第90話「第一決闘-5」
「ブ、ブラウラトオオォォ!!」
地属性下位紋章魔法『土塁』の上に登る事によって辛くもセーレの『氷刃激流』を免れたウィドの叫び声が、闘技演習場に響き渡る。
「はぁはぁ……これで後は一人!」
「一気に攻め込むぞ!」
だが、誰か一人が場外送りになった程度で止まるほど、二対二での闘技演習と言うのは温いものではない。
大量の魔力消費と体温低下に身体を震わせつつ息を切らしているセーレも、風属性下位紋章魔法『跳躍』によって巻き込まれないようにしていたハーアルターも、魔法が発動し終わると同時にウィドに向けて動き出していた。
「『炎の五本指』!」
「ぐっ……『茨の柵』!」
ハーアルターが折れた左腕の痛みを堪えつつ、『炎の五本指』をウィドに向けて放ち、それを見たウィドは慌てて『茨の柵』による防御を行う。
「舐めてんじゃねえぞ!下級生風情があぁぁ!『茨の種』!!」
ウィドは地面から生えた茨の柵によってハーアルターの攻撃を防ぐ事に成功すると、茨同士の隙間に筒を押し込み、『茨の種』をハーアルターに向けて放つ。
「当たるか」
「それに隙だらけ!『水球』!」
「ぐっ!?」
だが、単独で放った『茨の種』は難なくハーアルターに避けられ、その隙を突くようにセーレが水属性下位紋章魔法『水球』で棒の先端に水の塊を造り出し、投擲。
液体である水の塊は隙間だらけな茨の柵をすり抜け、ウィドの顔面に当たって弾け、ウィドの頭をずぶ濡れにする。
「『冷却』!」
「っつ!?喰らって堪るか!」
『水球』を放ったセーレは流れるように氷属性下位紋章魔法『冷却』をウィドの頭に向けて放つ。
これが決まれば『水球』によって濡れた頭が凍りつき、そのまま致命傷判定になっただろう。
が、ウィドは間一髪のところでセーレの狙いに気づき、『茨の種』の紋章が入っている筒を手放して横に跳ぶことで、致命傷を負う事を回避した。
「『火の矢』!」
「『土塁』!」
そして、跳んだ先に狙って放たれたハーアルターの『火の矢』も、『土塁』を自身の前に展開する事によって防ぐ。
それと同時にウィドは気づく。
「ちぃ!回り込むぞ!」
「お願い!」
「はぁはぁ……(そうだ。よく考えてみろ。クソ生意気な一年の方は左腕が折れてんだ。屑平民の三年は魔力切れを起こしかけてる。だが俺は消費はあっても傷は負っていない。なら、どちらかを仕留められれば、俺の勝ちは揺るがない。一対一での正面戦闘なら、俺が遅れをとる事なんて無い)」
ハーアルターはブラウラトの一撃で骨折し、今も痛みを必死に堪えている状態だと。
セーレは謎の魔法によってブラウラトを倒したが、その反動で『水球』と『冷却』と言うセーレの腕なら一体化させることも可能な筈の紋章魔法を、わざわざ分けざるを得ない程に消耗している事実に。
どちらか一人でも倒せれば、消耗の少ない自分が有利であると言う現実に。
「決着を……」
「目に物を見せてやるよ!一年!」
この時ハーアルターは『土塁』によって生み出された土の壁を回り込むようにして接近し、腕を伸ばしつつ跳べばウィドの身体を掴めるのではないかと言う距離まで来ていた。
だがその距離はウィドの切り札の射程圏内だった。
「『茨の森』!」
「っつ!?」
木属性中位紋章魔法『茨の森』。
自身の周囲に乱雑に、けれど人が逃げるスペースがない程度には高密度に、そして肉が裂ける程度には硬くて太い茨を発生させ、敵を攻撃する紋章魔法であり、ハーアルターの居る距離では、前後左右どころか上に跳んだとしても確実に全身を貫かれて致命傷判定を喰らう攻撃である。
「にぃ……」
故にウィドは笑った。
直に自分の目の前で起きるはずの出来事を思い浮かべて。
「なっ!?」
だが直ぐに気付いた。
完全な不意討ちであったはずなのに、ハーアルターにまるで驚いた様子がないと言う不可解な事実に。
しかしそれは当然の事だった。
「(まさかソウソーさんの言った通りとはな……)『魔切り』!」
ハーアルターが魔法を発動しながら、右手を自分の足元に向けて振るう。
ただそれだけで、ウィドにとっては信じられない事に、ハーアルターにとっては当たり前の事として、ハーアルターの足元から生えるはずだった茨が生えなくなる。
「ぐっ……」
だが、全てが上手くいったわけではなく、極端に低い軌道で生えた一本の茨がハーアルターの腰に提げられていた魔具の本を吹き飛ばし、切り裂いていた。
「そんな馬鹿な……(何が起きた!?何故あの一年の足元から茨が生えなかった。あの位置は確実に茨が生える位置の筈だぞ!?)」
この時、ウィドは完全なパニック状態に陥っていた。
間違いなく起こるはずの現象が起きないと言う状況に、ウィドはまるで自分自身に裏切られたかのような感覚に陥っていた。
故に、ハーアルターが魔具である本を失った上に、『茨の森』によって生み出された無数の茨に邪魔されて、その場から大きく動けない事に変わりない事実に気づけなかった。
「くっ……(くそっ、何か手はないのか!?手を伸ばせば掴める位置にまで来ているんだぞ!手は……そうだ!)」
対するハーアルターの迷いは一瞬だった。
確かに本は失った。
破損状況から考えて、この決闘中はもう頼れない事は間違いなかった。
そして思い出す。
本を失うと言う万が一の事態に備えて、懐に一枚のプレートを潜ませておいた事と、そのプレートがどのような紋章魔法の紋章になっているのかを。
「はあああぁぁぁ!!」
「なっ!?」
ハーアルターは躊躇わなかった。
ウィドに向かって跳躍し、茨が手と腕の皮を裂く事も気にせずに手を伸ばし、ハーアルターはウィドの制服の襟を掴むことに成功する。
そして唱えた。
「『火炎』!」
「まっ……」
ハーアルターの使った紋章魔法の名は、火属性下位紋章魔法『火炎』。
下位紋章魔法と言う枠の中で存在する全てのリソースを燃焼と破壊に回した、人一人を燃やすには十分すぎる火力を有した魔法である。
「ぎゃあああぁぁぁ!?」
ウィドの全身を炎が包み込む。
火を消そうと、叫び声を上げつつウィドはその場で転げまわろうとするが、魔法によって生み出された炎はその程度で消えるほど弱いものでは無かった。
「あ、あ、あ……」
「僕たちの……」
やがて演習闘技場に仕掛けられた魔法によってウィドの身体が消え、退場させられる。
それはつまり……
「勝ちだ」
「「「ーーーーーーーーーー!!」」」
ハーアルターとセーレの勝利が決定付けられたと言う事である。
注意:本作の主人公はティタンです(なお、およそ一週間登場していない模様)
03/22誤字訂正




