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8 鉄壁の妖精3

ブクマつけてくださった方がいらしゃったので、ウレションまき散らしながらもう1話追加します

 見渡す限りの水平線。


 という訳にもいかない。

 なにせここは瀬戸内海。内海に大小様々な島が点在するうえ、霞かがった彼方にはうどんの国が見える。

 しかし上空から見下ろす風景は格別だ。


「こんな時は、昔のアニソン『私の彼はパイロット』を思い出すなぁ」

「わたしのハゲが大だっそう?」

「何それ怖い。ハゲは逃しちゃダメだろ。眩しくってかなわんよ。大脱走するのは毛根だろ?」


 甲冑の間違いを指摘する。大人としては大切なことだ。


「バカ成瀬ッ! 正気に戻ってよ。私たち空飛んでるんじゃなくって、落ちてんの!」


 サキの必死のツッコミで我にかえる。

 確かにそうだった。


 オークキング田中に僅差で勝利したものの、暴れ馬化したスレイプニルはガードレールと激突。俺たちは蒼穹に投げ出された。


 視界の端で、神馬に戻ったスレイプニルがベソをかきながら山を下って行ったところまでは覚えている。

 キチンと異世界荘までたどり着けるか心配だ。


 とは言え、自分の置かれた状況をまず憂うべきだろう。


 突撃の衝撃で投げ飛ばされた俺たちは、目下のところ瀬戸内海上空で放物線を描く。


 山肌からのフライなので結構な高さだ。

 海抜何メートルか見当はつかないが、落ちたらタダでは済まない。

 主に俺が。


「さて、どうしたもんか」


 まずサキは大丈夫だろう。なにせサキュバスだ。


 甲冑はどうだろう。


 鉄壁のフルアーマーなのだから、落下の物理衝撃にも耐えうるのだろうか。


 マオーの断末魔弾ダンマツ・マダンにも耐えられるのだから、恐らくは大丈夫だろうが、確証も確信もない。

 こんな事になるなら、あの時に聖剣でぶっ叩いておけばよかったと今更ながら後悔する。


 長考する間も無く放物線の頂点に達する。あとは落下あるのみだ。もう考えている時間はない。


「サキ! 甲冑を抱えて飛べ!」


 俺の言葉尻にサキの叫びが重なる。


「バカァッ! 成瀬が死ぬじゃないの!」


 言うが早いか。

 サキは俺のTシャツの背中を掴んだ。

 俺の落下運動はゼロになり、目の前で甲冑が堕ちていく。


「くそッ!」


 手を伸ばしたが、指先すらかすりもしない。


「サキ甲冑を!」

「無理! 成瀬抱えてるし、もう追いつかない」

「なら俺を離せ! 俺のことは自分でなんとかするから」


 俺の叫びにサキは返事をしない。

 もう一度と思い見上げる。しかし今にも泣き出しそうな、くしゃくしゃのサキの顔に、俺は言葉を失った。


「駄目。私の翼では追いつけない。それに成瀬は人間なのよ。堕ちたら死ぬの。家族だって言うのなら、お兄ちゃんなら妹を悲しませないでよ……」


 そうだ。

 ごっこだったとしても、偽物だったとしても俺たちは家族だ。

 初めて会ったあの日、高らかに宣言したではないか。

「異世界人? 知るか阿呆。これからは同じ屋根の下で、同じ釜の飯食って生きてくんだ。今日から俺たちは家族なんだ」ってな。


 偽物たちが、肩を寄せ合って、手を取り合って家族になろうとしてる。偽物だからこそ、本物になろうと必死になるんだ。

 だったら……


「バッカだなぁお前は。お兄ちゃんなら、下の妹だか弟を助けないでどーすんのよ? んなアニキをサキは誇れんのか?」


 努めて笑ってみせる。

 目上の者は弱音を吐いたら駄目だ。

 ネガティブな思考は伝染する。

 なにせ常日頃愚痴ばっかり言っている俺だ。やるときに根性見せないでどうする。


「分かったら、俺を全力で投げ飛ばせ! 甲冑拾って、華麗に着水決めてやる。水飛沫も立たねぇ程の芸術的なやつを見せてやんよ!」


 水飛沫の代わりに、血飛沫を派手に撒き散らす可能性もあるけどな。


