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5 戦場を駆るスレイプニル1

 俺の朝は早い。


 社会不適合者がひしめく異世界荘だが、サキの登校時間に合わせて朝食を作る。

 一人分じゃなく、意思疎通可能な住人全員分だ。だからだいたいいつも五時半起き。


 そして七時にはいつものメンバーでテーブルを囲む。これは不文律となっている。

 たまに訳のわからないものが混じることもあるが、あまり気にしないことにしていた。


 今日も半分瞼が閉じそうなマオとサキ、アンノウンな甲冑とでちゃぶ台を囲む。

 和装のスケルトンの通称トンさんは臨時のバイトが入ったらしく今日はいない。


 毎日同じ時間に起き、同じ面子で朝食をとる。当たり前のことだが、実は大切なことだ。



 衣食足りて礼節を知るという諺がある。

 異世界で好き勝手生きてきたクソ野郎どもを飢えさせたら、何をしでかすか分かったものではない。

 気付いたら地球割ってました、なんてことになりかねないのだ。特にマオは。


 地球がなくなるのは一向に構わんが、その原因が身近だと、流石の俺も心が痛む。かもしれない。



 しかし決まって俺の心配の種であるマオが部屋から出てこない。

 放っておいたら夕方まで寝ることも稀ではない。

 そんな時はだいたい部屋に突入して、勇者の残していった聖剣で殴りつければしぶしぶ起きてくる。


 鳥頭の癖に鍵をかけることを覚えたりもしたが、とりあえず鍵をぶっ壊して聖剣で殴りつける。


 何も問題ない。俺は早く朝の仕事を終わらせて惰眠を貪りたいのだ。



「ナルセ、一つ忠告です。聖剣で殴りつけるのは、聖なる力の無駄遣いに他ならないですよ。我が宿敵たる神々の黄昏をそう軽々しく……」


 目玉焼きを興味なさげにつつきながら、恨めしそうにマオが口を尖らせる。


 初めて目玉焼きを見た時は、「余の召喚に応じ顕現したイビルアイよ!」とテンションをアゲていたが、毎日だと中二病指数も下がるらしい。


「斬りつけられる方が好みか。次からそうする」

「あ、うそ、ゴメン待ってください」

「待たん。あと三十秒で口の中に詰めてくださいよヒキニート。スーパー盛り(もり)の朝市に間に合わねぇんだよ。特売品買えなかったら、テメェの食卓から一品減ると思え。おいサキ、醤油取ってくださいやがれ」


 オーナーから渡されている食費は微々たるものだ。上手くやりくりしないと大所帯の胃袋を満足させられない。


「成瀬あんたコレ(・・)も連れて行く気?」


 サキが俺の隣を指す。サキのいうコレとは、膝を抱えてちんまりと座っている甲冑のことだろう。

 鎧の外装は物理法則を無視してグンニャリと曲がって、特に辛そうに見えない。


「ん? もちろん連れてくぞ。なんせ今日は卵お一人様ワンパック50円だからな。どうせマオは……」

「行かないですね」


 間髪入れずマオが箸を振る。


「お前は食い気味で答える前にさっさと食え。で、サキ何か問題あるか?」

「大ありでしょ。こんなフルアーマー連れてたら職質待ったなしよ。節穴だらけの警官でも声かけるに決まってるじゃない」

「ヘーキヘーキ。『すっごい引きこもりが、甲冑に引きこもってリハビリしてるんですわ』とでも言っとけば、だいたいまかり通るだろ?」

「通るわけないでしょ! バカなの?」


 半目で小馬鹿にしたような素振りだ。

 国家権力をバカにするとはさすが異世界人、と思ったが、コレ、俺のことか?


