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お迎え

作者: はなはな

 生き物の気配一つない荒野。

 乾いた風が辺りを吹きすさび、枯れた大地に芽吹く命は何もない。寂しい、というより厳しい景色。

 町中からこんな所にいきなり転移させられたのは、泣く子も黙る、天下の魔王様――のお一人。

 相対するはそれを引き起こした張本人、この場に似合わぬ黒のカチッとした事務員スーツに身を包み、魔王様の前に頭を軽く下げながら涼しい顔で立っている。魔王様相手に礼を尽くしてはいても、畏れて萎縮している気配はない。本当に恐縮してる奴が、本人の意思を無視して拉致同然に転移などしない。

 魔王はそれが気に食わなかった。

 そもそも自分に抵抗の一つもさせずにここへ無理矢理連れてきた事自体、彼にとっては不愉快極まりないのだ。

 いくら油断していたとは言え、人間並にスペック落としていたとは言え、俺仮にも魔王だよ?

 などという驚きと屈辱をないまぜにした思いに、さらにその犯人の飄々とした態度。大抵の魔物は自分の存在を前に、恐怖し怯えるものなのに。


(ムカつく)


 端的にソレ。彼は目の前の男にムカついていた。

 不機嫌なままムスッと口を閉ざしていると、向こうの方から切り出してきた。彼を連れ出したのはあちらで、用があるのもそっちなのだから当然だ。

 たとえ用件に心当たりがあったとしても、彼の方から切り出してやる親切はない。


「突然のご無礼、心より謝罪申し上げます。わたくし、第六管区庁より遣わされました、セルフィと申します。先程は仕方のないこととは言え、真に失礼致しました、申し訳ございません」


 綺麗に一分の隙もない礼をしながら名乗り、まずは謝罪された。

 しかし事前の挙動や貼り付いた笑みから、こちらに敬意や畏れを持っていないのは明白だった。やたらとへりくだった口調も余計に腹が立つ要因にしかならない。

 謝罪にも挨拶にも一切応えず、魔王はまだ無言だった。

 だが相手もまた魔王の無反応に一切構わず先を続ける。


「それでですね。失礼ですが貴方様は、第六管区魔王様で間違いございませんね?」

「…………」

「御答えいただけなくとも、ご尊顔と存在値、魔力パターン等のデータと照合出来ていますので大丈夫です。それでは早速お話を進めさせていただきますね」


 魔王の無言の抵抗などどこ吹く風と、丁寧な物言いでセルフィはマイペースに話を進めていく。お役所的な物言いに、魔王の心はますます頑なになった。


「単刀直入に申し上げまして、魔王様、第六管区にお戻りください。せめて一両日中に、魔界までは。魔王様もご存知の通り、魔王様が担当区を離れられますと魔界のパワーバランスが大きく崩れます。そしてその影響は人間界にも及び、特に魔王様が滞在される地域には小さくない被害をもたらします。これは深刻な問題であり、魔王制約第5条にも明記されるところでございます」

「っ……こちらでは人間に擬態している。魔力も瘴気も人並みに抑えてる」


 だから問題ないと、魔王は逃げるように顔を背けた。

 答えるつもりはなかったが、人間界にも悪影響があると言われ、今の生活を考えて思わず反論してしまった。

 しかしそれをセルフィは鼻で嘲笑わらう――というのは魔王の妄想だったが、それくらい魔王の答えは軽く彼にあしらわれた。


「擬態したからと言って存在値が軽くなるわけではございません。貴方様という強い存在が、潜在的にでも巨大なエネルギーを抱えたまま不用意に出歩かれるのが問題なのでございます。許可を得て一週間程度のご滞在ならばともかく、無断でお一人で一ヶ月のご失踪は、少々限度を超えすぎかと存じます」

