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11 妖精の砂遊び2

「なんだ!?」


 辺りを見渡すも不審なものは見当たらない。むしろママさん達から不審な目で見られている気がする。


「ナルセあっち」


 アルルーシュカが袖を引く。見ると土の精霊(ピグミー)が草むらを指差していた。


「おらぁ! 誰かいんのかコラァ!?」


 あえて威圧的に叫びながら駆ける。

 精霊が騒ぎ鉄壁の妖精(ピクシーメイル)が発動するということは、すなわち敵認定なのだ。遠慮する必要もない。


「ひいっ!」


 俺の姿に怯んだのか、小太りの男が草むらから這い出てくる。俺に背を向けて逃走を図ろうとするが、時すでに遅しだ。


 男の襟首を掴んで引きずり倒す。

 問答無用で殴りつけようかとも思ったが、さすがに拳を下ろした。

 ママさん達が騒ぎ始めたのだ。


 男は禿げ上がっていたので中年かと思いきや、見た目よりも若いかもしれない。

 俺の足元で泣き顔とも笑い顔とも取れない気色悪い表情で震えている顔は、奇妙にぬめりとした肌をしていた。

 どうにも生理的に受け付けない。


「お前何してた?」

「な、な、何もしていませんけど!?」


 どもりながらもバッグを両手で抱える。明らかに不自然な行動だった。


「ちょっと鞄の中身見せろや」

「な、何なんですか!? 何でそんなことしなきゃいけないんですか! う、う、訴えますよ!」


 糞面倒臭せぇ。

 こういう輩は大体が都合悪くなれば同じセリフを吐く。

 それでも対応を間違えれば、こちらがお縄になる世知辛い世の中だ。

 小売業をやっていれば、年に何度かはお目にかかる。


「おお、訴えてみろよ。何ならこの場で警察呼ぼうか? いや、もう呼ばれてるみたいだな」


 ママさん達が子供を抱き上げながら携帯を耳に当てていた。おおかた騒動を110番したのだろう。

 男はそれを見るなり這うように後ずさりする。


「で、見せるの? 見せないの? どっちよ」


 観念したのか、肩を落としながら立ち上がる。

 そしておもむろに鞄を振り上げると、薄気味悪い笑顔を浮かべて地面に投げつけた。


風の精霊(シルフィー)よ」


 風が塊となって駆け抜ける。

 間一髪。鞄は風の精霊に護られて緩やかに着地した。


「ば、馬鹿なぁ」

火の精霊(サラマンダー)お願いなの」


 男の間の抜けた声に、アルルーシュカの詠唱が重なった。

 鞄の前に火蜥蜴が現れると、溜息のような小さなブレスを吐き出す。

 まるでマグネシウムの燃焼だ。たちまち大きな火柱をあげると、次の瞬間には中身だけを残し鞄は燃え尽きていた。

 焼け跡には黒い塊が陽射しを受けて鈍く輝く。


「さぁて、これは何かな? カメラで何を撮ってたのか教えてもらえるか?」

「ふ、ふう、風景を……」

「ふうふう言ってんなよ変態が! うちの子(アルルーシュカ)を撮ってたんだろうが!」


 ありがたいことに小型のデジカメだ。フィルム式ならここで確認も取れなかったが、画面にはバッチリとアルルーシュカの姿が映っている。


 さて、もう限界だった。そもそも俺は気が長い方ではない。それも相手は犯罪者だ。取り押さえるためなら、多少痛めつけるのも咎められないだろう。


 そして拳を振り上げたーー


「はいー。逮捕ねーー」

「へ?」


 振り上げた拳に、銀色の手錠が小気味好くかけられる。

 それが合図かのように、俺の背中に制服を着た警官数名が飛びついてきた。


「11時46分。未成年略取及び誘拐の罪で逮捕する」

「へ? あの、盗撮魔はあのデブなんだけど?」

「はぁ? 盗撮? 外国人の幼女を誘拐してる男がいるとの通報で来たんだけど?」


 まさか!? ママさん達が通報していたのは俺の方なのか!?

