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23 尾行せよ!1

 招かざる客は唐突に、そしてさりげなく訪れるものらしい。


「よっ! 探したぞコノヤロー」


 俺は玄関口で立ち尽くした。人間は本当に驚くと声も出ないようだ。

 控えめに仕事をしはじめた初秋の陽光が逆光となり、戸口に立つ男を黒いシルエットで縁取っている。


 しかしそれがどこのどいつかなんて、誰よりも俺がよく知っている。


「おい。わざわざ訪ねてきてやったんだから、何とか言えよバカヤローが」

「……なんで、ここに? 一色兄さん。いや、どうやってここに!?」


 日本人離れした高身長に下品な口調。幼少をともに施設で過ごした兄貴分を、俺が見間違えるはずもなかった。


「あぁ? 何言ってんの。普通に歩いて来たに決まってんじゃねぇか」


 くわえ煙草でニッと笑う。酷くキザな仕草が様になっている。十人いれば八人は男前だと評価し、残り二人のうち一人は死人で最後の一人は一色本人だろう。


 それにしても。普通の人間が異世界荘にたどり着けるわけないのだ。

 美観地区の一画に佇む異世界荘は、その入り口となる路地に結界がはってある。そこに存在するが、誰もが知覚し得ない。そういう風に出来ているらしい。

 実際ここで暮らし始めて四ヶ月経つが、いまだ異世界荘に辿り着けたものはいない。稀に路地に猫が入り込むくらいだ。

 つまり一色兄さんは、俺と同じく視えちゃう人だという事だろう。


「兄さんはどうやってこの場所を特定できたんだ?」

「おいおい。客にお茶のひとつも出さねぇでいきなり尋問かよ」


 兄さんは呆れたように笑った。

 しかし俺としても用心してしまう。一色兄さんは今はただの俺の兄貴分ではない。県警の刑事という身分は、俺の警戒心を刺激するのに充分だ。

 別に違法なことをやっている連中ではないが、異世界荘に住む異邦人は特異な存在だ。

 翼をはためかせて飛行もするし、わけのわからないエネルギーを暴走させる事もある。もし国家権力に捕らえられでもしたら、どんな未来が待っているか分かったものではない。


「何を心配してんのかは、まぁわかるけどな。今日の俺はただの客だ」


 無遠慮に土間へ灰を落としながら肩をすくめる。


 話によればどうやら海の日に遡るらしい。


 その日大麻所持で逮捕された男たちが、目つきの悪い男と謎の美少女たちに、常識では考えられない方法でひどい目にあわされたと証言したという。

 それは魔法少女だとか超能力だとか荒唐無稽な内容で、警察は相手にしなかった。


 同日、海岸に身元不明の遺体が打ち上げられていた。

 その遺体は虹色の全身タイツを着用させられ、横溝正史の「犬神家の一族」を思わせる覆面を被せられていた。

 遺体の状況から殺人と事故の両面で捜査されることになったが、問題はこの遺体が収容後に忽然と姿を消したということだ。


「と、まぁそんな点を結ぶのがお前なわけだ」


 土間で煙草を踏み消すと、新しい一本に火をつける。


「な、なんのことかなぁ。ボクニハサッパリ」

「クッソ汗が出てるぞ」


 実際に一部身に覚えがない。

 あの日は魔法とかそんなものは。と思いかけて記憶が蘇る。確かあの日、俺は寝てしまっていたのだ。

 何事もなかったかと尋ねる俺に、サキはふいっと視線を外したのを思い出す。


 あ、あのヤローども。俺の寝ている間に問題を起こしたのか!?


