100 太陽神の坊 10
シビリスの放った黄金の光はゾンビたちを全て消し、村は静寂に満たされた。
「なにが起きた?」
戻ってきたニドリナが不完全燃焼な感じでむすっと聞いてくる。
「シビリス君が本気を出した」
「はぁ?」
おれの言っている意味がわからないとニドリナが顔をしかめるが、その通りなのだからしかたがない。
そのシビリスは力を使い果たしたのか、その場に座り込んでしまっている。
肩を大きく上下させてもう動けないという様子だが、ゆっくりと回復を待っている暇もない。
そうしている間にゾンビたちが復活してきては話にならないからだ。
「ほら行くぞ」
「ちょっ……待っ……休憩」
「第二波来たらまたあれできるのか?」
「無理……死ぬ」
擦れた声でそう答えると、シビリスはフラフラながら立ち上がった。
とは言ったものの、はたして第二波があるのかどうかはわからない。
村の空気はさきほどまでと完全に変わっている。【光明】の光は変わらず空にあるのだが、夜を押しのけた結果の灰色の光景に青が混ざりつつある。
朝が近づいているのだ。
現実の空間ではないはずの場所で爽やかな朝など訪れるはずがない。これは間違いなく、シビリスの【聖光】による結果だろう。
太陽神の神気が呪われた空間に正常な法則を呼び込んだのだ。
しかし、だとすれば……?
まぁ、それはともかく。
「それにしても、やればできるじゃないか、シビリス」
「は……ははは……信じられない」
おれが褒めるとシビリスは照れくさそうに笑った。
「おれにも、こんなことができるんだな」
とかなんとか呟いているが、それ以上は放っておく。
うん、別にシビリスを育てるために無茶させていたわけではない。
ただこいつをここに連れてきてしまった意味について、改めて考えてしまうわけだ。
そしてたいした苦労もなくその答えは出ようとしている。
「これも太陽神の導きかな」
シビリスの呟きが聞こえる。
むしろそれしかないだろう。だが、こちらとしては導きというより詐欺を食らったようでおもしろくない。
なんとか仕返しをするチャンスはないものか……。
そんなことを考えつつ、さてアーゲンティルの孫娘はどこにいるのだろうと歩いているとそいつは現われた。
明るくなりつつあった空に影が覆ったので、自然とそちらを見た。
「ひいっ!」
シビリスが悲鳴を上げる。
「でかいな」
「ああ」
おれの呟きにニドリナが渋面を作る。
そいつは空からおれたちを見下ろしていた。
顔だけでそこらの家屋を軽く越えた大きさがあり、胴体は全てを見ることができない。ぞろりと伸びた髪が重力に従って垂れ下がり、細長い顔は青白く、目は血走り、その周りは隈で淀んでいる。
「もしかしてあれって、三女にまとわりついてた男か?」
「そうだろうな。想い人ではなくその娘に呪いを撒く性根の腐った男だ」
「おう、やだやだ」
「あんたら、なんでそんなに呑気なんだよ!」
シビリスが信じられないと叫ぶ。
失敬な、これでもちゃんと戦力分析をしているのだぞ?
「役割分担だな。孫娘を探すのと、あれを相手するの」
「わたしのような可憐な乙女にあんな薄汚い性犯罪者の相手をさせようっていうのか?」
「まだ性犯罪はしてないと思うが……まぁいいさ」
他にもツッコミどころはあるのだが、それもまぁいい。女性はいつだって乙女なのである。それでいいのだ。
「孫娘を見つける前に、この辺りを焦土に変えるな?」
「わかってる。手加減してやるさ」
そこまで話したところで巨人――とりあえず呪源と呼ぶ――がこちらに手を伸ばしてきた。
「行けッ!」
おれは二人にそう言って黒号を抜くと【蛇蝎】状態のそれを伸ばしてきた手に襲わせた。
さて、問題なのは呪源がどのような存在なのか、だ。
鎌首を持ち上げた蛇が噛みつくように、あるいは獲物を仕留める蠍の一刺しのように伸びた剣先は呪源の掌、その中央に食らいつく。
すり抜けることさえも考慮していたが、運良く、そんなことは起きなかった。ゴブリンの魔太子クウザンの霧か聖霊か……とにかく仕留めたものは不定形のものさえ喰らった黒号である、こんなわけのわからない状況であろうと獲物を逃すことなどないらしい。
声は聞こえなかったが、呪源は驚いた顔をして手を引っ込める。それから口を硬く引き結んだ険しい顔でおれを睨んだ。
そういえば、呪いを撒いたこいつって生きてるんだっけ?
