第99話「決闘の後始末-2」
「この辺りなら人の目も耳もないでしょう」
「はい」
カイリさんが救護室から出ていくのを見送った後、何時までも留まっていても仕方がないという事で、俺とメルトレスたちも救護室の外に出る。
で、俺としては用務員小屋に戻って今日はもう休みたいところであったのだが、闘技演習が終わった後、わざわざ俺の事を探してやってきてきれたメルトレスたちをこのまま返すわけにもいかないので、適当なあまり人目のない廊下で話をすることになった。
「では、ティタン様。早速ではありますが、まずは初めての闘技演習での勝利、おめでとうございます。とても素晴らしい戦いでした」
「ありがとうございます」
メルトレスの称賛の言葉に、俺は小さく頭を下げつつ礼を返す。
ただ、あの決闘が素晴らしい戦いだというメルトレスの評価は……正直、受け取れない。
それにはメルトレスが俺に対して妙な好意を抱いていて、その好意によって俺にとって良い形に評価が捻じ曲がっている可能性があると言う点もあるが、主観的に見ても客観的に見ても、あの戦いはとても素晴らしいとは言えないと言う点もある。
「ご不満……そうですね」
「……。申し訳ありません。顔に出ていましたか」
と、どうやら顔に出てしまっていたらしい。
メルトレスが若干不満そうな顔で俺の事を見ている。
「いえ、でもどうしてご不満なのですか?」
「理由は……まあ、色々とあります。ただ、総評してしまうなら……そうですね、やはりまだまだ俺は修練不足であり、修めるべき事柄を修められていないからこそ、不満や不足を感じているのだと思います」
だが、俺が修練不足である事は誰の目から見ても明らかである。
攻撃用の紋章魔法が使えないのはまだいいとしても、手札が『ぼやける』と『黒煙』だけと言うのは、俺が紋章魔法を覚え始めて間もない事を加味しても駄目だろう。
そしてそれ以上に駄目なのが、『血質詐称』の解除と言う人ならざる力を用いた上に、その人ならざる力を利用して行ったのが、ただの『黒煙』の強化版と言う点。
あの時俺が用いた『黒煙』の紋章魔法は、あの黒い獣の血と魔力を利用して無理矢理に成立させたものであり、闇属性紋章魔法を専門に学んでいる人が見たら失笑ものだろう。
もっと効率よく同じ効果を生み出せるとか、それだけの魔力を煙を生み出す事にしか使えないとか、そんな感じで。
なので、次にまた『血質詐称』の解除を行うならば、その時にはもっと妖属性と闇属性の紋章魔法を使えるようになっておくべきだろう。
つまり、まだまだ俺は勉強不足なのである。
「……。流石はティタン様。自らの力にも勝利にも驕ることなく、次を考えていらっしゃるのですね。素晴らしい向上心だと思います」
「は?えーと……」
と、此処で俺は改めてメルトレスの方を見て、困惑する。
俺の言葉をどう解釈したのかは分からないが、メルトレスは頬を赤らめ、目を輝かせていたからだ。
ああいや、向上心があるのは間違いないのかもしれないが……頬を赤らめる意味があるとは思えない。
一体どうなっているんだ?
「……」
俺はゲルドとイニムに救いを求めるような視線を向ける。
すると、二人は仕方がないという様子を見せつつも、話の転換を図ってくれた。
「ティタンさん。私からも質問です。あの姿が変わった力は例の獣の力ですか?」
「ええ、簡単に言ってしまえばそんな所です。詳しい事情は学園長に話してからにさせてください」
「そうですね。それが良いと思います」
ゲルドの話は『血質詐称』についての話だ。
ただ、『血質詐称』についてメルトレスたちに明かすのであれば、それは学園長の許可を受けてからにすべきことだろう。
安易にその正体と詳細を……『破壊者』が言うにはどちらも俺ではあるらしいが、肉体的にはあちらの獣の姿こそが本来の俺であるという事実は隠すべきだろう。
俺の身の安全以上に、俺の身体を紋章魔法の素材として利用された場合が恐ろし過ぎる。
「ちなみに髭は?」
「たぶん副作用です」
なお、『血質詐称』を解除していた影響なのか、今の俺の髭は放置した場合に伸びる限界まで伸びている。
見た目の変化しかないので、特に気にすることでもないが。
「ティタンさん。以前、メルトレス様に骨細工を見せるという話がありましたけど、そちらについてはどうですか」
「見せる?ああいや、はい、そうでしたね」
イニムからの話は骨細工について。
俺はてっきり骨細工を贈るものだと思っていたが、考えてみれば、メルトレス自身は見せてとしか言ってなかったか、ソウソーさんの台詞で勘違いしていた。
まあ、メルトレスが欲しいと言ったり、そんな様子を見せたら、そのまま贈るぐらいのつもりでいればいいか。
「もう完成していますので、仕事が無い時であれば、何時でも大丈夫です」
「本当ですか!?」
「え、ええ……ただ、以前も言ったと思いますが、贈るつもりで造ったとはいえ、素人が趣味で作ったものです。あまり期待はしないでくださいね」
「はい!」
メルトレスの詰め寄り方に俺は思わずのけぞりながら答える。
ええと、本当に分かっているのだろうか……メルトレスは。
とりあえずあれだ、視線と口パクでゲルドとイニムの二人には、予め首飾りを見せる事を伝えておこう。
「……」
「「……」」
うん、たぶんだけど伝わった。
適当なタイミングで一度送ってください的なジェスチャーと視線を返してきてる。
「ティタン様?」
と、メルトレスが俺の事を訝しげな目で見てきている。
正直、距離が近すぎて、色んな意味で心臓に悪い。
「では、メルトレス様。三週間後に丁度開いている日がありますので、そこでお茶会を行い、そこで見せて頂くというのはどうでしょうか?」
「それと姫様、もう少し離れてください。ティタンさんが困っています」
「あ、ごめんなさい、ティタン様……。と、そうね。茶会についてはそれでいいと思うわ。ティタン様も大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。詳しい日付が決まったら、教えてください」
「はい!」
そうして俺とメルトレスの話は終わった。
なお、ここだけの話ではあるが……メルトレスとの会話は、ライとの決闘以上に緊張し、疲れた感じがした。