「っ」


 それは魔王も重々承知していた。

 魔王に就任し、第六管区へ配属される時に所信表明で暗誦させられたし、朝礼点呼でも毎日言わされていた。

 だが――


「もう、うんざりなんだよ! 何だよ、朝の点呼って!」


 爆発したように魔王は突然叫び出した。


「魔王様?」

「そもそも第六管区魔王ってどういうことだ!? 魔王が分業制っておかしくねえ? 最強だから王なんだろ? なんで24人も魔王がいんだよ!」

「いえですからそれは、統括大魔王様がいらっしゃいますから管区内での最強という区分でございますし……」

「だからって魔王が公務員とか意味分かんねえし! 何で魔王が国民から給料貰わなくちゃいけないんだよ!」

「それは専制君主下でも結局のところ臣民の収入から一部徴収して利を得るという点で一致しているかと」

「俺はもう嫌なんだ! 国家公務員法でがんじがらめな生活はうんざりなんだ! 俺は人間の冒険者として、自由に生きるんだ!」


 お互いの話を聞いてるようで聞いていない会話の挙げ句、魔王はヤケクソの臨戦態勢に入ろうとした。

 魔物は元来切れやすい。

 本能的なものだから仕方ないが、仕事を全うしたいセルフィからしてみればとんでもないことだ。慌てて魔王を諌める。


「落ち着いてください! その人間の生活を守るためにも、これ以上ここで貴方様が生活なさるのは良くありません」

「魔界に戻ったら、どっちみちおしまいだ!」


 魔王が攻撃の意思を示し始めただけで、魔力の風が悪意を持ってセルフィに吹きかかる。殺意はないが、弱い生物なら軽く昏倒してしまうだろう。

 セルフィはさらに危機感を強めた。


「せめて私と一緒に、仮初めにでも一旦お戻りください。それから然るべき手続きを経られ、改めて人間界へお出でになったら宜しいではないですか」

「その『然るべき手続き』とやらに要する時間は!?」

「委員会に掛けられるまで数週間から数ヵ月……しかし魔王様の失踪期間に滞っていた業務を加味すれば、さらに一月、事案の検討と受理まではまた数週間はかかるかと……」

「それで許可される滞在期間は!」


 苛立たしげにさらに問いたてる魔王に、セルフィは苦し気にようよう答える。


「あ、貴方様の魔力と存在値、総合的なエネルギー量、今回の失踪による混乱を勘案すると、……………………二、三日が限度かと……………………」


 ぷち


「やってられるかーーーーーーっ!!!!!」


 セルフィが絞り出すように述べた時間の数々に、魔王様がついにキレた。

 むしろ魔王的にはここまで聞いてやった自分の忍耐力を誉めたい。

 キレた中でも、鉄壁の笑顔を浮かべていたセルフィが顔を青くしてオロオロしてる様が微妙に小気味良い。


「そういうのがうんざりだって言ってんだ! いいか、俺は自由になりたいんだ! とっとと帰って堅物上司にでも言ってこい、俺は二度と戻らないってな!」

「申し訳ございません、魔王様、先の手続きに関しましては出来るだけ上司とも掛け合って可能な限り誠意ある対応をさせていただきますので、何卒ここは曲げて還御をお願い――」

