105 竜の国へ 4
さて次の朝。
昨日と同じように朝食時に訪れたラナンシェにルニルとの面会は今日だと告げられた。
朝食を食べたらすぐに支度しろというのだから忙しないことである。
宮廷に入るための服は影武者となるための教育を受けたときに誂えられているのだが、ラナンシェは新しい服を用意してきてくれた。
執事とメイドが総掛かりでおれの格好を整え、迎えに来た馬車に乗っていざ宮廷へ。
王都タランズの中央に位置する王城前で馬車は止まり、ラナンシェが正面入り口を守る騎士に通行証を見せて中へと入る。
エントランスのここには様々な人が訪れる。
普段の生活で必要になる程度の手続きならば城外にある役所で済むのだが、それ以外の高位の役人や大臣などを交えなければならない訴えや交渉や商談となるとここで行われるそうだ。
そのため、この辺りにいる人々はどれもこれも裕福そうだ。
総合受付と書かれた場所ではそう言った人々の部下や執事らしきものたちが列を作り、主人たちは設置されたソファに座ってゆったりと寛ぎ、あるいは談笑などしている。
そんな彼らを横目におれたちが奥へと進んでいると一人の騎士がやって来た。
おれとそう歳が変わらない様子の青年を見て、おやっと思った。
「ラナンシェ様、それに……ルナーク様ですね」
おれの名前を言いづらそうに呼ぶ焦げ茶色の髪の青年はやはりそうだ。
昨夜、おれの前であのお姉さんと部屋へと消えていった彼だ。
騎士といえど男だ。夜のお姉さんたちとそういうことだってするだろうとは思うのだが、午前中の陽光が差し込む王城で彼を見ると、なにか首を傾げてしまうものがある。
はて、なにが気になるんだろうか?
「案内役を仰せつかりましたハラストです。よろしくお願いします」
しかし、彼の方はおれのことを見ていなかったようだ。爽やかな作り笑顔でおれたちの先頭を進み、城の奥、王たちの住む宮廷へと入っていく。
応接室へと通されてハラストは去る。とはいってもドアの前に立っているようだ。無関係の人物が迷い込まないようにという配慮なのか。
やがて複数の足音が近づいて来て、ドアが開いた。
入ってきたのは男装のルニルとラランシア、そして知らないおっさん……ではない、ルニルの父親で国王のルアンドルだ。
護衛の騎士がドアの側に控え、ルニルと国王が対面に座った。ラナンシェに合わせて立ち上がって出迎えたおれたちにルアンドルが座るように進めてくる。
改めてルニルがおれたちのことを紹介する。どうも初めて会ったという態を装っているようだ。護衛の騎士がいるからだろうか? 形式にこだわらないといけないというのは面倒なことだ。
「この度の任務はご苦労であった。大変に危険なものであったな」
「……冒険者としてはちょっと変わった依頼を受けた、というだけのことです。しかるべき報酬が払われるのであれば問題はありません」
「ふむ。冒険者……か」
ルアンドルはおれの答えが気に入らなかったのか、横に控えているラランシアに目を向けた。ルニルも少し困った様子でおれを見ている。
二人の視線に苦笑を浮かべた戦神の大神官は、やはりおれのいまの名前を言い辛そうに呼ぶ。
「ルナーク、実はそのことでお願いがあるのだけど」
「なんでしょうか、先生?」
と、おれは昔の呼び方で返す。
「例の件のこともあり、王国としてはあなたの重要度がとても増しています。なにしろあなたは、あの方の恋人なのでしょう?」
「……まぁね」
そんなおれの返答に改めて視線が集中する。
魔族の頂点に立つ大魔王ラーナリングイン。今回の接触によって人類の中でもタラリリカ王国のみが知ることとなったその存在と人間の青年が恋人関係にある?
