最終話 時空を超えた手紙
前略
ナルセ様お元気ですか? アルルは元気にしています。
って、様付けってなんだか恥ずかしいね。いつも通りナルセって呼ぶね。
それとも、もうアルルの父様になってるなら、父様と呼んだほうがいいのかな?
でもアルルにとっては、父様というよりは、やはりナルセはナルセなのかなぁとも思います。
ナルセは気にしていたようですが、あなたを兄様とも、父様とも呼べなかったのは、多分そういうことなんだろうと思います。
ナルセがこの世界から消えて、はや十六年の歳月が流れました。エルフにはあまり時間の経過は意味を持たないのだけれど、あなたと過ごした一年間と比べると、すごくあっという間な気がします。
異世界荘も私たちが一緒に暮らしていた頃と、ほとんど変わりありません。
ナルセがいなくなってすぐは、誰も口を開けない日々を過ごしました。ぽっかりと大きな穴が空いた感じでした。
多分みんな泣きそうな心を我慢していたのだと思います。子供の私だけが、ナルセと会いたいって大泣きして、みんなを困らせてしまいました。
でもサキ姉様とマオ兄様が何とかまとめようと頑張ってくれていました。
ナルセの「家族だろ」って口ぐせ、姉様と兄様にうつってましたよ。
そうそう。マオ兄様は相変わらずぐうたらで引きこもりですが、ナルセがいなくなってからは、一人で起きれるようになりました。
と言っても眠そうな目で、サキ姉様にサラダを無理やり食べさせられてますが。
それと最近会社を立ち上げたらしくって、部屋で何やらパソコンに毎日向き合ってます。
「仲間を集めて資金調達するのだ。そして余はこの世界を征服し、あの糞先代の鼻をあかしてやる」って頑張ってます。
でも仲間って言っても、今はカフカとたまにトン叔父様が手伝っているくらいですが。
あ、これは大きなニュースなのですが、ついにトン叔父様が小説家デビューすることになりました。
結局純文学は諦めて、ナルセの言った通りライトノベル作家に転向したみたいです。
少し読ませてもらいましたが、笑っちゃうことに、この異世界荘がモデルのお話でした。
ナルセが主人公なのですが、五割増しくらい口が悪くなってて、何だか懐かしくって……。
ごめんなさい。
湿っぽくはしたくなかったのですが。
あとね、トン叔父様は今でも中庭の縁側でお酒を飲んでます。ナルセと一緒に晩酌してた頃と同じです。
あまりあなたの話をトン叔父様はしませんが、お酒を飲む時は、必ずナルセのグラスを一緒に持って行っているのを私は知っています。
それに頭の中でゴトゴトと、アボカドの種の転がる音が今でも鳴っているのも、私とサキ姉様は知っているのです。
サキ姉様は相変わらずです。
一時期自暴自棄になった時もありましたが、ナルセに貰った命を、今では大切にしています。
姉様はあれからずっと手袋をして過ごすようになりました。理由は言わないし、誰も聞きませんが、あなたなら分かってくれますよね?
それだけ姉様はナルセを愛していたんだなぁって……少し悔しいです。
長い間管理人不在だったので、姉様がナルセの代わりをしているのですが、こんなに大変だったのかと目を丸くしてました。
毎日だらけている姿しか今では思い出せませんが、人知れず私たちのために頑張ってくれていたのですね。
そんな管理人ですが、今日業弾さんが新しい人を連れて来るみたいです。
姉様は「あの人の代わりなんて誰もできなわよ。どうせすぐに逃げ出すわ」なんて言ってますが、逃げ出す前に姉様が追い出しそうな予感しかしません。
あと私のことになりますが、今では人間の中学生くらいまで成長しました。マオ兄様が言うには、身体的成長も安定期に入ったとのことで、近くの公立中学校に通っています。
歳をとらないサキ姉様やマオ兄様が身近にいるせいか、自分の成長が人よりも遅いことに気付きにくいのですが、同級生の中にいると少し不安にはなります。
だってクラスメイトの女の子友達なんて、もう巨乳の子もいるのです。それなのに私はまだ……こんな話、男の人にする話ではないですね。
そんなアルルですが、ビックリするくらい男の子に告白されて戸惑っています。一応ロシア人ハーフという事にしているので、髪の色や目の色が珍しいからかな?
少しは妬いてくれますか? って恥ずかしいな。
でも男の子とお付き合いはできそうにありません。
あけすけで、口が悪くって、いつもダルそうで。それなのに愛情に溢れた眼差しでいつも周りを見守ってくれていて。
喧嘩っ早いのに、誰よりも優しくって。それを人に見せるのを、すごく恥ずかしいって思っているシャイな男の子。
そんな人いません。
そんな人、この世界に二人もいません。
私が恋愛できなかったら、きっとそれは、その人の責任です。
その人は二度も私に会いに来てくれました。
二度も私を愛してくれました。
だから三度目を、私は待ちます。
何十年でも。何百年でも。千年だって待ちます。
だって私はエルフなのですから。
その時は、サキ姉様には悪いですけれど、今度こそ絶対に負けません。
覚悟してくださいね!