「くどい! それ以上言うなら貴様を血祭りにして、俺の意思を示してくれるわ」

「いけません、魔王様っ! どうかご寛恕をっ――」


 だがもう魔王はセルフィの言葉なぞ聞かず、逆に彼を消滅させるための力を解き放った。

 途端、大岩ほどの火球が十も出現した。一個一個の威力だけでも並の魔物は消し炭になる。この数ともなれば平気で町の一角を壊滅させるほどの破壊力だ。

 魔王様は本気だ。本気で自らの自由のために、セルフィを犠牲にしようとしていた。


「死ね!」

「ダメです、ダメですってばッッ……!」


 案外面白味のない掛け声と共に魔王が火球をセルフィに投げつけ、セルフィも(当人はかなり必死なつもりで)死に際の台詞としてはどこか抜けた言葉で応じ、



 次の瞬間、辺り一面が爆発した。







 魔力反動の瞬間的な昏倒から目覚めてすぐ、セルフィは魔王を探した。


「魔王様! 第六管区魔王様、アーク陛下! ご無事ですか!?」


 土塊と砂をかき分け、魔王を求めて叫ぶ。

 やがてかろうじて生体反応を感じて下に掘り進むと、目当ての魔王を見つけた。広範囲な火傷と魔力傷を負い、ぐったりして意識はないが、何とか息はある。

 それを引っ張りあげ、亜空間から取り出した回復ポーションを振りかける。

 劇的な回復は見込めないが、何本か使ったところで、魔王にやっと反応があった。


「っ……」

「魔王様、大丈夫ですか!?」

「つ……俺は、一体……」


 ポーションには魔王の体力を全快するほどの力はない。

 魔王はまだ体に力が入らず、何が起こったのか理解もしていなかった。


 ――確かセルフィ(こいつ)を殺るつもりで火球を放って、それから――


 ……分からない。

 ゆっくり思い出そうとしても、何がどうなってこうなったのか、全く理解できない。

 放った火球が奴に向かった時、セルフィが対抗しようと魔力展開して、結界か何かに火球が接触した途端に――信じられないエネルギー量の大爆発が起こり、それに自分は巻き込まれた。それは分かる。

 だがなぜそうなったのか分からない。

 なぜ一介の公務員が魔王の必殺の攻撃で傷ひとつ受けてないのか。

 あんな強力な魔法を放とうとしていたのだ、反動や余波を防ぐために当然張っていた自分の結界を、なぜ無いもの同然に衝撃が突き抜けて来たのか。

 しかもあれは、彼自身が放った魔法の何層倍もの威力の爆発だった。彼らが立っていた爆心地は地表から数十メートルも抉れて、二人が今いるのは地の底だった。

 なぜだ。


 一方、謎の原因たる公務員は、魔王が息を吹き返した時点でくずおれるように安堵していた。

 その様子は先程までの仕事然とした態度以上のものに見えて、辛い呼吸の中で魔王は意外に感じていた。セルフィの、真の感情がかいま見えた気がした。

 セルフィはやっと息が整ってきた魔王を抱えながら、すまなさそうに話し掛けた。


「申し訳ございません、魔王様、私訳あって魔法の使用には制限がございまして……。大変恐縮ですが、御自分で回復魔法は掛けられますか?」

「あ、ああ、……それくらいなら、まだ何とか出来る……」


 普段なら意識せずともやっているのに、ショックを受けたためかそんなことにも気が回っていなかった。魔王は残り少ない魔力でもって自分に治癒を施した。

 しかし予想以上に効果ははかばかしくなかった。

 彼の膨大な魔力の大半が、防御と生命維持に使われていたことに改めて驚く。もう今の治癒で彼の魔力はほんとに空っぽになってしまった。


 ――一体、何なのだ。

 まだ怠い体を起こし、まじまじと男を見直す。

 良く見たところで男は至って普通の魔物で、魔力量も目立って多くない。

 だと言うのに――ああそうだ、認めたくないが彼が、魔王たる彼が、魔力衝突で純粋に力負けしたのだ。だからこそダメージのほとんどを彼が負うことになったのだろう。

 統括大魔王には及ばないが、管区内で最強は魔王だ。魔王の選定基準が強さなのだから間違いない。なのに何だ。目の前のこいつは、一体何なんだ。

 理解を超えた化け物を前にして、彼は思わずつぶやいてしまった。


「もしや――大魔王様……?」


 セルフィは公務員を名乗っているし、魔法もろくに使えないと言っているのに、それでも辻褄を合わせようとしてそんな考えに行き着いてしまったのか。

 果たして言われたセルフィも、一瞬何を問われたのか分からないときょとんとしていたが、すぐに苦笑して否定した。


「違います。私ごときが大魔王様など滅相もございません。私はただのしがない平役人に過ぎません」

「そんな馬鹿なっ……! 大魔王様とは言わなくとも、これだけの実力者が一介の平役人などと聞いたことがない!」


 この上まだ韜晦とうかいする気かと、怒りさえ覚えて魔王が噛みつくと、


「実は恥ずかしながら、私仕事の完遂率が異常に悪く不祥事も頻発させるもので、転職と異動を繰り返しておりまして……こう見えて結構年数だけは重ねているのですが、一向出世に至りませんで」


