01 庶民勇者はいらないらしい
この世の人々は様々な経験から自らの称号が決まる。
たとえば、剣の技倆を磨いたら『剣士』とか、魔法を修得したら『魔法使い』とか、木を加工する技術を学んだら『大工』とか。
人々は自身が手に入れた経験とそこから得た称号によって自身の人生の指標とする。
そんな世界でどれだけ経験を積んでもどうしても手に入らない称号がある。
それが『勇者』だ。
勇者はこの世界を管理する神々が人々に与える特別な称号だ。
その称号を持つ者は特別な力を授かり、人々の希望となることを求められる。
魔族と大陸を二分して争い続けるこの世界において、勇者はまさしく人類の希望だった。
……と、思っていた時期がおれにもありました。
正確には十六歳の頃までだ。
村を訪れた神官によって勇者と認定されたおれは、すぐに戦神の神殿に連れて行かれ、そこで勇者としての心構えとか基本的な戦い方を教わった。
昔のおれは純朴な田舎の少年だった。農民なんてやってられるか、いつか立派な戦士になって魔族を倒してやるんだと友達たちと棒きれで作った武器で遊んでいたものだ。
それから少し成長し、自警団の練習への参加を許されるようになり、畑の手伝いで両親に対等に扱われているなと感じるようになれば、ここで大人になっていくのかなという気持ちにもなる。
そんなときに、いきなり勇者の宣告だ。
閉じられた村社会で生きることも悪いことだとは思わないが、突然に少年の頃に夢見た勇者への道が開けたとなれば気持ちが昂ぶって当然だろう。
戦神の神殿での訓練も無事にこなし、次の段階に移った。
それが十五歳のときだ。
戦神の試練場。
そう呼ばれる地下迷宮がある。地下十五層におよぶ迷宮には様々な罠や魔物、そして試練をくぐり抜けた者への褒美として宝物や魔法の武具が安置されている。
魔族と戦うことを望む戦士たちや冒険者たち、様々な理由で力を求める者たちを広く受け入れるのが、この戦神の試練場だ。
そこでおれが仲間として紹介されたのが、二人の人物。
ユーリッヒ・クォルバルとセヴァーナ・カーレンツァ。
おれと同じく勇者と宣告され、そしておれの夢を打ち砕いた二人だ。
二人は近隣の国の貴族だった。
「三人はいずれ、グランフォートに集って共に魔族と戦うことになるでしょう。そのときのために、いまから一緒に修行し息を合わせることを覚えなさい」
三人を集めた、おれの教官でもあった戦神の神官に言われた。
その言葉に間違いは無いのだろう。
魔族との戦いは人同士の戦争とは様相が違う。歩兵を並べて槍を構えて突撃なんてことをしていたら、たちまち広域攻撃の餌食となってしまう。
それは人同士でも同じなのだが、人同士の魔法ならば対抗魔法も発達しているためそううまくはいかないが、魔族たちが相手では魔法の質が違うためなのか、対応しきれないらしい。
結果的に個人の武勇が物を言うようになる……と教えられた。
貴族の二人に対しておれは庶民だった。
二人にとって、おれが同じ勇者だというのはプライドを傷つけられることだったらしい。
最初から冷たい扱いを受けていた。
おれは剣と初歩的な回復魔法の訓練を受けていた。他の二人も同じようなものだったが、これだけでは迷宮の攻略はできない。
鍵開けや罠の発見、さらに敵の接近を感知するなど敵地での行動する上での命綱たる盗賊や回復魔法を専門にする神官、攻撃に寄った魔法を専門とする魔法使い(ソーサラー)などが必要になる。
その仲間集めで、まず差が付いた。
戦神の試練場のすぐ近くには、そこを利用する人々を相手にする街がある。
仲間を探すならこの街でなのだが、誰もおれの言葉を聞いてくれなかった。そして彼ら二人はすぐに仲間を見つけてきた。
地下迷宮に入ってからもそうだ。
おれたち三人の勇者が前衛を務め、他の連中が魔法による援護を担当していたのだが、おれに対しての援護が明らかに遅い。あるいはしないのだ。
おれが腕が千切れそうな傷を受けているとき、ちょっとした火傷を負ったセヴァーナが先に回復魔法を受けていた。
おれが敵の猛攻を引き受けているというのに、守りの魔法が来ることはなかった。
盗賊が魔物に痺れ薬を撒くとき、必ずおれもその巻き添えになった。
こいつら、おれを助ける気がない。むしろ殺そうとしている。
そう結論づけるのに、それほど時間はかからなかった。
勇者はその戦果によって人間社会で様々な恩恵を受けることになる。領地を与えられ、重要な地位を与えられ……つまりは貴族になることができる。
なぜならば、勇者のその特別な力は魔族だけでなく人間にも向けることができるから。