「朝っぱらから喧嘩売ってんのか? 特売品しか買わない成瀬さんじゃねぇぞコラ」

「何よ。やるの?」

「おう、やってやらぁ。自慢じゃねぇがな、殴られたら死ぬぞコノヤロー」


 ちゃぶ台を挟んで火花を散らす俺とサキに、マオが「まあまあ」となだめる。


「とりあえず本人に聞くのが良いのではないでしょうか? 同じ引きこもリストとして、不要な外出など行きたくはないでしょう?」

「どこ、行く?」


 明らかなマオの誘導尋問に、キョトンとした声で答える。


「スーパー盛り(もり)だ。お前も買いたい物くらいあるだろ。買ってやるからついてこい」

「森に行くの? それなら、行く」

「おぉ、お前も盛り(もり)を知ってるとはやるな! 異世界にまで勇名が知れ渡ってるとは、さすが底辺御用達激安スーパーだなぁ」

「なんか違う気がするけど……」


 サキが眉を寄せて呟くが、知らん。人手は多い方が助かるのだ。

 それではと、のんびり食っているマオの食器から俺は片付け始めた。



 ◇



 中庭でうずくまる影に近づく。

もう一体朝飯を食わしてやらないといけない奴がいるのだ。

 ある意味マオよりも手がかかる奴。スレイプニルだ。


 勢い余って元の世界に帰還した勇者が残して行ったものがある。

 マオ起こしの聖剣(ぶったたき棒)もそうだが、神馬スレイプニルもそのひとつだ。


 かつては戦場を駆る六本足の神馬だったらしいが、今では見る影もない。

 残されていったストレスなのか、はたまた存在の証明を失ったためか、食も細くなり体も細くなっていた。


「よう。朝食持ってきたぞ。馬といえば人参。人参といえば馬だからな」


 金だらいに大量のヘタと皮、そして先端部分を入れてやる。

 しかしスレイプニルはぷいっ顔をそらし見向きもしない。


「おま、両端だって立派な人参さんだぞコラ。一本人参じゃないと食わないとか、セレブですかコノヤロー」

「ちがうと思う」


 俺の服の裾を掴んでいた甲冑が、おずおずとスレイプニルに近寄る。

 エメラルドに光る甲冑の指がスレイプニルの鼻先に触れると、奴は細く鳴き声を上げた。

 それは安堵の声か。はたまた望郷のため息か。


「お馬さん、ご飯より欲しいものあるみたい」

「わかるのか?」

「少しだけ。アルルが森に行きたいのと一緒」


 アルルというのは自分の名前だろう。

 声といい、やはり中身は女の子に間違いはなさそうだ。しかし今は名前のことは触れずに流す。


 不用意に近寄れば、だいたい拒絶が待つものなのだ。

 すべからく物事には順序があるように、人間関係に階段一段飛ばしは存在しない。

 一段づつ確認しながら上がらないと、階下へ真っ逆さまとなる。


「そんなに盛り(もり)に行きたかったとはな。スレイプニルのことはおいおい考えるとして、確かに急がないと特売品を今日も買い逃すな」


 時計を見るとすでに七時半を指していた。

 スーパー盛り(もり)は徒歩で30分程かかる距離にある。8時オープンまでギリギリの時間だ。


 甲冑を連れて美観地区内に出る。

 観光地の朝はそれほど早くない。

 辺りに観光客の姿はまだなく、倉敷格子の隙間からは飲食店の仕込みの音が微かに聴こえる。


 古風な景観と相まって一種独特な雰囲気を醸す。非日常の中の日常とでもいうのだろうか、俺は嫌いではない。


 空気を嗅ぐように顔を上げると、初夏の陽気が優しく降り注ぎ、街道を抜ける一陣の風が頬を撫でた。


「きもちいい」

「そうか? まぁ今はまだ……な」


 身体全体で深呼吸をするように、甲冑は胸を反らせる。

 街中にある地区とはいえ、そこは田舎都市。少し歩けば山並みも多く、樹々の隙間を通って気流が生まれる。


 しかし気持ちいいのは歩き出して数分だけだ。すぐに気温が上がり始めて汗が噴き出す。そして深呼吸の吐息は、疲労からくる溜息へと変わる。


「絶対初任給で自転車買ってやるからな。毎日これじゃ堪らん」

「じてんしゃ?」

「おう。まぁお前らの世界で言う馬車みたいなもんだ」


 朝の清廉な雰囲気で伸びていた背筋が猫背に変わる頃、背後からけたたましいブレーキ音が響いた。


「あらぁ〜。今日はお二人?」


 同時にいやらしく、ねちっこい声が上がる。


「来やがったな。ババァどもめ」


 見慣れてはいるが見たくもない顔があった。

 スーパー盛り(もり)の常連客であるババァ三人組だ。

 年齢は知らんが、見た所ババァなのでババァでいいだろう。


 見たくない理由はいくつかある。