「私の時もだけど、あんたってホンット馬鹿。……分かったわよ。全力でやってやろうじゃないのよ」


 数週間前の自分を思い出したのだろうか。

 気恥ずかしそうに、それでも決心したように口角を上げてサキは笑った。


「その代わり、もしも死んだら……どっかの異世界にでも転生するのよ。嫌がってもね、私とマオーが迎えに行ってあげるんだから。覚悟しててよね!」


 そう言っておもむろに俺の両手を取る。

 ヒヤリと指先が冷たく、大理石のように滑らか。そして驚くほど細い。


「ちょっ!? 素肌は……」

「うるさい! 恥ずかしいから顔見ないでッ!」


 うつむき、髪で顔は見えないが、耳が湯気を出しそうなほど赤い。


「回すわよ!」


 心底残念だが、顔を見ることはできないまま、俺はサキにジャイアントスイングのように振り回される。


「お兄ちゃん行ってこーいッ!!」


 生気が抜けて行くのと、三半規管無事死亡を確認しながら俺は甲冑めがけて投げ飛ばされた。



「やりすぎじゃアホーーッ!」


 グリングリン回転しながらすっ飛んだ俺は、なんとか空気抵抗で態勢を持ち直し、豪速で頭から海面へと突き進む。


 ちびりそうな程おっかねぇ。


 しかし甲冑まで辿り着くのに、ほんのまばたき程度の瞬間しか要さなかった。


 懸命に手を伸ばす。

 しかし届きそうだが、触れられない。


 目の前の甲冑は気絶でもしているのだろうか。人形のように身動きひとつしていない。


「おい! 手を伸ばせ」


 叫ぶ俺の声に反応して、ピクリと腕が上がる。


「なんで?」

「なんでって、助けるためだろうが」

「なんで助けるの?」


 キョトンとした感じに聞こえる。

 そんな意外なことしているつもりなどない。


「なんでなんでって、子供かよ。家族助けんのに理由なんて必要ねーんだよ!」

「家族……。でも父様とうさまはアルルをまもって、きっと死んだの」


 元いた世界のことだろうか。しっかり聞いてやりたいが、時間がねぇ。


 海面が絶望の壁になって押し寄せる。

 水のくせに圧倒的な威圧感だ。


 必死で伸ばした手に、甲冑の小さな指先が引っかかる。


「父親が子供を護るなんてな、どこの世界でも当たり前ぇの話なんだよ!」


 悲鳴をあげるけんにムチを入れ、力一杯甲冑を引き寄せて腕で包み込むと、俺は着水に備えて目をつぶった。


「でも俺は死なねぇ!」


 遠くでサキの悲鳴が聞こえた気がした。

 次の瞬間には、時が止まったかのように世界が無音に変わる。


 終わったかと思ったその時、腕の中で甲冑が呟いた。


「だめなの。父様の鉄壁の妖精(ピクシーメイル)が干渉して、精霊におねがいできない」

「お、おい!?」


 甲冑は「まもってくれてありがとう」と言って俺の腕の中から空中へ躍り出る。


「父様。今までありがとう。アルルをね、家族って言ってくれる人を助けたいの」


 解けていく。

 太陽光がスポットライトみたいだ。

 輝きの中で、エメラルドグリーンに煌めく甲冑が、大気へと解けてゆく。


 粒子となり拡散して行く甲冑の中からは、小さな人影がしだいに現れはじめた。


 人間で言えば七、八歳かそこらだろうか。


 ほとんど純白と言っていいほどの透き通るような長いブロンドヘアが空に踊り、俺の視界を支配する。


 陶磁器すら敵わない艶やかな白い肌。

 華奢な体躯を包む麻のワンピースがはためく。


 そして翠色の溢れるほど大きなアーモンドアイに、少し尖った耳。


 それは死の恐怖すら凌駕する美しさだった。


「女の子……それもエルフ」


 ファンタジー脳ではない俺ですら知る妖精種族。


 風と歌い


 土と共に暮らし


 森で永遠を刻む


 神にも似た上位種。


風の精霊(シルフィー)おねがい」


 唄うような声は、まるで言霊だ。

 言霊は風となり、あたりを優しく包み込む。


 一瞬の無重力。

 エアクッションの上に腰を下ろしたみたいだ。

