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20 白馬に乗った王子様1

 十月上旬。秋が少しづつ顔を見せはじめ、人々も夏の暑さが喉元を過ぎた頃。駅前のファストフード店に衣替えを終えた少女たちの甲高い声が響いていた。


 バイトが休みの日に決まってサキは友人たちと寄り道をしていた。半年ほど前まではそれを特別なものに思えていたサキだったが、今では日常の一部となっている。


「サキさぁ、噂に聞いたんだけどバスケ部の部長に告られたってマジ?」

「うえっ!? なんで知ってんの!?」


 フライドポテトにマスタードソースとバーベキューソースのどちらを付けようか迷っていたサキは、クラスメイトの言葉に動揺してふやけたポテトを落とした。


「そりゃぁ知ってるよぉ。校内でも屈指のイケメンが惨敗したってね! また噂になってるよぉ」

「えぇ……。あんまり大ごとにしたくなかったんだけどな」

「それは無理な話だよねぇ。なんせあんた陰では撃退王女って呼ばれてんだからさ。でもなんでフッたの? 爽やかイケメンじゃん」


 親友はニシシと笑うと意地の悪い笑みを浮かべる。

 サキが恋愛話から逃げ出すのはいつものことだった。

 高校一年生の彼女たちにとって進路の話はいまだ遠く、放課後にこうして額を付き合わせて話す内容としては、恋愛話かバイト先の愚痴くらいなのである。


 それなのにサキはいつも恋バナになると存在感を消すのだ。クラスメイトがその理由に興味を持つのは当たり前の話だといえた。


「だって……よく知らない人だったし? それに……」


 観念したように話しだしたサキだったが、言葉に詰まると恥ずかしそうにシェイクのストローをくわえた。


「それに? ほれほれ言ってみ。他に好きな人がいるとか?」

「えっ!? ちがっ! 別にそんなんじゃ……。んんっと……タイプじゃないというか、なんというか」


 顔を上げたサキは、親友の瞳が「してやったり!」と光るの見たがもう遅い。


「で! サキのタイプってどんな男よ!?」


 テーブルに広がったポテトをグイッと端に寄せ、上半身を乗り出してくる親友の姿に呆れながらも口元がゆるむ。

 ほんの数ヶ月前、まだあちらの世界にいた時には思いもできなかった日常がここにはある。


 サキュバスとして肉体的に劣るサキは、予備兵力として先輩たちのサポートをしていた。

 人間の兵士の夢に入り込んで生気を吸い取り衰弱死させる。それがサキュバスの任務であり存在理由だ。

 毎夜命を刈り取ってくる先輩たちの姿に、サキは酷く胸が痛んだ。

 サキュバスといっても自我はある。羞恥心だって人並みにあるし、何より恋だってする。機械ではないのだ。

 ほがらかで優しかった先輩たちが自らの身体と精神を擦りへらし、しだいに狂気の淵から落ちてゆく様は見ていられなかった。

 そしてそれは自分の未来の姿でもあったのだ。


 逃げ出したい


 心の中で何度叫んだかわからない。

 それはサキュバスとしての使命からなのか、それとも……


 サキは目の前で瞳を輝かせる親友を愛おしく思う。そして当たり前のようにリピートされる退屈な日常も。


「私のタイプは……」


 何かを思い出すように目をくるりとさせると、ほんの少しだけ白い歯を見せて笑う。

 成瀬と出会った頃を思い出したのだ。

 あの最悪で最高の事件を。


「例えばなんだけど、私が悪魔とか魔族なのに、それでも大ピンチの時に「知るか阿呆」って笑い飛ばして助けてくれるような人……かな?」

「はぁ? なにそれ。ようは白馬の王子さま的な?」

「あはっ! アレは王子さまとは言わないけどね」


 思わず吹き出したサキだったが、親友の一言で慌てて手のひらで口をふさいだ。


「ほほう。特定の個人がいるようで。さて、今日は帰りが遅くなるよぉ!」




 ◇



「最低! 何あいつ! なんなのマジで!?」


 サキは薄暗い部屋で叫ぶと手の中にあった布の塊を床に投げつけた。


「どうした。今日は騒がしいな」

「あっ! 魔王様すみません。ちょっとイライラしちゃって……」