 魔王が聞きたいこととはとんでもなくずれていたが、セルフィはどうやら心底それが恥ずかしいらしい。

 軽く赤面さえしながら照れ笑いで誤魔化す様子に嘘はなく、欲しい答えは聞けなかったが、魔王は一気に毒気を抜かれてしまった。

 口を開きっぱなしの間抜けな顔で、しばらくセルフィを見詰めていたが、やがてそれは笑いへと変わっていった。


「っふっ……くくく、これだけのことを仕出かしながら、望みは出世というのか」

「あー……そうですね。人間の生活圏からはかなり距離を取りましたので異界生物に影響はないでしょうが、これだけの地形変動に加え、あの規模の魔力暴発がもたらすエネルギー均衡の崩れなど……始末書で済むか、もう頭が痛いです。出世どころか、また降格点が付いてしまいます」


 最初よりもやや砕けた口調で、しゅんとしながらやはりどこかずれた答を返すセルフィ。

 段々この男が愉快に思えてきて、魔王はもう遠慮なく声をあげて笑っていた。


「――分かった! セルフィ、だったか? お前の出世にわずかだが協力してやろう」

「え? とおっしゃいますと……」

「どうせこの有り様じゃ人間界に残ったところでろくに動けやしないしな。大人しく一旦帰ることにするよ」

「ほんとですか!?」


 魔王の心変わりに、セルフィは自重を忘れて思わず無礼な口調で叫んでしまった。

 慌てて気付いて恐縮する様も、今はおかしな奴だと笑えた。


「……失礼致しました。ですが、今のお言葉は真でございますか?」

「嘘は言わん。確かにお前が言っていたことは正論だし、俺も分かってたんだ……ガキみたいに駄々こねて悪かった。詫びに、今回の損害もお前に非はないってちゃんと証言して、査定に響かないようにしてやるよ」

「魔王様が私ごときに謝られるなど……。ですが、本当に有り難いです……」


 やや呆然としながら、セルフィは立ち上がり、ゆっくりと最上級の礼をした。

 改まっての礼に、なぜか魔王は言葉に詰まり、照れを隠すようにわざと口調を荒げた。


「と、とは言ってもこんな無様を魔界の連中に見せる訳にもいかないからな、もう少し動けるようになるまではこっちで休んでるぞ!」

「勿論でございます。今の魔王様は魔力が枯渇しておりますから、回復までのわずかな滞在延長は問題ございませんでしょう」

「ちっ、涼しい顔で嫌なこと言いやがって……。お前服すらほとんど損傷してないな」


 セルフィの言い様を皮肉に感じてつい憎まれ口を叩いてしまったが、セルフィの方は気にせずまたもずれた答を返す。


「そうでございましょう。実を申せばこれ、かような危険任務に当たるに際し、国の一部負担で自己買い取りですが、私に特別支給されたオーダーメイドのスーツなのでございます」

「特別支給?」


 言われて良く目を凝らしてその自慢のスーツを見てみると――それだけでも魔力欠乏状態にはきつい――、一見仕立てが良いだけのありふれたスーツのようで、実は魔力耐性が非常に高い特殊な素材で出来ているのが分かった。

 しかもそれだけでなく、今はほとんど破壊されているが、元々何層にも重ねられた属性の異なる防御結界が仕込まれていたようだ。このスーツだけで都市防衛機構並の守備力があったのではないだろうか。

 自身のずれた返答に気付くこともなく、セルフィが自慢気にニコニコしているわけである。

 魔王も感心してうなずきながらスーツを見ていたが、待てよと気付く。


(あのあり得ない大爆発は、これが原因か?)