 降下はしているが、とても緩慢なものとなっていた。

 羽が宙を舞うように、緩やかに降りて行く。


 はっとエルフに向くと、まるで見えない翼を広げたように俺の周りを旋回する。


「お前が助けてくれたのか?」

「アルルを助けてくれたから。父様と同じなの」

「お前の父さんは……」

「ダークエルフにおそわれた時、アルルに鉄壁の妖精(ピクシーメイル)をエンチャントしてくれたの。『こころを許せる人があらわれるまで、まもってくれるよ』って」


 命を賭した魔法だという。


 父親は自分の娘を護るために、自らの生命を触媒として鉄壁の妖精(ピクシーメイル)を付与したのだ。

 きっと死んだとは、つまりそういう事だったのだ。


 その父親も、愛すべき娘が異邦の世界で暮らすことになるとは、まさか夢にも思わなかっただろう。

 それとも危険が少ない世界への転移を、父親が望んだのだろうか。

 もしそうならば、なんと父親の偉大なことか。


 しかし今は材料も少なく考えても始まらない。

 いずれにせよ、今俺がすべきは……


「なぁ、聞いていいか? 今更で少々照れるのだが」


 俺は目の前で宙を舞う彼女に手のひらを差し出す。


「お前の名前、教えて欲しい」


 彼女は俺の手のひらに、ちょこんと小さな指を添えた。


「アルルーシュカ」


 美しい声が、麗しい名前を告げると、アルルーシュカは恥ずかしそうに微笑んだ。




 蛇足


 その後俺たちはサキと合流してバスで帰ったわけだが、サキの驚きようはなかった。


 異世界人とは言え、エルフはほとんどお目にかかることができないほどの存在らしい。

 その中でも白髪に近い金髪翠眼のエルフを、ハイエルフというそうだ。

 生きる奇跡とも言われ、上位精霊すら使役することのできる種族とかなんとか。


「何でハイエルフがこの世界に!?」とサキは目を丸くしていたが、そんなこんなも俺にとってはあまり意味を持たない。


 家族かそうでないか。仲間か敵か。そんな単純な価値観で俺は生きていきたいのだ。

 あれこれ悩むなんて御免被る。


 そもそもエルフだ何だと言ったところで、トンさんなんてスケルトンだからな。


 生きてるのか死んでるのかすら分からないような骸骨が闊歩する異世界荘で、種族の話をしたところで一銭の価値なんてないのだ。


 そして基本俺は怠惰なのだ。

 難しいことは、直面してから考えることにする。


 直近では今晩の飯だ。

 終わりよければ全て良し、なんて言うけども、実は良しで終わってない。

 卵を買えなかったのだ。


 アルルーシュカを肩車し、さてどうしたものかと美観地区に辿り着くと、異世界荘にほど近い路地に見覚えのあるバイクが止まっていた。


「あーら、今帰りかしら?」


 オーク田中だ。

 卵の入ったスーパー盛り(もり)の買い物袋を下げている。四天王の三匹から譲ってもらったのだろうか。


「ちっ。なんか用かよ?」


 戦利品でも見せびらかしに来たのかと思ったのだ。

 敵には態度も悪くなるってものだ。


「今日は完敗よ。どんな手品か知らないけれど、自転車に負けるとは思わなかったわ」


 やたら清々しい顔で買い物袋を差し出す。

 なにか裏があるのではと疑ったが、早く受け取れと催促される。


「次は負けないわよ。私の強敵者ライバルさん」


 そして「アディオース」と言ってオーク田中は轟音とともに去っていった。


「なんだよ、ったく。全部割れてるじゃねぇか」


 去りゆく田中のデカイ尻を見ながら、「敵でも面白い奴はいるなぁ」と思ったりもした。


「さて、今日はオムライスだ。しっかり食えよ。あ、サキは俺のタンパク質的な生気吸ったから、もう要らんか?」

「お願い忘れてぇぇぇッ!」


 サキの叫びと、アルルーシュカの笑い声が、夏の青空に響き渡った。




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