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18 海の音ラプソディ3

 意気消沈した二人は砂浜で遠くを見ていた。


 砂に埋まった時は死を覚悟したが、それでも集まるギャラリーにイキってみせたのは見事としか言いようがない。見事にバカだ。


 どうにかライフセイバーに助けられてこうしているわけだが、昼を少し回った時間だというのに、二人の周りにはどんよりとした闇が覆っていた。


「空って青いな」


 遠くで雷鳴が響いた。見るとひと雨降りそうな気配だ。


「そうだな。夏は暑くてアガるな」


 局所的に突然の雹が降り始めた。二人の頭頂をコツコツと小さな氷の礫が叩く。


「クソッ! 全部あの男のせいだ!」


 勢いよく立ち上がると遠くで寝ている男を指差す。

 まくり上がったTシャツからのぞいた腹をボリボリと掻く様は、まるで二人をコケにしているように見えた。


「やるか!?」

「いや、ちょっとまて」


 近づいてよく見れば男の腹筋はバッキバキだ。腕もやたらとたくましいし、拳が真っ平らなのが気にかかる。

 どれだけ殴ればこんなことになるのか。


「なんか喧嘩慣れしてそうだったよな」


 悪ぶって見せても近頃のDQNは喧嘩経験が少ない。だいたい殴り合いが始まるまでが勝負なのだ。

 イキって、仲間を呼んで、平和的な解決。いわゆるマイルドヤンキーというやつだ。


「やりあったら痛ぇしよ、このクソデカイクーラーボックス貰っていくか」

「そうだな。この暑さの中、飲み物がなくなってたらショックだわな」


 姑息な手段に出た二人は、二人がかりでクーラーボックスを抱えると少し離れた防風林まで退避する。

 そこで男の飲み物を戴きながら、慌てふためく様を見るつもりだった。


「おい、早く開けろよ。ずいぶん重かったからな。たんまり酒とか入ってんじゃね?」

「急かすなよ。っと、開けるぞ」


 金髪の少年が寝ていた。


 そっと閉めなおす。


「なんかいたな」

「お、おう。目の錯覚か? もう一度開けるぞ」


 金髪の少年が寝ていた。

 それも驚くほど整った顔の男の子だ。はたから見れば天使にも見えそうなそれは、男たちにとって災厄以外の何者でもないことを彼らは知らない。


「……死んでるのか? 保冷までしてるし。ヤベーよこれ。あ、あの男、何者だよ」

「いや、ちょっとまて!」


 男は耳を少年の口元に寄せる。

 確かに聞こえる。微かな寝息が。


「生きてる!」

「マジか!? つーかどういうことだこれ?」


 男の疑問も無理はない。常識では生きている人間を、ドライアイスと一緒にクーラーボックスに監禁するとかありえない話だ。


「児童虐待……」

「え?」

「これ、児童虐待なんじゃね!?」


 一斉に遠くで眠りこける男に視線を向ける。

 いかにもやりそうな感じだ。目つきも悪いし、あのガタイ。堅気ではないのかもしれない。


「なんてやつだ。こんな幼気な子供に!」


 男は怒りを露わにした。

 なんだかんだと悪さはするが、意外に情にもろい。DQNの生態であった。


「おい起きろ! 死ぬぞ!」


 雪山じゃないのだから死にはしないのだが、二人はすでに状況に酔っているようだった。


 少年の頬をペチペチと叩くと、「う……ん。暑いのです」と可愛らしく呟く。意識はあるようだ。

 二人はその姿にホッと胸をなでおろした。


「閉めてくださいナルセ。暑いのです」

「おい! もう大丈夫だからな。お兄さんたちと一緒に警察に行こう」


 男の声に異変を感じたのか、少年はパチリとまぶたを開いた。宝石のような金色の瞳が印象的だ。

 その目が状況確認のため動く。


「余を起こしたのはあなたたちですか」


 少年はドライアイスを胸に抱いたまますくっと立ち上がる。


「お、おう。お前監禁……されてたん……だよな?」


「暑いじゃないですか。暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い」


 少年はユラユラと頭を振りながら、口角を上げた。目付きもイッちゃっている。

 常軌を逸した雰囲気に、男たちは後ずさった。

 正しい判断だが、しかしもう遅い。

 パンドラのクーラーボックスはすでに開け放たれたのだ。


「ルーシエ・ラーシュ・ル・セラ・マルス

 嘆きの門 静止の時 永久とこしえの軋み 深き闇より響け」

「お、おい、何だよ。その厨二臭いのは……」


 男は鼻で笑いたかったのだが失敗した。少年から圧倒的な圧力が放たれ、息をするのも絶え絶えだった。

 目の前では空間が歪み、正視にたえないほどの醜悪な光景が広がる。

 血反吐をぶちまけたような、ぬらぬらと光る臓物か。はたまた胎内か。生理的嫌悪で背筋が凍る。


「ひっ!?」

「な、な、なんだよこれ!」


 捻じ曲げられた空間は地獄へ通づる。深淵によって圧縮されたエネルギーはその膨張先を探していた。そしてその門が今開かれる。


「深淵に集積せし 断末の声を以って 敵を凍土と化せ!」


 少年の声とともに、常人ならばそれだけで絶命しかねない断末魔が響き渡ったーー



「マオの馬鹿ッ! 何 してんの よッ!」


 上空からかけられた声に男たちは見上げ、そして見た。


 大きな黒い翼で飛ぶ少女と。その少女に投げられ、豪速で地表に降り立ったエメラルドグリーンの甲冑を。


「父様まもって!」


 少年が歪ませた空間から解き放たれた昏い光は、甲冑に直撃するなり硬質な音を立てて掻き消される。