 魔王の火球が防がれたのも、彼が魔力で力負けしたのも、爆発が想定外の規模に及んだのも――もしやこの高性能なスーツの仕業と言うわけか。

 あまりに不可解な謎の答は、存外に単純で面白くはなかったが、セルフィが大魔王というよりは余程納得出来るしあり得る話だった。

 少しつまらなそうにため息を吐き出したが、それでも魔王はこのすっとぼけた男に対する親近感を薄めた訳ではない。

 だから純粋に好意で彼は付け加えたのだ。


「凄いな。それだけ高性能な希少品なら、今回焦げたり破れたりしたところはきちんと補修しなきゃな」

「…………………………はい?」


 すると笑顔のままセルフィは凍りつき、平坦な声で魔王に聞き返してきた。

 セルフィの変化に多少戸惑いながら、魔王は先程の言葉をより詳しく解説する。


「だから、それだけの物なら普通に一財産じゃないか。仕込まれた結界は壊れてるし袖口や裾が少し焼け焦げたり切れたりしてるが、直してまた使うんだろ?」


 当たり前のように言う魔王だか、セルフィの反応はおかしかった。

 凍りついた笑顔はそのまま解凍される兆しがなく、魔王に聞き返しておきながら返答をされても何も言わない。顔だけでなく、体全体が停止していた。


「セルフィ? どうした?」

「…………」

「セルフィ? おい、返事くらいしろよ」

「…………」

「スーツの防御が破られたのがショックなのか? だがあれほどの爆発の中多少の焦げや破れで済んでる方が異常だぞ? 現に俺の服なんかただの布切れだし」

「…………」


 魔王の呼び掛けには一切応えず、ようやっとセルフィはギギギと錆びた鉄のような動きで自らの袖口、裾など服の状態を見、魔王の言葉に間違いがないのを確認し、うなずいた。


「……………………………」


 ぷち


 公務員がキレた。







「やってられるかーーーーーー!!!」

「どどどどうした突然!?」


 鬼の形相で叫び出したセルフィに、魔王も若干おののいた。

 セルフィは親の仇でも見るように魔王を睨み付けてきた。


「どうしただと? また借金だよ借金! 貴様のせいで!」

「は? あ、いや、確かにスーツが傷んだのは俺とのバトルが原因だが……そもそもそんな無駄な高機能があるから、あんな大事故も起きるんだろ?」

「貴様が最初から大人しくこっちの言う通りしてれば何にもなかったろ! 何でこう、貴様ら魔王は人の言うことにイチイチ逆らってくれるかな!? こっちは平身低頭ひたすらへりくだって頼み込んでやってんのにさ!」

「だからそれは悪かったって……つうかお前、さっきから口調も顔も性格もおかしい……」

「おかしくもなるさ、これで通算いったいいくらの借金になるんだ! もう俺にもわかんねーよ!!」


 目を見開いて、正気を失ったかのように『金』『修理』『前借り』『貯金マイナス』等の単語を叫び続けるセルフィに、よく事情が呑み込めないなりに漏れる単語を繋ぎ合わせて、魔王は助けるつもりで(内心荒れ狂ったセルフィから解放されたくて)話してみた。


「あの……良く分からんが、服が傷んだのは半分俺のせいみたいだし、弁償しようか……?」


 『弁償』と言う言葉に、セルフィの叫びがピタッと止まった。

 そして一切の感情を削ぎ落とした無表情でこちらを振り向くと、同じく感情が全く乗らない声で返してきた。


「このスーツは、膨大過ぎる魔力を限りなく無力化するため、特殊な魔力と技術を持った一族が、各界に存在する神話級の至宝をより集めた糸で百年かけて織り上げ、国宝級の職人が数十年練り上げた魔力を込めて仕立て、大魔王様直下の防御使が十人がかりで防御結界を施した、世に二つとない真に神レベルの逸品にございます」

「膨大過ぎる魔力って……お前の!? そんな神アイテム使わなきゃいけないのか!?」

「左様にございます。故に本体の価格は本来値が付かぬレベル、それを国家プロジェクトの下無理に値を付けて私に払い下げられました」


 キレながらもやはりずれた返答をするセルフィに、彼の出世の妨げとやらはむしろこの相手の真意を汲み取らないことじゃないかと魔王は思い始めた。

 だがセルフィはそれどころではなかった。いやある意味、彼の中では出世の問題とこれは直結していたからそうでもないかもしれない。


「ですのでその修繕費も、ちょっとしたほつれやボタンが1つ取れたという程度でも魔王様の公式月収数ヵ月分に及びます」

「マジか!?」

「かと言って補修を怠れば私の魔力は漏れ続けいつか決壊、その際の反動による魔力災害は想像を絶しますので直さぬ訳にも参りません。それで、今回の破損レベルならば向こう十年は無給で働いて頂くことになりますが、お宜しいので?」

