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9 梅干しとアボカド

初登場、スケルトンのトンさん一人称視点です

【吾輩は骨である。名前はまだ無い。

 どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめしたダンジョンでコツコツ歩いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは冒険家という人間中で一番獰悪な種族であったそうだ】


「トンさん駄目だよ。これ、夏目漱石の丸パクリじゃねぇの?」


 ナルセとか言うく能く小憎らしい男がそううそぶいた。

 小生の小説を読みたいなどと愁傷な言葉でたぶらかし、その実、揚げ足を取ろうなどとは誠に許し難きことである。


「パクリではござらんよ。換骨奪胎かんこつだったいでござる」

「いやいや、意味分からねぇし。でもなぁ、これはマズイって。それに【名はない(キリッ)】って、あるじゃん。トンさんって名前が」

「それは貴殿が勝手に言っておるだけではござらんか」


 全くもって遺憾なことに、小生の許可を得ることなく、まるで子犬が如く名付けたのである。およそ小生が物であるかのような……いやいや、はてはて。そもそも小生は生きて活動している道理ではないのは、重々承知してはいるのだが、そうとなれば小生は果たして生き物であるのか、それとも物であるのか、それが疑問だ。


「また何か小難しい事考えてんの? トンさんはいつも考えすぎなんじゃね? トンさんはトンさんだよ」

「ふんっ。知ったような事を」


 小生が難しく考えているのではない。目の前の寝惚け眼で怠惰を絵にしたような男が、人にあるまじき浅慮なのである。

 小生と比べるまでもない程の脳髄を持ちながら、鳥のようにさえずることしかできぬとは、ほとほと愛想も尽きるというもの。


 サキ殿やマオ殿は今では不思議と懐いておるようだが、一体全体この男はどう媚びへつらったのであろうか。まっこと不思議でならぬ。


「それでさぁ。なんでトンさんは小説家になろうとしてるの? バイト先のお化け屋敷じゃエースなんでしょ? そっち本業にした方がよくね?」


 何ということか。小生の創作を読みたいなどと言っておきながら、あまつさえ我が存在の証明に難癖つけるとは。

 腹立たしくて胃がキリキリと痛……胃はないけれども、何だか痛いような気がする。


「人間は考えるあしである、という言葉を、当然ご存知だと思うが」

「知らん」

「え? あの、フランスの思想家パスカルの言葉なのであるが……」

「知らん。フランスならさ、フランスパン硬いよね。上顎が傷まみれになるよね」


 開いた口が塞がらないとはこの事である。


「あっ。トンさんアゴ落ちたよ」

「結構。慣れておりますので」


 炬燵の天板に落ちた顎を拾おうとナルセが手を伸ばす。しかし小生はやんわりと彼の手を遮った。

 ナルセとかいう小生にとってどうでもいい男に触られたら、肌が粟立つというもの。肌はないけれども。


「人間は考えるあしである。これは人とは酷く脆く弱い存在なれど、思考する存在として偉大である、そういう言葉でござるよ」

「えぇ……。人間が考える足なの? 右足? あぁ左足か? やっぱイミフだわ。だいたい足が本体ってさ、それ人間じゃねぇよな」

「ングッ!」


 あまりの教養の無さに驚愕する。眼窩から目玉が飛散するかと思ったほどである。目玉ないけれども。


 糞ナルセは両脚を天板の上に投げ出し、しげしげと見やる。

 物書きの神聖な執筆場所に何たる冒涜か。早くその腐れた臭いを放つ両の脚を降ろしてもらいたい。腐臭で鼻がもげそうなのである。鼻はないけれども。


「で、どういう事よ?」

「つまるところ、創作活動とは人間にしか与えられていない高尚な行為なのでござる」

「あー。うん。でもトンさん人間じゃないじゃん? 骨じゃん?」

「フヌッ!」


 怒髪天を突くとはこの事か。髪は(以下略)


