102 竜の国へ 1
とはいえいまさら目的を変えるのも負けたような気持ちになる。
太陽神がおれを利用してなにかを企んでいるのだとしたら、そしてそれがおれを踏み台にするようなことだとしたら、太陽神をぶん殴ってやるだけだと割り切る。
スペンザに戻ったおれたちは太陽神殿にいた大神官に手紙を届けた。
シビリスの父にしてタラリリカ王国の太陽神の神官をまとめる大神官ジンガリアは、いきなりはるか東のファランツ王国の公爵と大神官のものとともに息子からの手紙が届くとは思っておらず、どれから読めば良いのかと慌てていたが、やがて全て読み終わった。
公爵の手紙を読んで混乱し、息子の手紙を読んで涙を流し、そして大神官からの推薦状で決意が固まった顔になった。
「息子を立ち直らせ、正道に立ち返らせていただいたこと、深く感謝します」
最後にはジンガリアはおれたちに深く頭を下げ、そして改めてその場で用意した太陽神の試練場への推薦状をおれたちに渡してくれた。
太陽神の神殿を出たおれは、少しおもしろくなかった。
「正道、ね」
まるで、そこを進むしか正解はないかのような言い方だ。
シビリスは結果的に自身の意思で太陽神への信仰の道を進んだ……とは言い切れない部分があると思っている。
そのことが悪いとは思わない。
だが、それが正道だと言いきられるのは気に入らない。
人生というのは、もっと多様性があってしかるべきではないのか?
庶民が勇者になるのを許されるような。
「人が生きる道がそこしかないみたいな言い方、気にくわないな」
「お前みたいに、なにもかもから逃げている人間にはそう思えるかもしれないな」
「逃げてないし。ていうか、ニドリナは理解できるのか?」
「正しいかどうかはともかくとしてな。自分を個ではなく血脈という大きな流れの一部だと思っているような者はいる。そういう者にとっては自分で流れが絶えると考えるのは恐怖だろうな」
「はっ、特権持っている連中の傲慢って奴だな」
生まれたときから不満のない人生なら、それが続くことを願ってそんなことも考えるのだろうさ。
そんな風に思っていると、ニドリナがこちらを見る。
仮面の下から覗くのは、バカを蔑む目だった。
「はて、ではお前の持つ正道というのは、他人に押しつけても問題がないほど素晴らしいものなのか?」
「おれが言いたいのは、人はもう少し自由であって、そして人と自分との違いを理解して受け入れろってことだ」
「それならお前も、血脈主義者たちのことも理解してやるんだな」
それが自由だと言いきられれば、おれに反論の術はなかった。
「……ちっ」
言い合いに負けたことを理解し、おれは地面を蹴った。
とりあえずニドリナとはそこで別れ、冒険者ギルドでテテフィに会うとイルヴァンを回収しつつ問題が解決したことを伝えた。
テテフィは無事に終わったことに安堵しつつ、改めておれに説教したいという雰囲気を醸し出していたのでおれはとりあえず逃げる事にした。
就業中に話しかけたのはまさしくこのためだ。
ギルドから出ようとしたところでその二人と出会った。
セリとキファ。シビリスに騙されたあの新人冒険者の二人だ。
二人にも問題が解決したと伝えられるなと安心しつつも、伝える前からこんなところをうろうろしていることに呆れた。
「だって、わたしたちがまた襲われるなんて思えなかったし」
「わたしたちなんて、普通の庶民だよ? そんなにこだわる理由なんかないわよ」
おれが少し説教すると二人揃ってそんなことを言う。
呆れることだが、いまさらその問題が彼女たちに不幸を運ぶことはないだろうし、これは一度、本格的に痛い目を見ない限りは身に染みないなと思った。
それにニドリナとのやりとりが残っているのか、長々と説教する気にはなれなかったのでそれで終わりにした。
さてと……帰ろうとしたところで今度は二人に引き止められた。
「ところで、正式にわたしたちとパーティ組まない?」
「はぁ?」
「あなたみたいな先輩がいると頼もしいんだけど」
「先輩って言われるほど経験は積んでないって」
「でも、あなたがいると安心よ」
そんな感じで積極的に説得しようとしてくる。
その熱意には感服だが、いままでの勧誘からの反省もある。彼女たちの熱意をなんとかかわし、たまに手伝うくらいなら良いということにした。
それでも渋っていた二人だが、近々タラリリカ王国を離れてグルンバルン帝国に向かう用があることを告げるとようやく了承した。
冒険者の制度がタラリリカとグルンバルンでは違うらしく、そのために二人はこちらを選んだのだそうだ。
タラリリカ王国の冒険者ギルドでは補償金さえ払うことができればどんな依頼でも引き受けることができるが、グルンバルン帝国では違うらしい。
あちらの冒険者ギルドはランク制というものを取り入れ、そのランクで受けることのできる依頼が決まっているのだそうだ。
ランクというのはいわば、その冒険者の実力とともに冒険者ギルドとの間の信頼関係も表わしているのではなかろうか。つまり、その地に長く居つく冒険者を信用するということだろう。