 首をひねるがママさん達の姿はもうない。それどころかコソコソと盗撮魔が公園を出て行く。


「馬鹿馬鹿しい。俺はその子の保護者だ」

「そうだねー。捕まった奴はみんなそう言うんだよ。あぁ、キミキミ、この男は君のお父さん?」


 若い警官がアルルーシュカに近寄ってしゃがみこむ。

 言うたれ。アルルーシュカ言うたれ。お前はアホやと。


「ちがう。父様じゃない」


 即答だ。

 しかも情報が決定的に足りん!


「ほらぁ。違うって言ってるよ」


 警官が俺に話しかける。まぁ確かに違うのだが。

 仕方なく弁明しようとした俺は、警官の背後で起こっている事態に目を丸くした。

 これはヤバイ。警官を振り返らせてはいけない。


「うるせーよボケが! 捕まえられるもんなら捕まえてみろや。狂犬成瀬の喧嘩見せたらぁ!」

「成瀬!? お前、成瀬涼か!?」


 中年の警官が色めき立つ。


「誰ですかそれ?」

「十年前にカラーギャングと族とを相手に、派手に抗争した喧嘩屋だ。ぱったり名前を聞かなくなったと思ったんだが」

「警官四、五人で俺に勝てるか!?」


 力任せに立ち上がると、腰にしがみつく警官を引き剥がす。


 言って恥ずかしい。はないちもんめ。

 とっても恥ずかしい。はないちもんめ。

 公衆の面前で黒歴史を朗読しているようなものだ。

 しかし仕方ない。何としても俺に注目させなければ……


 奴らの背後で、せっせと巨像のようなゴーレムを創っているアルルーシュカを見られてしまう。


 《アホかーーッ! 何してんのよお前は!?》


 必死で目で合図を送る。頼む、このキモチ伝われ!