「んでな、前にお前が起こした事件を思い出したわけだ」


 盗撮魔との一件だ。

 結局俺にボコられた変態は翌日警察に駆け込んだらしい。話す内容が要領を得ず、記憶も曖昧だったためあえなく帰されたらしい。


「ま、その男のことはよく分からんが、おかしな事が起きてたよな?」

「あ! ゴーレム!」


 思わず口走った俺を見て一色兄さんはニヤリと口角を上げた。


「全ての騒動の中心にお前がいる。少し聞き込みしたら出てきたぞ。スケキヨマスクを被った和装の不審人物がここらあたりに出没しているのも」


 2時間ドラマの犯人の心境とはこんな感じだろうか。背後に断崖絶壁がないのが悔やまれる。


「で? 一色兄さんは俺たちにどうしたいんだ?」

「ただの客だと言っただろ? ちょっと会いたい人がいてな」


 言い方からして俺のことではない。それならば誰のことだ?


「お前の……」

「あら成瀬。お客様?」


 一色兄さんが口を開いた時、その背後からサキが顔をのぞかせた。スーパー盛りに買い出しに行ってもらっていたのだ。


「あ、ああ。俺の施設仲間というか、兄貴分という……」


 言葉を失った。

 あり得ない光景を見た。

 業弾から警告は受けていたはずだ。しかしそれでも理解が及ばない。


「な……んだ!?」


 玄関扉の外で買い物袋を下げたサキの背後で、黒い粒子が渦を巻き、そして飛散した。

 黒い光が辺りに波紋を立てた瞬間だった。軽く2メートルを超える怪物が出現する。全身が緑色の肌をした巨人。


「うそッ!? なんで食人鬼オーガがこんなところに!?」


 異変に気付いたサキは振り返りざま飛び退く。

 しかし不意な事態で遅れたのか、それともこの世界に慣れてしまったせいか。食人鬼に足を掴まれ後方の門前へと投げ飛ばされた。

 それでもサキは空中で体制を立て直し、砂埃を上げながら片膝をついて着地する。


「サキ!」


 すぐに足の筋肉をフル動員する。

 驚愕は一瞬で十分だ。

 異世界荘の管理人はこんなことで足がすくんだりしてはいけない、


「成瀬は来ないで! 人間じゃどうしようも……」


 駆ける俺の目に背広姿の広い背中が映る。

 一色兄さんは無言で俺を追い抜き、弾丸のように突進すると、サキに気を取られていた化け物の顔面を殴りつけた。

 骨が砕ける鈍い音が俺の耳まで届く。


 顔面をどつかれてイラついたのか、化け物は咆哮を上げた。まともな人間なら失禁してしまいそうなほどの威圧感だ。


「はっ! 笑うぜ。喧嘩中に泣いてんのか? 阿呆かよ!」


 薄っすら笑みを浮かべながら一色兄さんは懐に入り込むと、みぞおち辺りを突き上げる。不気味な緑色の身体に、拳が手首までめり込む。


 たまらず巨体をくの字に折り、口元から黒い体液を流すその顔面を、「おーらヨッ!」と勢いをつけて殴りつける。


 俺が駆けつけるまでの一瞬の出来事だった。


 この世界に存在しないはずの化け物は、砂埃を巻き上げながら石畳の上に沈んだ。


「なんだぁ? こりゃ」


 背広に付着したホコリを払いながら、一色兄さんはタバコに火をつける。


 それは俺のセリフだ。

 昔から無茶苦茶な人だとは思っていたが、まさかここまで常識はずれだとは思っていなかった。


「ま、それはそうと。お嬢さん、怪我はないか?」


 思わず立ち尽くす俺の前で、片膝をつきながらサキに手を差し出す。


「だ、だ、大丈夫れすっ」


 ポカンと口を開いていたサキは、耳まで真っ赤になりがら言った。


「邪魔が入ったけどね、今日はお嬢さんに会いにきたんだ。少し僕に付き合ってくれるかい?」

「じゃ、じゃあ今日会いにきたのって!?」

「ああそうだ。この可愛らしいお嬢さんだ」


 そう言ってさらに手のひらを近づける。


 愚かな。

 サキが見知らぬ男の言葉など聞くはずもない。俺だって最初は散々酷い目にあったのだ。

 それにサキュバスのサキが、男の手を取るなんてあり得ない話だ。せいぜい殴られておしまいなのである。