「いや……それはちょっと……出来るだけ補助はさせてもらうが、全額はさすがに……」


 現実離れしすぎた話に、さすがの魔王も及び腰になると、途端にセルフィは悪鬼に戻った。


「だろうよ! 期待してなかったけどな!」


 ケッと吐き捨ててまた汚く叫び出した。

 今の話で少し事情を理解すると、彼の叫びは主に愚痴だと分かった。


「チクショー!! 仕事したいならお前はこれくらいやらないと雇えないとか言われて強制的に買わされたってのに、ヤバイ仕事だけ押し付けやがって! 居るだけで死人が出なくなったし、感謝はしてるけど!」

「それどんな未曾有の災害だよ!」

「ほんとそれな。就職しようとしたら特殊スーツ買わされて災害級の大借金背負わされる罠! ローン組んで、そんでも人並みに出世して給料も上がるだろうし、魔物の寿命だしリタイアまでには返せるだろとか思ってたのに! こんなくっそくだらねえ仕事ばっか割り振りやがって、危険手当ては雀の涙、魔王は揃いも揃ってロクデナシのワガママ揃い、言うこと聞いた試しがねえ、成功率はアホみたいに低くて出世どころか降格減給窓際コース、おまけにスーツの破損は『普通ならまずシワ一つ付かない仕様だからお前が百パー悪い』っつって自己負担だし! 実際俺がうっかり自分で魔力発動した時だけ壊れるんだけどさ!」

「大爆発もスーツの破損もお前のせいじゃん!?」


 確かに魔王の必殺の一撃は並の防御ではしのげない。

 だがセルフィの説明が正しいのなら、スーツの防御は多分破れなかった。そんなアーティファクト、全力かましてもぶち壊す自信など魔王にはない。セルフィは自分で魔力展開する必要はなかったのだ。

 すると一瞬正気になったのか、気まずそうにセルフィはゴニョゴニョ言い訳し始めた。


「何もしなくても防げるのは知ってんだけど……、やっぱ修繕費とかちらついてもしかしたらって焦っちゃうじゃん? 自分でやると暴発するの分かってても、つい、ついね。反射でね」

「反射でやるのか? それ減らない借金って、買い取り金より修繕費が嵩むせいじゃね?」

「な、何で分かる……!?」


 アカン、アホの子だ。

 人間界で過ごすうちにたまに聞く、ド天然のダメな子属性、アホの子だ。下手に関わると自分が怪我する伝説の化け物だ。

 こんなアホの子に制御出来ない神話級の暴走魔力与えるとか神様ちゃんと仕事しろ。

 先程の負傷からとは別の脱力感に襲われ、魔王は深いため息と共に俯き、投げやりに言った。


「もおいい。帰るから、迎えはお前以外で来てくれ」

「!? どういうことですか!? それでは私の仕事完遂になりません! 話が違うじゃないですか!」

「あれだけキレててまだ約束守らせる気だったのか!?」

「当然です! 勿論修繕費の一部補助の話も忘れていません!」

「お前直後に期待してなかったとか吐き捨ててたよな!?」


 大事な真意は汲んでくれないのに、妙なところでちゃっかり都合良く言質を取ろうとするセルフィに、魔王様も再びキレた。

 客観的に今度は正当なキレかもしれない。


「何かヤダ! 一度は確かに自分で言ったけど、何かお前のためにしてやりたくない」

「!?」

「駄々こねたのは俺だし、いきなり攻撃したのも冷静になってみれば悪いのは分かってる。でももっと穏便に済んだ話を大爆発させたのは百パーお前だろ? 上司の言う通りだ、お前が悪い」

「ぐぬぬ……」


 自分でバラしたくせに、歯軋りして悔しがるセルフィ。反論出来ない。

 一人だけ転移して町に戻るくらいには魔力も回復したので、もういいや、と魔王はセルフィを置いて行こうとした。

 が、予想外のスピードと膂力で腕を押さえられ、彼は一歩も進むことができなくなった。


「何の真似だ?」

「私は体質上、使用魔法に制限がかけられております。生活魔法程度ならばともかく、そもそもスーツの仕様で、一部を除いて大きく魔力を消費する戦闘系などの魔法は使えません。無理に使おうとすると、結果は先程の通りでございます」