 ひとつは単純にどいつもこいつも造形がクリーチャーだからだ。

 極端に肥えたデカイ尻を載せている自転車のサドルが、たまらなく不憫でならない。

 俺がサドルならハンガーストライキを起こすレベルだ。


「あらぁ。いつも口が悪いわねぇ。いいオトコが台なしぃ。それになぁに、その小さいのは」

「口が悪いのは相手が悪いからだ。若くて美人なら、俺だって猫撫で声しか出ねぇよ。ホラさっさと行けよ。特売品目当てだろ」


 そして見たくないもうひとつの理由は、こいつらが俺の強敵者ライバルだからだ。

 歩きの俺を嘲笑いながら通り過ぎ、特売品を根こそぎ掻っ攫っていく。

 何度辛酸を舐めされられたことか。異世界荘民の胃袋にとって、最大の敵でもあった。


「デュフフ。お言葉に甘えさせていただくわぁん。今日は買えたらいいですわね」

「あ、ちょっと待て。ババァが一匹たりねぇぞ」

「田中さんは原付買ったみたいで……」


 クリーチャーが言葉を切り「あら田中さん」と後ろを見る。

 くだんの田中ババァが車道のど真ん中をカブで疾走していた。前と後ろにやたら大きい荷台を搭載した新聞配達仕様だ。


「アディオス〜」


 そして意味不明な挨拶を残し走り去る。


「こうしちゃいられないわね! 皆さん行きましょ!」


 左右に揺れる巨大な尻を、吐き気とともに見やりながら俺たちも急ぐが、想定外があった。

 甲冑は子供のように歩くのが遅かったのだ。



 ◇



「あー、成瀬くんごめんね。卵売り切れだ」

「……そこにあるのは?」

「これは通常価格ぅぅぅ」


 唇を突き出す横っ面を叩いてやりたい衝動に駆られるが、筋骨隆々の店主に文句を言っても始まらない。彼らもビジネスなのだ。


 当たり前だが特売品の数は少ない。

 用意されている一定量を売りさばけば、値段は数倍に跳ね上がる。

 糞バトル漫画並みのインフレ具合だ。


 それにしても、と時計を見ると8時3分。完売が早すぎるだろ、おい。

 脱力とともに小汚い店の天井を見上げるしかなかった。


 しかし来た甲斐も少しはありそうだ。

「思ってたのとちがう」と言っていた甲冑は、店内の青果コーナーを物珍しそうに覗いている。

 異世界人には馴染みがないのか、バナナやアボカドを指でつついては「おおー」と声を上げていた。


「買ってやろうか?」

「うん!」


 バナナは良いにしても、アボカドは少々高い。ひと玉128円也。

 森のバターと言われるが、バターの値上げとともにアボカドも値上げしやがって。

 とんだ便乗値上げだと店主を見る。しかし野菜不足のマオに、珍しいサラダを作ってやるにはちょうど良いかもしれないと思った。


 薄い財布を更に薄く削ぎ落とし、ほとんど骨がなくなって皮だけになりそうにな懐具合を気にしつつ、帰路につこうとした時だ。


「あら、買えましてぇ?」


 ザラザラとした雑音が耳に飛び込む。いっそ高梁川に飛び込みたい気持ちを落ち着けつつ駐輪場を見やると、四体のクリーチャーが顕現していた。


「いや……。買えなかったが何か? って!? えぇッ!?」


 クリーチャーの自転車とカブの荷台は戦利品で溢れている。その中に明らかに特売品だった卵が数パック輝きを放っていた。


「て、てめぇら。お一人様ワンパックだろうが!」

「そうなの? あらやだ。知らなかったわ。ねー?」


「ねー」と残り三体の怪物が吠える。


「店長さん何も言わないから知らないわよ。文句なら店長さんに言ったらどうかしら」


 慌てて引き返し店主を問い詰めるが、「いやぁ。だってなぁ。クソババァに何言っても聞きゃぁしねぇし」とシドロモドロに答える。


「おま、その筋肉は飾りですかコノヤロー。脳筋なら脳筋らしく、腕力で語りやがれ!」

「ほほぅ。なら朝まで語り合うか?」


 ポロシャツから伸びる腕が、まるで丸太のようにパンプアップする。


「あ。いや結構です。僕たち帰りますハイ」


 今度マオとサキを連れてこようと思いつつ背を向けた。

 夜道でトンさんをけしかけるのもいいかもしれない。


 そんな肩を落として帰る俺たちの前を、ババァどもがけたたましく笑い声をあげながら去って行く。


「甲冑よ」

「なに?」

「これがこの世界の戦いだ。人は死なねぇが、心が死ぬ。覚えておけ、この屈辱を」

「わかった。おぼえる」


 やられたらやり返す。新たな異世界荘の家訓だ。俺はひとつの妙案を抱きながら、敗戦の途についた。












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