そんな素朴な疑問を抱きつつ、おれは「かかってこい」と手招きする。
それに呪源がこらえきれない怒りで吠えた……ようだ。ここと向こうがどういう関係性なのか知らないが、あいにくと音は伝わってこない。それでも地面は揺れ、視界を覆う拳骨は震動を引き連れて落下してくる。
あちらと比べれば、おれたちは握りつぶせるような大きさでしかない。
きっと舐めているのだろう。
死者の呪いで作った箱庭のような世界に孫娘を囲い込み、その姿を眺めて暮らすという超越者の真似事をしていたせいで、いろいろと勘違いをしてしまっているのだろう。
だが、おれがその勘違いに付き合わないといけない理由はない。
全質量で剣の形を取った黒号……ていうかこれでは鉄塊王の巨剣【無情残虐】だ。ついでなので柄を伸ばして振り回しやすくしてから構え、おれは呪源の拳骨を迎え撃つ。
一、二、三、四、五…………。
黒号を振り回して斬線を描く。痛みを感じる暇もなく呪源の拳骨を解体し、さらにその先へと食い込んでいく。
音が届かないので悲鳴は聞こえない。
だが、慌てふためき腕を引こうとしているのはわかる。
それはもはや、遅い。
剣身の一部が複数の【蛇蝎】となって傷口へと入り込み、おれとこいつはもはやそう簡単には離れられない間柄だ。
激痛に悶絶し、食らいついたそれを振り払おうと腕を振るが、そんなことで食欲に火が付いた黒号が離れるはずもない。
無事な方の手が食人虫と化した黒号を引き抜こうと伸びてきたが、それにはおれが対応する。残った剣の部分で切り払い、そちらの手まで失う羽目にさせる。
呪源は慌てふためいていた。
自分の領域に入り込んだ愚か者に余裕の鉄槌を下すつもりが、気が付けば喰らわれる側となってしまっている。
そんなはずはないと叫んでいるようだった。
こんなはずではないと泣いているようだった。
自分がやりたかったのはこんなことではないと。
脂ぎった長い髪を振り乱し、栄養の欠乏した長細い顔を無念でさらに伸ばしながら、そんなことを叫んでいるようだった。
聞こえなくて本当によかった。
そんな思念は届いてくるが、もし本当に言葉として聞こえていたらおれは怒って少し強めに殴っていたかもしれない。
聞こえてこないから、鬱陶しいなと思いつつ呪源を黒号に喰わせる作業を続けていられる。
まったく。人を呪わば穴二つだ。
剣を使う者は剣で死ぬ。人を謀れば人に謀らる。戦場に出れば殺すか殺されるしかない。
どっちかだけが絶対的強者として君臨することなどない。アーゲンティルが公爵として、セルビアーノ商会の会長として絶大な力を持っていたにも関わらず、視界にも入らなかったような男に孫娘を呪われたように。
呪源もまた、自らの絶対領域と信じている場所でそれを打ち破らんと送られてきた者に喰われていくのだ。
呪源は涙を流して哀願しているようだったが、やはり、知ったことではない。
黒号【真力覚醒】・付与・【上位召喚】・炎精王・【王獣解放】
大きさの差のために、どうも喰うのに時間がかかりすぎているのでこいつを使ってみる。
前回は水精王であの変化だったが、炎精王ではどうなるか?
そんな好奇心が八割を占めるような動機で選んだ炎の精霊王は黒号の中に吸い込まれ、そして膨張を開始した。
柄を離し【飛行】で空中に退避して黒号の変化を見守る。
黒号は完全に分裂して最小単位の鱗のような形になって空中に広がったかと思うや、その内側でできあがっていた炎の巨人にまとわりついた。
そうしてできあがったのは、鱗状鎧で体の重要部分だけを隠す炎の女戦士だった。いくつもの【蛇蝎】状態のものが頭部から流れて髪のようになり、呪源の内部に食い込んでいるものと繋がっている。
大きさの差は大人と子供ほどまで縮まった。
だが、その子供がただの子供ではないのは一目瞭然だ。
人の形をしたとはいえ、その根源は炎だ。無数の【蛇蝎】を呪源に食い込ませながら、その中に自らの炎を紛れ込ませる。
喰いながら焼き、焼きながら喰う。
呪源の苦しみようはさらに激しくなり、自身の支配領域であるこの村を覗くのをやめようとしているのだが、そんなことは許されない。
呪源を決して逃がさないと、村の地面にも【蛇蝎】が打ち込まれる。鎖に繋がれた呪源は燃えながら悶えている。
悲鳴を上げているのだろう呪源の口から、鼻から、目から……穴という穴、そして穴もなかった場所からまでも炎が吹き上がり、その命に、あるいは力に終わりが近づいているのは明白だった。
暴れ回るがために【蛇蝎】による炎の鎖でがんじがらめになった呪源は、ついに悶えるのをやめた。
そして……。
「あっ、やべ」
こちらに向かって倒れ込もうとしてくる呪源の姿に、いまさらながら付与したのが炎精王だったのは失敗だったと悟った。
が、もちろんもう遅い。
村に倒れ込んだ呪源はあちこちの家屋をその体重で潰し、炎を撒き散らす。
「あ、はははは……」
瞬く間に火の海ができあがっていく様におれも乾いた笑いしか出なかった。
慌てて【王獣解放】を解除して黒号を回収するが、一度燃え上がってしまったものまではどうしようもない。
「あいつら無事だろうな?」
と探し回ってみると村の奥の方からこちらに向かって走ってくる姿を見つけた。
ニドリナとシビリスはできあがった炎の海に呆然としている。シビリスはその腕に誰かを抱いている。あれが孫娘か。
ニドリナがおれを見つけてなにかを叫んでいる。
きっと、愛の囁き……ではない。どうせ「死ね」とか「バカ」とかだろう。
二人が向かっていたのはおれ……ではなく、元来た場所だろう。そちらを見ると、不自然な長方形の白い光があった。ではあれが出口ということか。
そこへの道を黒号の一閃で切り開くと、二人はその道を駆け抜ける。
おれはその後を追いかけた。
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