逆に補償金制度を採用する冒険者ギルドは、冒険者というのは流れ者の集まりであると割り切っていると考えることができる。
形の見えない信頼や状況によって変化する実力、過去の実績ではなく、補償金が支払えるかどうかという一点でのみ冒険者の価値を判断する。冒険者ギルドにとっては失敗することも織り込み済みであり、そして冒険者にとっては補償金を支払うというのは失敗しないという自信の表れでもある。
まぁしかし、どちらにも一長一短はあるだろう。たとえば高難易度の依頼が舞い込んできたとき、ランク制ならばどの冒険者を頼ればいいかすぐにわかるし、ランクを取るまでの間に醸成された関係を利用してその依頼を受けるよう説得することもできるだろう。
対して補償金制度は依頼が失敗した場合の冒険者たちの損失が大きすぎるため、みなが尻込みすることだろう。そんな高難易度の依頼は国が解決すればいいと割り切ることができるのならいいが、そうでなければ、重大な問題が先送りされ続けることになる。
セリとキファはランクによって自分たちの動きが縛られるというのが気に入らなかったようだが、長い目で見れば補償金制度だって同じだ。
だからまぁこれは、単純にイメージによる好き嫌いの問題なのだろう。
二人が解放してくれたのでおれはようやく冒険者ギルドを出た。
今度はラナンシェの所に向かう。
全て解決したことを告げると彼女は本心からほっとした笑顔を浮かべ、ではすぐにルニルに会いに行こうと言う。
かなり気が急いている様子なので、もしかしたら時間の余裕がそんなにないのかもしれない。
出発は明日ということで話を付ける。
冒険者の宿に戻り、ニドリナの部屋を訪れたが彼女は留守だった。とりあえずメモをドアの隙間から差し込んでおけばそれでいいだろう。
その後は夕方までダラダラと過ごし、終業時間となったテテフィを待ち受けるために冒険者ギルドに戻る。
ギルドから出てきたテテフィは知らない冒険者に夕食を誘われていたが、おれの姿を見かけるとすぐにこちらに来た。
そいつには凄い目で睨まれたが、知らん。
店選びはテテフィに任せる。彼女は同僚の女性たちから色々と美味しい店を教えてもらっているそうで、行きたい店がたくさんあるそうだ。
楽しいことが控えているのは良いことだ。
彼女が明るく笑う姿を見ている癒される。
食事をしながら、最近の顛末を説明し、それから明日から王都のタランズに向かい、そして近々グルンバルン帝国に向かうことを説明するとテテフィの表情が少し曇った。
「長くなりそうなの?」
「どうかな。とりあえず太陽神の試練場で試して見たいことがあるから、それ次第ってこともある。おもしろそうなことがあれば冒険者ギルドの依頼をこなすこともあるだろうし……」
なにより、おれが自分たちの領域にいると知ったユーリッヒがなにをするか?
それを考えるのがおもしろい。
ユーリッヒとセヴァーナ。
奴らに関してはとりあえず嫌がらせをする方向で思考が動く。
それが悪いことだとは思わない。
踏まれた麦は強くなる。
おれはただ、あいつらにお前らのおかげで強くなったと見せつけたいだけだ。
とくにユーリッヒにはおれを放っておかなかったという時点で、何度でも見せつけてやることは決定事項となっている。
ああ、あいつの悔しそうな顔を想像するとそれだけで愉快になる。
この前も、ラーナに雑魚扱いされて顔を真っ赤にしていたのは痛快だった。
しかしいまはそんなことより、眼前で寂しそうにしているテテフィだ。
「……戻ってくるの?」
彼女が気にしているのはその一点だろう。
おれは冒険者。故郷ではすでに死んだことになっているし、戻る気もない。
どの土地にも根付く理由がなく、気が向けたどこにだって行くことが出来る。
だけど、テテフィはそんな生活ができないからギルドの受付という仕事に就いた。
いつかはこんな日が来るかもとわかっていたはずだが、それでもテテフィのそんな表情を見るのは心苦しい。
まぁだが、今回は杞憂だ。
「しばらくはタラリリカでもやることがあるからな、ちょくちょく戻ることになると思う」
「そ、そうなんだ」
さすがにそれがどんな用件でなのか……はテテフィに喋ることはできない。
まさか、これからはちょくちょく魔族が国内に入ってくるよ……なんて言えない。知られたらどんな騒動が起きるかわかったもんじゃない。
そんなこんなでテテフィの笑顔が戻り、そうなってくると今度はグルンバルンの観光名所や思い出を教えてくれるようになった。
彼女はかつてその国で太陽神に仕える聖女をしていた。
色々あってもはや聖女の資格を失い、国からも出ている。
そのときのことを思い出せば笑顔が消えてしかるべきだろうに、彼女は楽しそうにかつての故郷のことを語ってくれる。
その強さは見習うべきだと思いつつも、自分の内側で渦巻くものを消そうとは思えないのだった。
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