「だから何が言いたい。俺はもう町に帰って休みたいんだ」

「一方最初の転移魔法のように消費魔力が大きくとも暴走しない魔法など、危険のない魔法は一部許可されており、スーツを着用しながらも使用することができます」

「…………」


 何となくセルフィの言わんとすることが見えてきて、魔王は嫌な予感にとらわれた。

 セルフィはきれいににこりと笑うと、聞きたくなかった続きを話した。


「ちなみに許可はされてませんが、身体強化の術は自分限定で使用できます。抑えられてはいますが私の魔力での強化です。魔王様も一掴みでございます」

「いーーーーやーーーーーーーーーっっっっ!!!」


 話の始めにはもう掴まれていたのだ。今さら魔王が暴れようと遅かった。消耗している今の彼では尚更だ。自慢するだけあって、セルフィの腕はびくともしない。

 彼はそのまま魔王を小脇に抱えると、ヒョイと宙に浮かび空を駈けた。


「何で翔ぶんだ? 転移魔法は使えるんじゃないのか?」

「あ。あれは一日一度、特定の距離しか集中が持たないので使用できません」

「……冒頭の『あ。』で俺のなけなしの魔力がゴソッとなくなったんだが」

「勝手に転移されては困るので一瞬だけ魔力エナジードレインさせていただきました。制御に自信がないので多用したくはございませんが、どうせもうスーツは修理が決まってますし、逃げようとなさるなら何度でもやりますので回復しても下手な真似はなされませんよう」

「…………」


 何それ恐い、とか言うこともできずに魔王はうなだれるしかなかった。ドレインされたせいだけではないはずだ。


「このまま魔界まで翔んで帰りますね。第六管区庁までは確実に(、、、)私がお届けいたしますので、多少人目につくのはご容赦ください」

「もういいじゃん。何でお前が魔王やってないの? もうお前が魔王でいいじゃん」


 管区庁までの道すがら、どれだけの人目に晒されるのか、考えるだけで悪夢でしかない。

 これだけの人物バケモノが、魔王連合会で噂にもならないのは何故か解った気がした。彼の言い様では、他にも何人もの魔王相手に、今回のような仕事をして尚且つ相手は言うこと聞かずに暴れたようだ。当然、大なり小なり自分のような目に遭っているだろう。

 しかし、これを他者に話すのは恥ずかしい。

 平役人にのされるのも、荷物のように市中引き回しの刑にされるのも、――そこを取り繕っても庁内では笑い者になるだろう、全てが魔王の矜持的に耐えられない。人への警告なんざクソ食らえ、我が身が大事だ。かく言う彼も、この事を口外する気は全くなかった。

 魔王は、大魔王への謁見時以上に心が折れてしまった。

 しかしキレて言動がおかしくても、そこはセルフィクオリティ、相変わらずの斜め上なマイペースである。


「私は『(周りが)危ないから』と言って戦闘系の就職は禁止されております。魔王職も危機管理の観点から、戦闘系であることが求められていますので不可能です」


 まあ私も事務志望なので願ったり叶ったりですが、と付け足した。

 しかしやることは逃げ出した魔王の連れ戻しと言う、魔界公務員でも屈指の危険業務であるのは不条理だが、魔王の逆ギレ攻撃に耐えられる人材としては致し方ないところか。むしろ人事はそれを前提にして彼を雇ったのではないかとさえ思われる。

 セルフィ自身もそこに思い至ったのか、悲しげにため息をつく。


「せっかくこのような立派なスーツを仕立てて頂いて、仕事にも就けて、普通に生活出来るかと思ったら……そのスーツに振り回される借金生活の無限ループとは……。不条理極まりないと思います」


 思い至った場所が違った。

 いや、一周回って同じ場所かもしれない。

 魔王にはもはやどうでも良かった。

 彼らの視界に、馴染みの魔界が見えてきた。


「……俺は今の自分の方が、何倍も不条理だと思うよ?」

「大丈夫です。貴方様の残存体力、魔力を総合して、私の身体強化ブースト後の能力値と比較しましたら順当な結果です。問題ございません」

「いや、お前の存在自体が不条理そのものだ。今つくづく思った」


 その言葉もきっとセルフィにはちゃんと捻れて届くのだ。


 魔王は思った。

 二度と黙って脱走しません。

 仕事も真面目にやります。

 だからコイツを二度と俺に近づけないでくれ。

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