「は、はい。私でよければ」


 俺の思惑をよそに、サキは恥じらいながらその手を取った。


「なん……だと?」



 ◇



「ちっ! どこに行きやがった」


 俺は美観地区を走り回っていた。

 あの後駆けつけた業弾に事情説明している最中、サキと一色兄さんが姿を消したのだ。


「ナ、ナルセ……。よ、酔う……。吐いてもいいですか?」


 俺に肩車されたマオは泣きそうな声で嗚咽を繰り返す。

 車酔いならぬ肩車酔いらしい。


「バッ、バカヤローッ! 俺にゲロぶちまけたら飯抜きだからな! それよりサキの居場所はつかめそうか!?」


 サキの魔力を追尾するために、マオを無理やり連れてきたのだ。尾行もできず、ゲロまみれにされたら洒落にもならない。


「うっぷ。あ、あっち……」


 驚く観光客たちをすり抜け、マオが指差す交差点を曲がる。この先にあるのはオシャンティな喫茶店だ。

 明治時代の洋館を今風にリノベーションした人気店らしい。いかにも女の扱いのうまい兄さんが選びそうな店だ。


「どこのおっさんですか。喫茶店じゃありませんよ。カフェというのです」

「う、うるせぇよ。そこだな!?」


 かつて運河として使われた河川が、美観地区には流れている。週末ともなると川下りの観光客で賑わう運河。それに面した通りに洋館はあった。


 川床に身を隠し、店内を観察する。

 確かにサキと一色兄さんの姿が確認できる。ビンゴだ。


「あれが極悪非道な怪物なのですか?」


 マオが俺に尋ねた。

 マオを連れ出す時、そんなことを言ったような気もする。

 しかし嘘ではない。


「ああ。手練手管で女をたらしこむ極悪人だ。見ろよサキの顔」

「ものすごく楽しそうですけれど?」

「クッ! あんな顔できるのかよ!」


 完全によそ行きの顔だ。

 コロコロと笑ってやがる。


「何を話してんだ? 分かるか?」

「アルルーシュカじゃないのですから、そんなことをわかりませんよ。というより……」


 言葉を切るとマオは俺の顔を覗き込む。

 金色の瞳が疑わしそうに光った。


「本当にあの人間が残虐非道な悪人なのですか?」


 思わず視線をそらすと、マオは両手で俺の顔を挟んで固定する。


「もしかして、嫉妬ですか? そうなのですか?」

「クッ!」


 認めたくない。

 認めたくない戦いがここにはある!


「ち、ちがッ!」

「サキーーッ! ナルセがサキのことぉーーッ!」


 マオがガバッと立ち上がると叫けんだ。

 慌てて頭を掴んで押さえつける。


「へぇ。まさかナルセがサキのことをですか。妹だ家族だとか言っているナルセがですか」


 ぷすーっ、と頬を膨らませてると、ニタリと嫌な笑いを浮かべる。


「あーー、何か暖かいものが欲しいですねー。涼しくなってきましたしー。人情味のこもったー、暖かくってー、甘いものが欲しいですねー」

「て、てめぇ。人の足元をみやがって」

「あーあー、なぜか口がずるんっと滑りそうです。あっ! ナルセあれ!」

「あぁ!?」


 マオがサキを指差す。


「な!?」


 甘々とろとろの雰囲気の中、一色兄さんが小さな小箱をサキに見せていた。

 ベルベットで覆われた豪奢な小箱。

 微かに開かれた蓋の合間から、キラリと光るものが見える。


「ゆ、ゆ、指輪!?」


 それもあの感じは結婚指輪だろう。

 それをうっとりとした顔でサキは見つめていた。


「……マオ。帰るぞ」

「えぇ。今からいいところではないですか」


 マオは眉を寄せて頬を膨らます。


「いいから。もーそーゆーの、いいから。あと、今日は全員飯抜きな」


 俺の背中にマオの全力の抗議が響くと、草木に止まっていたトンボが一斉に暖色ににじんだ空へと飛び上がった。


 嗚呼。初秋の空って、こんなに寂しげだっけ。



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