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25 トンさん合体

 さすがに米でくっつくはずもなく。


「治りそうでござるか?」

「あぁ……。しゃべらないでよトンさん。また落としたらもう直らねぇよ?」


 頭蓋骨を抱えて座り込む俺の手元を、トンさんの胴体部分が覗き込む。

 頭は俺が持っているのに見えているのかね。


 夏にアルルーシュカが叩き割ったトンさんの頭蓋骨。当時は応急措置として米粒でくっつけていたのだが、昨晩ついにボロリと剥がれ落ちてしまったのだ。適当だった過去の原因は、無残な結果として現実に突きつけられたわけだ。


「さすがに米でくっつくはずもなく。あ、ヤベ。カビ生えてんじゃん。……削るか」

「何か言ったでござるか?」

「いや。やっぱ接着剤的な物がいるよなぁ。トンさん見えてるなら押入れの中を見てくれね?」

「フム。かしこまったでござる」


 着流しを着て頭頂部のない骸骨がすくっと立ち上がって押入れを開ける。緩慢さもなくとてもスムージー。

 やっぱ見えてんのか……。どういう構造になっているのか突っ込んだら負けだろう。


 俺は視線を戻して作業を再開した。ここで暮らし始めてそろそろ一年が近い。慣れたものだ。


「何か色々とあるようでござるが……」


 廃墟に近かった異世界荘だが、管理人就任当日に断捨離したのが懐かしい。しかし押入れの中はガラクタでごった返している。

 いくら片付けても無駄だと気付いたのはいつだったか。日頃から業弾が訳のわからない物を持ち込むのだ。夢に持って入れる指サックをはじめ、どいつもこいつも用途不明のジョークグッズだろう。