 慌てて片膝をつく。魔族の王たる魔王の御前なのだ。異界の地で、それも家畜小屋よりも狭苦しい小部屋が今の玉座だとしてもだ。


「……魔王は死んだ。今の余は領土も持たぬ存在だ。サキュバスのお前が差し出す食料でどうにか生きながらえている……な」

「そんな……」


 自虐で唇を歪ませる姿にサキは言葉を失った。そこに二代目魔王として君臨した面影はどこにもない。賢しげで物憂げな少年が佇んでいるだけだった。


「世辞はよい。それより何やら騒々しかったな」

「はい。今日からこの館を管理するという人間が現れまして。その男が……その男がッ!」


 跪くサキの目の前に、先ほど投げつけた布が転がっている。

 胸パットだ。


 街中で男と出会った際に落としたことは気付いていた。それを無神経にも「ほら。落し物だぞ」と渡されたのだ。

 自分の胸に直に触れていたものを、汚らしい手でつかまれた。そう思うと虫唾が走った。


「聞いてください魔王様! それに奴は渡す前に私の胸を見て薄笑いを浮かべたのです! 憐憫に満ちた目で! あーーッ! 思い出しただけでもムカつく」


 いっそ殴り倒してやろうかとも思ったのだが、この世界の住人は脆い。もし人間を死なせてしまったら、後々ややこしいことになるのはわかっていた。


「放っておけ。業弾という男ならいざ知らず、たかが人間など捨て置けばよい。それよりも今日の食事は用意できておるのか?」

「はい。どうにか本日分はご用意しております」

「肉であろうな?」

「はっ」


 サキが鞄から取り出したのは鳥の胸肉だ。一枚100円程度の安価な肉である。

 二人は転移してすぐに業弾からいくつかのルールを押し付けられていた。


 この世界の基本的な情報、言語、そして住処を無償で提供する代わりに、自らの食い扶持は自分たちで稼ぐこと。

 もし著しい違法行為や、世界の秩序を狂わせる可能性がある場合は即座に強制送還されること。

 ヘラヘラした男であったが、反論する余地も隙も見出せなかった。


 かくしてサキは自分と魔王を養うべくバイトという労働を強いられている。

 しかし出来るだけ割りのいい仕事を、と思って受けた面接がいけなかった。この世界の事情に疎いサキは、格好のカモだったのだ。


「なんだまたこの肉か。硬くてかなわん」

「申し訳ありません。しかし今の賃金ではこれが精一杯で」

「そうなのか? 随分夜遅くまで働いているようだが?」

「ええ。まぁ」


 サキは曖昧に笑ってみせる。

 今自分が抱えているトラブルを魔王には言えなかった。最悪の結果を招きそうで。


 サキの内なる魔族の血が囁くのだ。


 邪魔な人間など殺してしまえ


 と。


 そうでなくとも人間に恨みを持つ魔王様だ。話したらきっと行き着く先は強制送還だ。

 あの世界に戻ることを考えただけで血が凍るようだった。


「あ、明日はもっといい食材を……」

「バーカ。旨い不味いはな、料理次第だコノヤロー」


 サキの言葉を男の声が遮る。


「何しに来た。人間風情が」


 魔王の金色の瞳が鋭利に光る。

 その視線の先には、だらしなく頭をかいてあくびをする男の姿があった。


「お、お前! 魔王様、この男です。管理人になったとかいうのは」

「俺は成瀬だ。管理人とかいう名前じゃねぇよコノヤロー」

「何しに来たと聞いている。言葉も理解せぬ畜生か貴様は」


 今にも殺しそうなほどの冷気をたたえた声。しかし成瀬は気付いているのか、はたまたただの愚鈍なのか、ズカズカと部屋に入るなり魔王の耳たぶを捻り上げた。


「ガキならガキらしい話し方をしろ。話聞かせてもらってたがな、食わせてもらってる分際で偉そうだぞ。どこのバカ殿様ですかコノヤロー」

「なっ!?」


 言葉を失ったサキの眼前。呆気にとられて目を白黒させる魔王は、耳たぶを引っ張られながら部屋の外に連れ出される。


「とりあえず飯だ。用意はしてある。一緒に食うぞ。お前も付いて来い」


 そう言って成瀬は魔王を引きずりながら階段を降りていった。






次の更新は1週間後です

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