 アルルーシュカは困ったように首を傾けると、口をすぼめて息を吐き出した。


 《この人たち、わるもの?》


 耳元でアルルーシュカの声がくすぐったく響く。風の精霊(シルフィー)が届けてくれたのだろう。


 《違う! 攻撃ダメ。絶対》


 俺の声が届いたのかコクリと頷くと、せわしなく働いていた土の精霊(ピグミー)が土塊へと帰っていった。




 ◇



「いやぁ、久々だな。成瀬」


 取調室で私服刑事が呆れたような笑い声をあげた。


 あの後すぐに警官達はゴーレムに腰を抜かしたおかげで、俺の立ち回りは影に隠れてくれた。


 命を吹き込まれなかったのか、ゴーレムはただの巨像であった。

 しかし硬化した砂で作られていたのか、不思議と崩れ落ちることはなかったのだ。


 慌てふためいた警官達だったが、最終的に不法投棄が瞬間的に行われた、と結論付けた。


 あり得ない話なのだが、不可能を全て取り除いた後に事実が残る。真実を捨てて事実を採るのは、常識的には致し方のないことだった。


「うぃーす。久しぶりっすね一色いっしき兄さん」

「兄さんはやめろ。施設を出てから何年経ってると思ってんだよバカヤロー」


 五歳年上の一色誠、同じ施設で育った俺の兄貴分は、眉を寄せながら笑った。


「一応な、お前の職場……ええっとなんて言ったっけな?」

「異世界荘っす」

「あぁ、そこのオーナーとは連絡がついた。晴れて無罪だな。結果的にはこちらのミスだが、まぁ許せ」


 業弾に借りを作るのは癪だが、他に方法はなかった。

 俺とアルルーシュカの身元引き受け人は奴しかいないのだ。

 あのつるりとした顔が含み笑いするところを想像すると身の毛がよだつが致し方ない。


「それにしても酷いっすよ。盗撮魔が居たのにスルーして善良な市民を逮捕っすよ。これ、不祥事じゃないかなぁー?」

「何だ俺を脅すのか? 寝言は寝てから言えよコノヤロー。そもそもお前の目つきが悪いのが原因だろうが。少しは手前ぇの顔面を理解して行動しやがれ」


 酷い言い様だが結局のところ、俺がアルルーシュカを連れて公園に入った段階で通報されていたらしい。酷い世の中だ。


「まぁ、それでも学生の頃に比べりゃ、相当マシにはなってるがな。あの頃は何人か殺してきたようなつらしてたからな」

「いやいや、一色兄さんには敵わないっす。あの悪党が刑事してるとか世も末ですわー」

「うるせぇよ。俺のことはいいんだよ。それよりやっぱアレか? さっき迎えに来た可愛い子がお前を変えたのか?」


 誰のことだと一瞬思ったが、サキとアルルーシュカの顔が脳裏に浮かぶ。


「あぁ、図星か。相変わらず分かりやしぃな、お前は」

「なんすか? 何か文句あるんすか?」


 口を尖らせる俺のおでこにデコピンが見舞われる。

 昔と同じだ。施設にいた頃から、俺を叱る役目は一色先輩だった。


「いーや、何も。お前さ、今幸せだろ?」


 そして昔と同じように、俺の内面を見透かしてニヤリと笑うのだ。全くもって兄貴と言う奴は……


「まーまーっす」


 ふてぶてしく返す。

 気づくと俺も昔に戻っていた。素直になれない子供の自分に。




 入り口で待っていたサキに事の顛末を語ると、呆れたような笑い声をあげた。

 終わってみれば笑い話なのだが、実は終わってはいない。


 サキには認識阻害をかけてアルルーシュカと飛んでもらった。今頃は異世界荘についている頃だろう。


 俺は適当な理由をつけて徒歩で帰宅することにした。

 時計を見ると10時過ぎ。田舎の道は暗い。奴にとっては絶好の機会のはずだ。


 俺のパンツのポケットには、奴のカメラが入っていた。土の精霊(ピグミー)が土に還る前に俺へ渡しのだ。

 奴にとっては危険な物的証拠だと言える。


 もし何事もなければそれでもいい。

 しかし歪んだ性癖は矯正が効かないという。

 ならばアルルーシュカに粘着する可能性も否定できないのだ。出来れば後の憂いは絶っておきたかった。


 例の公園は警察署と異世界荘とを結ぶ直線上に位置している。

 俺の住処を知らない奴が張っているとしたら、このあたりしかない。


 公園の入り口に設置している車止めに寄りかかりタバコに火を灯す。

 立ち昇る紫煙が青い街灯を受けて不気味に見えた。


 10分は戦えるアメリカンスピリッツの根元で火種が弾ける頃、公園からジャリっと砂を踏む音が聞こえた。

 息を潜めているのだろうが、逆に緊張感で空気が張っている。

 息遣いまで聞こえそうだ。


「おい、いるんだろ? これを返してもらいたいんだろうが?」


 不意打ちは諦めたのか奴が姿を見せる。

 おや? と思った。

 昼間は気持ちの悪いただのロリコン野郎だったが、防犯用の青い街灯の下ではまるで異世界から来た怪物モンスターのように見えたのだ。


「……返せよ。DQN」

「ど、え? なんて?」

