103 竜の国へ 2
朝になる。
迎えに来たラナンシェとともにタラリリカ王国の王都タランズに向かうのだが、ニドリナは同行しないと言う。
この前の呪源との戦いで貸した希少級のレイピア銀睡蓮をいたく気に入ったようで、しばらくは剣士としての修行をするとのことだ。
暇を見ておれが相手をするぞと言うのだが、それには嫌な顔をして断り、この辺りで適度に狩りをするのだそうだ。
一体なにを狩るのやら、衛士に追われるようなことはやめて欲しいものである。
というわけでラナンシェとの二人旅だ。
彼女はあらかじめおれ用の馬も用意していたので、馬での旅となる。
並んで馬に乗るラナンシェは大要塞にいたときのような全身鎧を着ていない。
それでも馬上旅に合わせた乗馬ズボンを穿き、動きやすさを重視した格好となっている。凛々しい女性を演出しつつ、コルセットに使われている紐に飾られた小さな金細工や、シャツに施された刺繍などかわいらしさを忘れていない感じに好感が持てる。
……おれとしては馬の揺れに合わせて上下するいかん胸も高く評価したい。
あれだな。
例えるならテテフィは鑑賞していたい美人で、ラナンシェは是非ともお相手願いたい美人だ。
テテフィは遠くから眺めていても幸せになれるが、ラナンシェはお相手願えないのならば近くにいて欲しくはない。
なんとも目の毒気の毒だからだ。
……まぁ、これはあくまでもおれ個人の感想なので他の男連中がどう考えているかはわからないし知ったことではない。
「……というか、マジマジと見るな」
さすがにじっくり鑑賞しすぎた。
ラナンシェにじろりと睨まれる。
「いや、ほんと、あのときの約束は忘れないでくれよ?」
「君は! 本当にそういうところは素直で最低だな!」
この間はさらりと流したのに、今日は顔を真っ赤にして怒る。
なぜだと考え……納得する。
「そうか。おれの視線がそんなに刺激的だったか」
「ほんとに死ねばいいのに!」
さらに顔を赤くして怒鳴ると、さらになにかをぶつぶつと言いだした。
「あのときはわりと…………いいなと思ったのに」
「うん?」
「決闘が終わった後で、わたしが侮辱されたと他の連中とも戦ったじゃないか!」
「ああ……」
おれはそのときのことを思い出す。
たしかにラナンシェの言うような理由で他の連中もぶちのめした。
というか瞬殺した。
「あのときは……あそこは敵地だと思ってたしな。わかりやすく喧嘩を売ってくる連中は最初に潰しとこうと思ったんだ。それに……」
「それに?」
「正々堂々と戦ったお前らを侮辱するのは、騎士道というか、人類を守る戦士らしくないと思ってイラッと来たのは事実だな」
おれの呟きになにを思ったのか、ラナンシェがハッとした顔で固まってしまった。
「……君は理想を高く持ちすぎたんだ。ほとんどの人間はそこまで高尚にはなれない。なった振りをしているだけだ」
「はっ、余計なお世話だ」
「どうすれば君の心はもっと穏やかになるのかな? なにが君に乾きを与えているのか。それがわかればいいのだけど」
「やーめーてーくーれー」
「お? なんだ? こういう話は嫌いか?」
「うるせぇ」
「ふふふ、初めて君にしてやれたな。良い気分だ」
そんなやりとりをしながら街道を進む。
以前にも使ったことがあるし、王子の振りをして戦士団を率いて馬にも乗っていたこともある。
幾つかある分かれ道に迷うこともなく王都へと無事に辿り着いた。
相変わらずスペンザに比べればなにもかも大きく広いタランズを軽く見て回り、案内されたのは、なんと見たことのある屋敷だった。
「とりあえず、この屋敷を提供されている」
なにも知らないラナンシェは出迎えた執事や下男たちに馬を預け、中へと入っていく。おれもその後に続くが、なんとも微妙な気分だ。
ここは以前、ケインの屋敷だったはずだ。
彼らの末路はイルヴァンからの報告で知っているが、公にどうなっているのかはまだ聞いていない。
だが、彼の屋敷をいまラナンシェが使っているということは、それなりの処置はされた、ということだろう。
……まぁ色々と思うところはあるが、やはり変節はいかんということだ。
魔族に対しての恨みがどうしても消せなかったのなら、そもそもルニルの企みに協力するようなことをしてはいけなかったのだ。
あるいはそこに出世の道でも見出したのかもしれない。準爵なんてものになっていたのだしな。
しかしそれならば、どんな現実を前にしても一度定めた目的を変えるべきではない。少なくとも仲間を見捨てるという形で変えるべきではなかった。
そこそこ気のいい奴らではあったが、それだけではどうにもならないことがあるのだなと思うと少し嫌な気持ちになる。
そういうわけで、そんな嫌な気分はさらっと晴らしてしまうとしよう。
夕食が終わってあてがわれた部屋へと戻ったおれは、さっさと抜け出すとラナンシェの部屋を求めてうろついた。
しかし、いくら探してもラナンシェの姿がない。
しかたないので厨房で食器の片付けをしていたメイドたちに尋ねると、なんとラナンシェはここに住んでいないという。
別の屋敷に住んでいて、おれが部屋へと入っている間にそちらへと戻ったというのだ。
やられた。
くそっ、完全におれの行動を読まれていた。
ラナンシェが考えたのか、それともルニルか?
どちらであろうとおれは彼女たちの作戦に完敗したわけだ。
とはいえ一度盛り上がってしまった気分がそう簡単に収まるわけもなく、しばらく悩んだ末、おれは色街に行ってみることにした。
スペンザにもそういう店はあったのだが、あいにくとお世話になることはなかった。
性に奔放な女戦士と知り合いになれていたからな。パーティは一緒になれなかったが、その後もちょくちょくと遊んではいたのだ。
しかし彼女もタランズにはいないので、やはり色街に行くしかない。
前回来たときに王都の大まかな配置は覚えた。
最も大きな繁華街から少し離れた城壁沿いの区画が色街と呼ばれている。
高い城壁の側にあって夜空も遮られているためか、他の場所よりも暗い。さすがに歓楽都市ザンダークのようなおおっぴらな雰囲気はなく、どこか暗く沈んだ雰囲気の通りの中で、街のそこかしこで焚かれた香がピンク色の煙を踊らせ、建ち並ぶ建物の窓のそこかしこから妖しく身をくねらせ合う男女の影が見え隠れする。
一階が酒場という店が多く、そこから女たちの笑い声もよく響く。それよりもはるかに小さな音だが、喧嘩と悲鳴も聞こえてくる。近寄ってくる客引きたちから話を聞くと、その酒場で女たちを選び、それから上の部屋を借りて遊ぶというのがここの色街のやり方だという。部屋代に女たちとの遊び代も入っているということだ。
そうと知れば客引きになんぞ用はない。
おれは自分の本能を信じて一軒の酒場に入る。
入るなり奢ってよと身をくねられてまとわりついてくる女たちに酒を頼んでやりながら様子を見る。
ちなみに酒はエールとワインが一種類ずつしかなかった。つまみの類もなし。ほんとうに酒を飲みながら女を物色するためだけの場所のようだ。
どうも今日は客の少ない日だったということもあって、気軽に酒を奢ったおれに瞬く間に五人の女たちが集まった。
化粧の濃い女たちの誘いにどうしたものかと考えていると、一人、カウンターに座って物憂げにしている姿が目に入った。
誘われるように、おれはその女のところに行った。
結果としては上々であった。
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