「あー、つまりあれだね? トンさんは向こうの世界じゃ思考停止状態でダンジョンを練り歩いていただけだったけど、こっちの世界に来て考える力を手に入れて、まるで自分が高尚な存在になった気がして、それを強固にしようと。そんな感じ?」

「あーー、ソレ、身もふたもない言い方デスヨネー」


 何なのだこの男は。喧嘩でも売りに来たのであろうか。それならば昔取った杵柄、斬って捨てる事もやぶさかではない。


 小生はそろりそろりと、背後に隠し持っていた得物えものに手を伸ばす。刃こぼれも激しく、二度と使うまいと心に決めていたかつての相棒サーベル

 その柄に指(骨)が今かかる。


「へぇ。いいじゃんコノヤロー! それすげぇカッコイイと思う。何つーの、小卒でアル中のダメ親父が、意を決して夜間学校に通う的な?」

「あ、あぁ。何やら比喩が納得はいかぬが。そう思うのでござるか?」


 思いがけず熱い眼差しで肯定されると、なかなかに悪い気はせぬ。

 このナルセなる男、もしかしたならば心持ちの醜悪な男ではないのだろうか。


「ああイイネ! でも何でいきなり考えれるようになったのさ?」

「それは……」


 言葉より先に軽く頭を振ると、小生の頭蓋からカラカラと乾いた音がなる。

 何と心地よい響きであろうか。まさに至高で思考の

 朝起きがけに、そして床に就く前に必ず確認する。


「これは脳髄の音なり。こちらの世界に転移してくる折、業弾氏から頂いた小生の脳髄が収められておるのです」

「へーえ。業弾もたまにゃいいことするんだなアノヤロー」


 言うが早いか。ナルセなる男は私の眼窩に手を突っ込むと、ぐねぐねと引っ掻き回す。


「ちょッ! ウソッ!? ナニシテンノ!?」

「あー。あったあった。え? 脳髄ってこれ?」


 抵抗むなしく、ファッキンナルセは宝玉でも発見したかのように指先を天に向けた。


 マザーファッカーナルセの人差し指と親指との間に収まる我が脳髄。

 紅く美しい。

 まさにこの世の奇跡なり。


「トンさん。これ、梅干しのタネだよ」

「ナヌッ!?」

「いや、ホントホント。ホレ」


 そう言うとナルセはカリッと歯で噛み砕き、「ほら種の芽」と白く小さな粒を差し出した。


 小生の脳髄が、紅く輝く宝玉が、見るも無残な姿を晒す。


「き、き、き、」

「き?」

「貴様! 何たる狼藉。万死に値する。死をもってあがなえ!」


 後ろ手に持っていたサーベルを振り上げる。


「え!? 嘘、何で怒ってんの!?」

「痴れ者が!」


 しかし振り下ろす直前にするりと小生の脇を抜け、悪党は一目散に廊下へと逃げ出した。

「なんか分からんけど、ホントごめーん」と間の抜けた声が反響する。早くも階下に逃走したらしい。


 小生は我が両脚を惨めに見下ろした。長年ダンジョンを放浪した為か、大腿骨は幾つか亀裂を内包し、欠損も見て取れる。

 どだい生身の人間に追いつけないのである。

 嗚呼、哀しきかな。

 しかし涙など、とうに枯れ果てているのであった。



 ◇



「トンさーん。晩御飯だってー」


 数刻が経った頃、サキュバスのサキ殿が部屋に訪れた。

 何とも言えぬ困った顔をしている。


「すまぬが、要らぬよ」

「まぁ何があったかは成瀬から聞いたけど。気が進まないのも分かるけど、一緒に行こう? 成瀬も反省してるみたいだし」

「ふんっ。あのような男が反省などするものか。猿並みの脳髄しか持ち合わせておらぬよ」

「それは否定しないけれどね」


 そう言って微笑を見せると、サキ殿は小生の手を引く。


「でも行こっ!」



 渋々付いて行くと、食間でクソッタレのナルセが神妙な顔つきで小生の前に立つ。

 所詮は小賢しき芝居なのである。


「トンさんゴメン。まさか梅干しの種だとはぷっ」