 恐らくは使ったら負け。あえなく振り回されたあげく、業弾を愉しませてしまう類の物に違いない。だから全てダンボールに放り込んで押入れに封印してきたのだ。


「フヌ。なんでも接着剤というものがござるが」

「なにそれ。どんなご都合だよ」


 手渡されたのはどこにでもあるようなスプレー缶だ。しかし明らかに手書きで、『なんでも接着剤』なるラベルが貼り付けてある。

 筆使いもまがまがしい。どうせ業弾の手書きだろう。


 大丈夫か? スプレー型の接着剤なんて聞いたことがないぞ。

 しかし……だ。世界の成り立ちも違う異世界人に使おうというのだ。オーソリティである業弾の用意したものなら、きっと間違いはないだろう。

 だだし、そう思った俺が間違っている場合もあるが。


 俺は慎重にこり固まったコメを剥がし、断面を紙やすりで整えるとスプレー缶のノズルを押した。


「うおっ!」


 噴射口が逆だったらしく勢いよく俺の手に噴霧される。

 整髪スプレーでよくやる失敗だ。それで手がベタベタとするまでがデフォルトである。

 ましてや接着剤。かなりキツイ臭いだろうと嗅いでみれば意外と無臭だった。妙にサラサラした感触に違和感を覚える。


「これ本当にひっつくのかぁ? ま、駄目だったらガムテで補強しておくか」


 いまいち信用ならなかったが、俺は噴射口を確認しトンさんの頭蓋骨へふりかけたーー


「な、なんだ!?」

「どうしたでござる!?」


 唐突に視界がぐにゃりと歪む。三半規管がやられたとか、そんなレベルではない。


 け合って

 け合って

 け合って


 視界と自我がぐるぐると廻る。

 待ってくれませんかね。俺はまだバターになりたくないんですけれど。


 どうやら俺は、やはり間違っていたらしい。



 ◇



「ぷっ! それでそんな姿にぷっなったわけぷっね」


 帰ってくるなりサキは腹を抱えて床を転げ回った。

 ちなみにアルルーシュカは、俺の姿を見た途端に、甲冑を纏って布団に潜り込んでしまった。


「いや、あのさぁ。行動が全力で笑っているのに、言動を隠そうとするなよ」


 そんな姿という言葉で改めて手鏡を覗く。


 顔面は相変わらず目つきの悪い俺だ。そして体を見下ろすと……骸骨なのだ。どんな接着だよ。

 もうあれだよ? 食い終わった魚が二足歩行しているようなアレだよ。

 そりゃ笑われるか、もしくは気味悪がられるかしかないわな。せめて逆なら黄金バットのコスプレと言えなくもないが。


「あぁ可笑しい! でも注意書きには効果は1日って書いてるし、大丈夫なんでしょ?」

「まあ、そうなんだが……」


 できれば一日中部屋に閉じこもって難を逃れたいところなのだが。


【ナルセ殿! ナルセ殿!】


 俺の口が勝手に動きトンさんの声がもれる。気持ちわりぃ。


【いざ行かん!】

「嫌だ! 図書館なんて行かねぇから!」


 言うなり手足が動いて部屋を出ようとする。どうも頭は俺の支配下で身体の占有権はトンさんにあるらしい。


「どういうこと?」

「なんかさ、骸骨の姿では行けなかった場所に行きたいんだと」

【さあさあ! 時間は有限なり!】


 せめてジャージでもと思ったが、いつもの着流しを羽織るとトンさん(と俺)ははやる足取りで異世界荘を飛び出した。



 俺たちはスレイプニルに跨ると市営図書館に向かって疾走する。


【いやぁ! 風を切るというのは気持ちいいものでござるな!】

「いやー! やめてーーっ! 裾がめくれて骸骨でちゃうぅぅぅ! こんな感じに女子の気持ちをわかりたくなかったわボケー!」


 パンツどころか、その中身のさらに中身だけれど。

 普通は見た側が不審者だが、こっちは見せた側が不審者で間違いない。その場合、猥褻物陳列罪が適用されるのかは興味あるところだが。


「っと言ってもハングオンとからめェェェッ! ほとんどM字開脚じゃねぇかバカヤロー!」

【ヒャッフーッ!】


 もはや言葉は通じないようだった。



 どうにか図書館にたどり着くと、トンさんは貪るように本棚にかじりつく。

 黙って見ているとどうやら小説の資料集めをしているようだ。


「なあトンさん。なんで小説家目指してんの?」

【前にも言っでござるが】


 まぁそうなんだけれど。思考能力を得たからといって、なにも小説家を目指さなくても他に何でもあるはずだ。例えば学者だとか……。


【小説がいいのでござるよ】


 思考がリンクしたのか、脳内にトンさんの声が響く。

 少し驚いたが融合するということはこういうことか。


【他の客人が見ているでござる。さすがに独り言は悪目立ちがすぎるゆえ】


 確かにこちらをみて咳払いする客がいた。

 トンさんは意外に周囲をよく見ている。普段からそうやって生活しているのだろう。想像以上に窮屈そうだ。

 そう考えると、今日一日くらいは好きにしてもらっても良いかもしれない。


【この状態では隠し立てすることも叶わぬ。ずいぶん昔の話になるでござるが……】


 そう言ったトンさんの声は郷愁に満ちていて、どこかカビ臭く湿度を伴っていた。



 ◇



「どうしても行くの?」と彼女は言った。

 僕は言葉よりも、もっとも愛する人の唇に触れることで応えた。


 命を賭して記したい記録がある。

 どこまで続く地下ダンジョンを、もしかしたら踏破できるかもしれないパーティとの出会い。それが僕に新たな生きる意味をもたらせた。


「でも貴方はもう戦えないじゃない。それなのに……」

「ああ。僕はもう戦えない。足がこれじゃあね」


 前回のアタックで受けた傷は、僕の冒険者としての生命を断つのに十分なものだった。大腿骨まで亀裂が走っていたようだ。走ることはできても、走り続けることは叶わないだろう。彼女に言われるまでもなく、それは自分自身が一番よくわかっている。


「でも、僕は彼らの戦いを書き記したいんだ。きっと全員が生きて帰ることはできない。でもその生き方を、生き様を、そして死に様を僕の筆で永遠にしたいんだ」


 きっとそれは英雄譚として吟遊詩人に唄われ続ける物語となるだろう。

 そう熱を込めた僕の言葉は、彼女の頬を伝う涙に溶け込むと、踏み固められた大地に染み込んでいった。


「私は貴方との物語さえあれば……」


 僕は彼女の言葉を最後まで聞くことなく背を向けた。聞いてしまったとしても揺らがない。そんな自分を知るのが怖かった。


 いつか帰ってきた時に続きを聞こう。そしてその時こそ自分と彼女との物語をはじめよう。


 背後で泣き崩れる声が聞こえた。

 そして僕は、最期まで彼女の言葉の続きを聞くことは


 できなかった




【まぁ簡単に言えばダンジョンで全滅したのでござるよ】

「…………うん」

【何を柄にもなく泣いているのでござるか】


 トンさんは脳内で昔のことだとカラカラと笑った。

 元人間だとは驚いた。だからこそ思考能力を失ったスケルトン時代を経て、人間らしく考えることにこだわっていたわけだ。


 風邪をひいてはじめて健康という目に見えない大切なものを知る。そんな感じだろう。そう考えると……。


「あのさ。トンさんはライトノベル的なものを書くほうがいいんじゃね?」

【ヌ? らいとのべる?】

「うん。ファンタジーとかさ。転んだ痛みを知らないと、その痛みを書くのは難しい。そんな話を聞いたことがあるんだけどさ」


 よく聞く話だ。結局物書きとは、自分が体験したことがある記憶をひねり出して紙に書き記すものであるらしい。知らないことも書くことはできるが、説得力が違う。

 それなら。


「本当のファンタジー世界に生きて、そして死んで、さらにモンスターとして生きた経験って得がたいと思うんだけど」


 もはや得難いというか、絶対に不可能ごとだ。

 そんな人間はひとりもいない。


【なるほど……。それは確かに】


 それに悲劇的ではあるが、参加したそのパーティの最期を記すのも一種の英雄譚足り得ないだろうか。なにも成功する人だけが英雄ではないだろう。名もなき勇者を描く者がいてもいいのではないだろうか。


【書き記すこと。それもまた供養なり……か】


 そこからトンさんは黙ったまま、まるで祈るように資料集めを再開したのだった。

 俺も口を挟まなかった。

 今日はもう好きなようにしてもらおう。そして明日また酒を酌み交わそう。男同士に言葉はあまり必要ないのだから。


 きっといつの日かトンさんは世に出るだろう。


 彼しか知らない英雄の名とともに。















「って帰りもハングオンとかーーーッ! らめーーー!」


 結局警察に追われながら、俺たちは小雪の降り始めた幹線道路を爆走したのだった。

あと7話で完結します(たぶん

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