そんなこと、おれだったら信じない。
だからおれは皮肉を唇にはり付けてラランシアに問い返した。
「まさか信じているわけじゃないでしょう?」
そんなおれの問いかけに国王と護衛の騎士は動揺を見せた。ルニルは眉根を寄せて責めるようにおれを睨む。
そしてラランシアは笑っていた。
「信じるしかないでしょう? むしろ、それを信じなかったとして、ではなにを信じるというのです? 魔族領から生きて帰ってきたのは殿下とあなただけ。そしてあなたの主戦場での活躍もすでに聞いております。これに関しては現在も大要塞に駐留中の将軍からも報告書が届いています。鉄塊王ディザムニアの討ち取りは証言を得られませんでしたが、ゴブリンの魔太子クウザンに関してはセヴァーナ・カーレンツァが証言してくれました」
「へぇ……」
ディザムニア討ち取りを見たのはユーリッヒだ。
彼は黙り、セヴァーナは語る。
その違いの理由は想像が付く。
だが、それに関しては今後の奴らへの対応に方針が示されたというべきだろう。
いま気にするべきは彼らはなにを言おうとしているのか。
「それで? あなたたちはおれになにを望んでいる?」
「きっと、あなたが嫌うことよ」
「爵位を受けて欲しい」
ラランシアの言葉を引き継いだのはルニルだ。
「爵位?」
「そうだ」
続いて国王が頷く。
「君のために伯爵の地位を用意しよう。領地は例の計画に合わせた場所となるが、不満であれば特別俸給を出そう。どうかな?」
「……悪いが、金に関してはこの前、十分な額を手に入れたんでね。あまり魅力を感じない。地位の方ももちろん興味ない。おれは貴族が嫌いなんだ。その一員になる気はない」
「…………」
おれの返答に全員が黙った。
まるでこの世の終わりみたいな顔になっているが、一体なにが問題なんだ?
「この件での協力はする。それはすでに決まっていることだ。なにが気に入らない?」
「…………」
おれの問いにも誰もが答えを口にしない。
「問題なのは、あなたが何者か、ということよ」
国王親子の代わりにラランシアが言う。
「ただの冒険者は信用できない。なぜなら彼らは根本的に根無し草だから。国家の事業に関わらせることはできない。では、あなたは何者? 人類を守護する勇者? それとも大魔王の恋人? それとも……?」
「おれはおれだ」
自分が何者かとか、そういうことで悩む気はない。
おれはおれだ。
冒険者だろうが勇者だろうが天孫だろうが、そんなことはどうでもいい。
「おれのことが信用できないというならそれでいい。だが、それでどうする? おれ抜きでやるのか? どうやって? そもそも、あちらとの連絡口を作れるのはおれだけだ。それとも別の方法に変えるのか? それならそれでかまわない。魔族領に行く方法が他にあるのなら、どうぞやってくれ」
一気にまくし立てたが、連中が気にしているのがなにか、それがまるでわからないわけではない。
第一にあるのはおれを取り込みたいってことだろう。
勇者を凌ぐ実力、魔族との間にある特別な関係。いま現在の状況に置いて、おれは重要人物になっているのだ。
自分の言うのもなんだが、まぁそうだよな。
だが、この件に関してなら実のところ、おれの重要性は最初の連絡口を作るところまでだ。
それ以後は自分の領内で行うことなのだから他国の干渉を受けることもない。
「どうしてそんなにおれが必要だ?」
「それは……」
言い淀む二人を置いて、おれはラランシアを見た。
「言ったでしょう? あなたが何者なのかが問題なのだと」
「だから……」
「冒険者はお金で雇われる。だけど、貴族なら自分の領土の繁栄を一番に考える。どう?」
どう? ときた。
ラランシアはおれが先生と呼んだことを覚えていたのだろう。問題でも出したつもりなのだろうか?
国王親子が重苦しい空気になっているところで、ラランシアにはこの状況を楽しんでいる雰囲気があった。
なのでおれも楽しむことにした。
「……つまり、魔族との交渉権はこの国にではなく、おれが握っていると思っているわけだ」
大魔王の恋人で、交渉によって繋がることになっている連絡口……転移の紋章を打つことができるのはおれだけ。
つまり、おれがタラリリカ王国ではなく別の国へと赴いて、魔族との交渉とか交易とかの権利を売るのではないか?
それを心配しているわけだ。
はっはっはっ…………。
ラランシアの微笑みはそれが正解だと教えてくれる。
おれは面白くなって思わず笑ってしまった。
「おれを貴族にしたところで、それでおれが裏切らないとどうして信用できる?」
「それは……」
「信用ってのはそういうもんじゃないよな」
「ならば……」
国王が青い顔でおれを見つめるや…………。
「君に次の王位を譲ろう」
そんなとんでもないことを言ったのだった。
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