってことだ?」
「そういうことだ。だが、その竜がどこにいるかはわからない。おれとて継承した夜に一度会ったきりだ」
「そいつを連れてきたら、国王さんは彼女だって自信を持って断言できるか?」
「ああ、彼女には特徴的な印もあったしな」
「それは?」
「……それは、いまは教えられん」
おれが考えていることを察したのだろう。ルアンドルはあえて言葉を濁した。
「だが、本気か?」
「ああ」
おれは頷く。
「その雌竜、おれ必ず見つけ出して約束の変更を求めてやる」
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