第9話「用務員試験-4」
「「「かんぱーい!!」」」
俺はリンゴを絞ったジュースが入った杯を片手に持ち、それをゴーリさんたちが持つ杯と軽く接触させる。
そして俺たちの乾杯の掛け声に合わせる様に、周囲からも乾杯の声が上がる。
「いやぁ、いつの間にか大人数になっちまったな」
「祭り好きの連中に漏れたからな。仕方がない」
「酒を飲む口実が欲しい奴は多いでやんすからねぇ」
「……」
陽がすっかり落ちた用務員小屋の前には、気が付けばゴーリさんたち以外に沢山の人たちが集まっていた。
格好からしてその大半が教職員と用務員であるらしいが、俺とさほど歳の変わら無さそうな人……恐らくは学園の生徒らしき姿も少しだけある。
どうやら、俺の狩猟用務員試験合格を口実に、酒や肉を食べたい面々がこの場には集まって来ているらしい。
うーん……教職員はともかくとして、生徒たちは居ていいのだろうか……。
「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ、祝い事は皆でやってナンボじゃよ」
「それもそうですね」
まあ、この場に学園長が居て、学園長が彼らを咎めないのだから、問題はないのだろう。
それと、酒と肉を楽しむのが主目的で、俺の事を祝うのが口実だったとしても、彼らが俺の合格を祝ってくれていることには変わりない。
なので俺は素直に喜んでいけばいいだろう。
「さて、それじゃあ改めて自己紹介でもいっておくか」
「そうだな」
「そうっすね」
「はい」
ジュースと食事を楽しんでいたところ、ゴーリさんがそう言って、酒の入った杯を机の上に置く。
「俺の名前はゴーリ・キオーガ。王立オースティア魔紋学園狩猟用務員の班長だ。そうだな、ゴーリ班長とでも呼んでくれれば良い。これからよろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします。ゴーリ班長」
まず自己紹介をするのはゴーリ班長だ。
「得意魔法は火属性と木属性の強化魔法、それと一応は回復魔法も使える」
「凄いですね」
「ま、それ専門に学んで、鍛えたからな」
ゴーリ班長は笑顔を浮かべつつ、右腕に大きな力こぶを作ってみせる。
そうやって分かり易く力を誇示する点からして、ゴーリ班長の強化魔法は鍛え上げられた肉体を更に高めるような魔法なのかもしれない。
となると……もしかしたらブラッドベアと正面から殴り合うぐらいの事は出来るのかもしれない。
うん、もしそうなら本当に凄い。
「次は俺だな。俺はクリム・ゾンロール。得物は投擲用と刺突用、二種類の槍だな。これに火属性と天属性の攻撃魔法を組み合わせている。これからよろしく頼む」
「ちなみにクリムは元傭兵でやん……あいだだだ!」
「クリムさんだ。お前はいつも調子が良すぎるぞ」
「痛いっす。痛いっすよー」
「へー」
ゴーリ班長に続いてクリムさんが自己紹介をする。
槍については投擲用と思しき短槍が腰のベルトに収まっているので分かるが、天属性と言うのはよく分からない。
木属性も天属性も屋敷に居た頃に教わった気もするが……うーん、どういう属性だっただろうか?
クリムさんの脇でソウソーさんが頭を締め付けられているのは気にしないでおこう。
「でもクリムさん。傭兵がどうして用務員に?」
「色々とあってな。機会があれば話そう」
「分かりました。これからよろしくお願いします」
「ああ」
それにしても元傭兵か……今のオースティアは戦争が無いし、傭兵と一口に言っても、様々な種類がある。
一体クリムさんはどういう種類の傭兵だったのだろうか?
今は訊けないらしいが、機会があれば聞いてみたい所ではある。
「痛た……じゃっ、次はあっしでやんすね。あっしはソウソー・スクイル。武器は弩と短剣を使っているでやんすが、メインは風・雷・妖属性の魔法による索敵、罠、捕縛など、他のメンバーの補助っすね。よろしく頼むっすよ」
「よろしくお願いします」
俺はソウソーさんと握手をする。
それにしても妖属性?
また、分からない属性が増えてしまった。
いやまあ、俺は紋章魔法の基礎すら碌に知らないのに対して、ここは国一番の学園なのだから、知識量に差があるのは当然なのだけれど。
「分かっていると思うが、ソウソーはかなりのお調子者だ。気をつけろ」
「ちょっ、ヒドイっすよー」
「学生時代に散々俺らの事を悩ませたいたずら坊主四人衆の一角が何を言っていやがる」
「昔の話っすよー」
「えーと、気をつけます?」
「ティタンのうらぎりものー」
俺の前では三人が歳の離れた兄弟のように、楽しそうな雰囲気を醸し出している。
それと、今の話の流れからして、ソウソーさんは学園の出身者であるらしい。
歳も近そうであるし、もしかしたら兄とも知り合いであるのかもしれない。
今は訊けなさそうだが。
「じゃっ、最後だな」
「はい」
さて、最後に俺の自己紹介である。
「ティタン・ボースミスです。ボースミス伯爵領コンドラ山で6年間狩人をやっていました。武器は弓を使います。魔法は『発火』しか使えませんが、よろしくお願いします」
と言っても、ゴーリさんたちが俺が持ってきた書類と言う名の推薦状で、既に知っている事ぐらいしか、自己紹介で話す事は見つからなかったが。
「おう、よろしく頼むぜ。ティタン」
「よろしく頼む」
「よろしくでやんすよー」
「はい」
そうして挨拶が終わった後、俺は軽く食事を楽しみつつ、他の教職員や用務員の方々と挨拶を交わしたりして、この場を過ごしていた。
そんな中、ゴーリさんが話しかけてくる。
「ティタン、一つお前に質問だが、お前は『発火』以外の紋章魔法を使えるようになりたいと思うか?」
「機会があれば学びたいとは思っていますけど……」
「そうか、なら明日にでも職員登録ついでに、適性検査もやっちまおう」
「いいんですか?」
俺の言葉にゴーリさんはニコリと笑う。
「ティタン、ここは王立オースティア魔紋学園なんだぜ。それもただの学び舎じゃなくて、紋章魔法を学ぶための場だ。職員が自分の力を高めるための努力を手助けしないはずがない」
「それじゃあ……」
「狩猟用務員としての仕事が優先ではあるが、暇な時間には色々と見たり聞いたりするといい、色々と得られる物があるはずだ」
「はい、分かりました」
「じゃっ、明日からの為にも、今日は沢山食っておけよー」
ゴーリさんはそう言うと、俺の皿の上に大量の焼けた肉とヤキノコを置いて、何処かに去って行く。
「……」
明日からは全く未知の世界に挑むことになるかもしれない。
が、俺の胸には期待と希望の芽が確かに芽生えていた。
ちなみに先輩方は全員妻帯者です