「死ね死ね死ね死ねッ!」


 それでも少年は微塵も意に介したそぶりもなく、立て続けに光を放ち続けた。

 完全に逝っているようだ。


「マオ兄様!」


 甲冑は小さく叫んで少年に抱きつく。


「マオ兄様と遊びたいの」


 つぶやきが影響したのだろうか。唸りを上げていた地獄の門が、音もなく掻き消された。

 その瞬間、少年の瞳が理性を取り戻す。


「ん? アルルーシュカですか?」

「兄様あそぼ!」

「し、仕方ないですね。今日だけですよ」


 照れたように鼻の下をこすると、何事もなかったかのように手を繋いで砂浜へと歩き出す。


「アルルーシュカぁ。そこでへたってる悪者をまた砂に埋めといてね」


 上空からかけられた声に、アルルーシュカは「あくそくざん!」と元気よく返した。



 ◇



「ん……あ。寝てたか?」


 目を開けるとすでに夕暮れになっていた。

 頭を起こして辺りを見渡すと、海の家も店じまいの支度を始めている。どうやら随分と寝ていたらしい。


 重い身体を起こそうと思ったが、重さの原因は疲れではないようだ。

 右腕はアルルーシュカの枕にされ、左手にはサキが背中を向けて眠っている。足がしびれているところを見ると、そこにはマオでも寝ているのだろう。


 俺の寝ている間に、地球が滅亡するなんてことはなかったようだ。


 目を覚まさないように、慎重に起きてみんなの顔をのぞいて見る。何だか満足そうな笑みを浮かべているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。


「ふぁーーっ。今日は平和だったなぁ。たまにはこんな日があってもいいな」


 しばらく、ぼうっと三人の寝顔を見ていた。三者三様の見た目なのに、何だか本当の兄弟に見えてくるから不思議だ。

 初めてあった時、サキは思い疲れた顔をしていたし、マオに至っては凍てつくような瞳をしていた。人間変わるものだ。


「まぁ人間じゃないけども」


 俺にとってはそんなことはどうでもいい。

 同じ屋根の下で暮らすなら、お互い楽しくなければ損だ。


 俺も同じように、多少はマシに変わってきているだろうか。馬鹿な二人組に、いきなりチョーパンかましたことを少し反省していた。

 次顔を合わしたら謝っておこうと心に決める。


「さて、と。おーい、お前ら。そろそろ起きろ。帰るぞ」


 俺の声にサキが目を覚ます。


「あ、おはよ」

「おう。俺が寝てる間、何もなかったか? まさかキラプリの真似事とかしてないだろうな?」

「あーー……うん。私的には」


 ついっと目をそらす。


「おい」

「……」


 ついっ。


「まぁ、いいけどよ」


 何だか疑わしいが、死人が出てなければそれでいい。


「アルルーシュカは俺がおんぶするから、マオはサキが……あれ? クーラーボックスがないぞ」


 見渡しても姿形がない。遠くの波打ち際で人が集っているが、関係はないだろう。別に魔法のクーラーボックスでもないし。


「ま、いいか。どうせ中身も入ってないし」


 後片付けをして帰り支度をすると、しぶしぶマオも目を覚ました。

 よく見ると真っ白いマオの顔が、ほんのりと日に焼けている。少年っぽくていいじゃないかと笑みが漏れた。


「さて、帰るかな」

「あのさ、成瀬」


 立ち上がった俺に、サキが控えめに聞いてくる。


「トンさん……どこ行ったんだろ?」

「あ」


 忘れていた。

 完全に。


「見た所ここらにはいないし、もう帰ったんじゃね?」

「何も言わず帰るかなぁ」


 首をかしげるサキに、マオが早く帰ろうと催促をする。仕方なく納得したのか、サキは俺の後に続いて歩き始めた。



 バス停で待っていると、どうにも周囲が慌ただしい。

 県警のパトカーがひっきりなしにビーチの駐車場に入っていくのだ。


「どうしたんですか?」


 サキが規制線を張ろうとしていた警官に声をかける。

 若い警官はどうしようかと戸惑いながらも教えてくれた。


 どうやら海で死体が上がったらしい。

 すでに白骨化しているとのことだ。


 とのことだ。


 ことだ。


 とだ。


 だ。


「あ」

「あっ!」


 俺とサキの声が重なる。


 トンさんだ。


「まぁ、アレだ」


 俺はタバコに火を灯すと、しだいに濃さを増す空に紫煙を吐き出した。


「多分死んでないだろうし、きっといつか帰ってくるだろ。おそらく火葬される心配もないしな」

「すごい曖昧ね」

「適当ですね」


 サキとマオが苦笑いしながら顔を見合わせた。



 そろそろ盆がくる。

 夏も終わる。

 今年の夏は、みんなの思い出として残るだろうか。

 これから先、仮に散り散りになったとしても、薄れない記憶として残れば俺は幸せだと思った。





 蛇足



 男二人は砂浜に埋められた数時間後、警察の手によって助け出された。


「本当ですって! 海がうわーってなって、光がビカーッって! 死ぬかと思ったんですから!」


 男たちは目つきの悪い凶悪な男と、超能力を使う子供たちにやられたと証言したが、まともに相手をされることはなかった。


 逆に言動を疑われ、捜索された車内からは大麻草が見つかって御用となったのだった。


「ふぅぅん。目つきの悪い男と、美少女ねぇ」


 一色と呼ばれた刑事だけが、意味深に笑みを浮かべて、タバコの煙を燻らせたのだった。



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