「ぷっ!?」

「成瀬!」


 サキ殿が成瀬の袖を引く。


「俺さ、小説家を目指すトンさん、マジカッコイイと思うよ。だからって訳じゃないけど、コレ……」


 ナルセが手を差し出す。


「アボカドの種。前に買ったやつなんだけどさ、栽培出来ないかなって土に埋めてた……グッ!」


 サキ殿の肘がナルセの鳩尾みぞおちにめり込む。


「今土にって……」

「あーあー、ゴメントンさん。成瀬も悪気がある訳じゃないの。ただ、ほら、こいつ馬鹿だから」


 健気にボンクラをかばうサキ殿が不憫なり。

 本来ならば、そのやたら大きいアボカドの種とやらを、ナルセの顔面に投げつけたいのであるが、小生も子供ではない。

 顔を立てる必要も、時には必要なことくらいは理解しているのである。


「仕方ない。忸怩たる思いもあるが、ここは水に……」


 受け取ったアボカドの種は土に塗れていた。


「せめて水に流してから持って来なされ!」


 もはやナルセに触れたくはない。アボカドの種はサキ殿に手渡し、小生は手早く食事を摂るべく卓袱台ちゃぶだいの前に座った。



 食事の間、気まずい空気を察してか、あの阿呆は別室に行ってしまった。申し訳なさそうにはしていたが、最早知ったことではない。


「トンさん。トンさんは気づいてる?」

「何がでござるか?」


 メザシを噛み砕いている折に、サキ殿が声を掛けて来た。


「みんなのメニュー見てよ」


 何のことかわからず、それでも言葉通りに見回してみる。


「エルフの幼女は……アレは何でござる?」


 洋菓子のような、色鮮やかに飾り付けられたような物を、もくもくと食べている。


「アレはキッシュよ。アルルーシュカはケーキとか果物とか、そんな物しか食べようとしないから、成瀬が野菜のタルトをケーキと騙くらかして食べさせてるの」

「外道なり!」

「騙してるのはアレだけどね。でもアルルーシュカの為なの。栄養偏るしね。それに本人は美味しそうに食べてるし」


 続いて確認したのはマオ殿。

 こちらはサラダとかた焼きそばを混ぜたような代物だ。サキ殿が言うには、排便の硬いマオ殿の為にどうにか野菜を食べさせようという事らしい。


「あと私は、あー今日は豆類が多いわね。基本タンパク質多めのメニューなの。で、トンさんはどう?」


 改めて小生の前に並ぶ料理を見やる。


 メザシの塩焼き

 じゃがいものチーズグラタン

 木綿豆腐の冷奴


「どれもカルシウムの多いメニューなのよ」

「ふむ……」


 よくよく思い出してみれば、確かにいつも皆んなが違った食事をしていた気もする。何とも手間のかかることよ。

 サキ殿は豆カレーを美味そうに食べながら、スプーンを楽しそうに振る。


「なんだかんだ言ってね、よく見てるのよ。私たちのこと。だからって馬鹿は治らないけどね。トンさんも許してあげなくてもいいからさ、そんな奴だって事は知っててほしいなって」

「ふんっ」


 所詮は小生の食事は真似事である。

 口から入れても、肋骨の間からボロボロと床に落ちることくらいは、あの男も知っているはずなのだ。掃除をしているのは彼なのだから。

 まるで意味のないことを、よくもまあ続けられるものだ。


「だから、コレ」


 そう言ってサキ殿はアボカドの種を手渡して来た。

 今しがた洗ったのだろうか、ピカピカになった深緑の種を。


「ふぅ。今日はサキ殿に免じて」


 仕方なく種を袖の下にしまい。小生は食間を後にした。


 それ以降、小生の頭蓋はゴトゴトと音を立てる。


 重さで頭が回ることもあるが……


 まぁ、それも悪くないのである。





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