つまり、人間同士の戦争でも勇者がいる国は有利な立場となることができる。
すでに貴族であるユーリッヒとセヴァーナはそれぞれの国での思惑があるから嫌々ながらでも協力するが、庶民であるおれはいまだどの勢力にも属していない……つまり、将来敵になるかもしれない相手ということだ。
そんな奴は強くなる前に処分しておいた方がいいと考えられている。
だが、勇者が同じ勇者を仲間割れで殺しては外聞が悪い。
だから地下迷宮での魔物との戦いの中で戦死したということにしたいのだ。
そうと気付いたときのおれの絶望は大変な物だった。もうこのまま村に帰ろうかと思った。
だけどおれは帰らなかった。
なぜなら、悔しかったからだ。魔族との戦いを純粋に考えていないことにも腹が立ったし、貴族に負けるというのも嫌だった。
庶民のつまらない意地といえば、そうだ。
だけどおれは負けてたまるかという気持ちで戦い始めた。
パーティを組んでいるのに、たった一人の戦いだ。
回復魔法を覚えていたので傷は自分で癒した。
能力向上の補助魔法を覚えるため、街で魔法の本を買い漁って勉強した。
一人で取り残されたときのことを危惧して盗賊の行動を見て技術を盗んだ。
そんな風にして地下迷宮で修行する日々を過ごした結果、おれは強くなった。どんな窮地に立たされても無難に乗り越えることができるようになったし、すぐ側にいる連中のことをもはや仲間だとは思わなくなった。常に足にまとわりつく障害物だ。
そうして一年。
おれたちは遂に最下層の十五階に辿り着いた。
勇者が三人とはいえ異例の速度だそうだ。十五層に挑戦する前夜、街の冒険者たちがユーリッヒとセヴァーナを激励する宴を開いた。
もちろんおれはその中に入っていないし、入る気もない。十五層の攻略に向け、入念な準備をして早めに寝た。
それなのに、ミスをした。
あるいは、おれが悪人になりきれなかった……ということなのかもしれない。
十五層の敵は強かった。
たった一層違うだけなのに強さの上がり方がいままでとは違う。
その強さは、この一年で同じように強くなったあいつらがおれを見殺しにする余裕がないくらいだ。
心ならずもおれたちは協力することになった。
言葉を交わす必要も無かった。そうしなければ生き残れないと判断したからだ。
そしてそれはおれの中の飢餓感を満たすことにも繋がった。
仲間への飢餓感だ。
すぐそばにいるのにその中におれはいない。奴らは見事な連携で魔物を倒していくのにおれは一人で苦心して敵を倒していく。
その差はずっとおれの心に刺さり続けていた。
小さな針でずっと刺され続けるような痛みが続いていた。流れ出た血は止まることはなかった。おれの心は確実に摩耗していき、死は近かった。
その死が遠退いたような気がした。
この苦しい戦いを共にくぐり抜けた先に絵物語のような未来が待っているかもしれないと心躍った。
無駄な期待だと諭す冷静さが欲しかった。
だけど、飢えに苦しんでいるところに望んでいた食事が来て、それが毒かどうかを判断するなんてできるわけがない。
事の発端は戦いの最中にセヴァーナが落とし穴の罠にかかったことだ。
誘い込まれた末のことだった。
いままでの魔物も罠を利用することはあったが、十五層の魔物たちはより巧みだった。なにより敵が強く、盗賊も罠の危険を探っている余裕はなかった。
突如としてセヴァーナの足下の床が消失した。自らの運命に気付いて呆然とするセヴァーナを見たのはおそらく、おれだけだった。
次の行動は咄嗟だった。
おれは彼女に向かって飛びだし、肩で体当たりして吹き飛ばした。
代わりにおれが穴の上に残され、そして落下する。
だがそれでも、ぎりぎりで縁を掴むことができた。
「アスト!」
セヴァーナの叫びで、そういえばおれの名前はアストだったと思った。
この一年、「おい」とか「お前」とか「役立たず」とかでしか呼ばれていなかったのだから仕方がない。街の連中もなるべくおれに関わらないようにしていた感じだった。
セヴァーナが慌てておれに手を伸ばそうとする。
だがそれをユーリッヒが妨げた。駆け抜け様にセヴァーナを抱え、そのまま見えなくなったのだ。
それに合わせて他の連中も移動していく。戦いの音がどんどん遠退いていく。
この好機を奴らは見逃さなかった。
彼らは目的を忘れることはなかった。
そういうことか。
「はっ!」
おれは自分自身を笑った。縁にひっかかっていた指は限界を迎え、落下する。
どこまでも続く落下の感覚の中で、おれはその言葉を聞いた。
『地獄ルートへようこそ』
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