「カメラを返せって言ってるんだ。僕の天使を見つけたんだ。邪魔をするな」


 恍惚と薄気味悪く笑いながら、右手のバットを振るう。

 危ない奴だなぁとは思ったが、想像以上だ。


「阿呆。その天使ちゃんはうちの子だ。お前にゃ写真でももったいない」


 ポケットからカメラを取り出すと、色めき立つ奴の目の前で粉々に踏み砕く。


 さて、どう出る? と思って視線をあげると、予想に反して奴は無言で駆けてくる。

 半狂乱で叫び声でも上がるかと思ったのだが、虚ろな瞳が一層不気味だ。


 奴は直線的に走りながらバットを振り上げる。喧嘩慣れしていない証拠だ。

 振り上げた得物は、振り下ろすしか選択肢はないのだ。


 軌道の読める攻撃を難なく避ける。

 それと同時に俺は渾身の一撃を横っ面に見舞った。


 奴は派手に吹っ飛ぶと、ジャングルジムにぶち当たって仰向けに倒れる。


 もう立てられるはずはない。

 綺麗にカウンターになったのだ。死んではいないが、朝まで目を覚ますことはないだろう。

 今では恥ずかしいのだが、かつては数々の喧嘩をしてきた経験則から間違いはない。


 バットを蹴り飛ばし、警戒心をときながら奴に近づく。財布の中に免許証くらいは入っているだろう。住所と名前を確認しておきたい。


 そう思って手を伸ばした時だった。


 視界の隅で何かが鈍く光った。

 反射的に仰け反る。間一髪、目の前をナイフの切っ先が横切った。


「おいおい。嘘だろ?」


 瞬間的に距離をとり、そして少しばかり驚いた。

 立ち上がってきたのだ。ゆるりと、面倒臭そうに。

 ありえない。あの一撃は巨体の格闘技経験者でも立ち上がれないほどの手応えがあったのだ。


「邪魔するな邪魔するな邪魔するな邪魔するな」


 泡を吹きながら独り言を言う。黒目が裏返り、黄ばんだ白目が血走っていた。

 尋常ではない。まるで人間を辞めてしまったかのような姿だった。


 そして、確かに人間を辞めていた。


 奴はバットがないことに苛立ったのか咆哮すると、ジャングルジムの鉄柱を両手で掴む。それをあろうことか、ねじり切ってしまったのだ。


 驚くと言うよりは、むしろ呆れた。

 この辺り、異世界荘の住人を毎日見ている影響だろうか。

 ねじれて鋭利となった先端が、俺へ向く。


「へっ。まだやろうってことかよ。一応言っとくがな、死ぬなよコノヤロー!」


 一気に距離を詰める。

 リーチがある凶器を持った相手だ、まずは懐に入ってしまえばいい。おあつらえ向きに、奴の動きは緩慢だ。


 地を這うように駆けると、そのまま勢いをつけて肝臓を撃つ。常人なら地面に転がって悶える一撃だ。

 やったか、と思ったが、しかし無感動に奴の凶器が走る。


 それをかわしながら、さらに鼻を殴りつける。

 ぐしゃりとした気持ち悪い手応えが拳に伝わるが、それでも奴は鉄柱を振り回す。


 もう無茶苦茶だ。

 頬は晴れ上がり、鼻からは滝のように血が滴る。

 これ以上やったら、死んでしまうかもしれない。そう思った時、変化は唐突に訪れた。


 突然動きを停止した奴は、身体を痙攣させると顔面から地面に突っ伏した。

 その体から、湯気のような、煙のような可視化できる空気の塊が立ち上る。


「やあやあ成瀬くん。君の仕事はここで終わりだね。後は僕の領分さ」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえる。よく通る、まるで読経のような美声。


「業弾か。と言うことは、コレはアッチの?」


 今や男の体から離れ、逃げるように漂う空気の塊を指す。


「だねぇ。悪意に取り付く怪物モンスターさ。依り代が危険になったから出てきたんだろうよ。傾くと軽いのから流れてくるから……まったく始末に悪いね」


 ものぐさそうに零すと、問い詰めようとする俺の機先を制して腕をあげる。


「まずはアレを元の世界に強制送還だね。後は……まぁそこで伸びている男は、放っておいても死にはしないさ」


 右手の数珠がひと玉宙に弾ける。

 弾丸のように飛んだ数珠は、怪物モンスターに当たると一瞬で吸引し、その場で静かに落ちた。


 業弾はやれやれと愚痴りながらそれを拾うと、懐に入れて俺に背を向ける。


「ちょっと待てよコノヤロー。少し聞かせろ。さっきのはなんだったんだ? それに傾くって……」

「さっきも言ったけど、これは僕の領分さね。君も知ってるだろ? 僕のもう一つの名前」


 肩越しに振り返る顔は、いつものようにつるりとした笑顔だ。


「……釈迦如来」

「今後はさ、こんな事も度々になるから気をつけてね。あーあ。僕は本当に君には甘いね」


 肯定も否定もせず神妙に言うと、業弾はヨタヨタと暗闇に消えていった。





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