父様
ナルセ
一緒にいられなくってごめんね
いつもいつも守ってもらってばかりでごめんね
あなたが好きです
好きです
好きです
大好きです
この気持ちが伝わるように、手紙は精霊に託します
届くかな?
届いたらいいな
時空を超えてあなたに届いたらいいな
ありがとう
そして……
またね
アルルーシュカ
◇
アルルーシュカが筆を置くと同時に、玄関の扉が開く音が聞こえた。酷く建て付けが悪くなっている。
異世界荘も老朽化が進み、手を入れないとあちらこちらに軋みが出来はじめていた。
成瀬がいた頃は日課のように日々メンテナスをしていたが、貴重な男手を欠いた今では難しい。
「すみませーん。業弾という人にここでの仕事を紹介された者ですけどー」
「あ。はーい。少しお待ちくださーい。アルルーシュカー。今揚げ物してて手が離せないの。お願いできる?」
「はーい」と返事をしてせわしなく階段を降りる。新しい管理人が建て付けを直せれたらいいのだけれど、と考えていたアルルーシュカの肩を叩く者がいた。
振り返ると和装のスケルトンがキセルを咥えている。もうもうと眼窩から煙が立ち上る様は、喜劇かはたまた恐怖映画か。
「アルル君。小生が出よう。これは恒例行事でもある」
「えぇと。でもいきなりじゃ驚きません?」
「それが試金石かつ分水嶺というものである。これしきで腰を抜かそうものならば、ここの管理人なぞ務まりはせぬよ」
カタカタと歯を鳴らすと、勢いよく階段を駆け下りる。
アルルーシュカは困ったように笑うしかない。
頭を揺らしゴトゴトと頭蓋骨が鳴る様を見れば、誰だって踵を返すのじゃないだろうかと思う。真っ当な人間ならばだが。
しかし聞こえて来たのは想像していた悲鳴ではなかった。
「何ですかコノヤロー! 骸骨が歩いて喋るとか、ちょっとは常識を考えてくださいよバカヤロー」
少年の声だった。
しかし聞き覚えのある口調だった。
聞き慣れた悪態だった。
階段で立ち尽くし、大きく瞳を開いたアルルーシュカは、次の瞬間には転がるように駆け下りていた。
まず目に入ったのは、文字通り顎を外したスケルトンの姿。落としてしまったのかオロオロと床に散らばった骨をひろっている。
それを面倒くさそうに屈みこんで覗き込む少年の姿があった。
「ちょっとー。大丈夫っスかぁ? んな筋肉と皮膚を脱いでっから骨落とすんスよ」
モンスター相手に言う言葉ではない。
しかしそれは至極当たり前に響く。
まだ十五、六歳程度だろう。幼い顔に気だるそうな雰囲気が、まるで違和感なく同居している。
アルルーシュカはその少年の姿を見た瞬間、両手を口に当てて言葉を失った。細く白い指がわななく。
「ちょっとうるさいわね。どうしたのアルルーシュカ?」
続いて降りてきたサキに、アルルーシュカは震える指で少年を指し示した。
視線の先で、やれやれと首を振り、少年の顔が上がる。その瞳がはたとアルルーシュカとサキを捉えた。
「う、美しいッ! 僕ぁこんな美しい人たちはじめて見たっス」
眠そうに半分閉じていた目が、パッと少年らしい輝きを放つ。
「う、うそ……」
アルルーシュカの隣でサキがポツリと呟いた。
「うそじゃないっス! 二人とも超キレイっス。僕、成海って言います。自己紹介もつつがなく終わったところで、結婚してください! どっちか、いや、もうこの際どっちともーーッ!」
階下から聞こえてくる声に業弾はにんまりと微笑むと、ついっと虚空に指を這わせた。その指には一通の封書がつままれている。
「精霊には荷が重いからねぇ。これは僕が預かるよ」
風の精霊たちは名残惜しそうに辺りを漂うと、一陣の風となって開け放たれた窓から飛び出した。
初夏の日差しを受けて蒼穹で踊る精霊たちに、業弾は手を振る。
「さて、ひと仕事も終わったことだし、久しぶりに君に逢いにいくかねぇ。僕はとことん君には甘いんだ」
異世界荘に木霊する笑い声と泣き声に、業弾は目を細めると、静かに、そして人知れず姿を消した。
今年も夏がやってくる。
ひときわ暑い夏がやってくる。
季節は巡り、因果も廻る。
始まりは終わりのたもと
終わりは始まりの軌跡
輪廻は巡り
また繰り返す
追伸
めぞん異世界荘は本日も喧騒なり!
ここまでお読み頂きありがとうございます。
これにて完結です。
序盤から存在を匂わせ、終盤チラッと出てきた最後のピースの彼ですが、あえて回収はしません。
最終話を読んでくださった読者の皆様の想像にお任せします。
ただ彼はきっと嬉々として黒くて耳の長いものと大立ち回りをしていることでしょう。
色々と反省点の多かった拙作になりました。
またいつか成長して戻ってきます。
それでは、またお会いしましょう。




