第89話「第一決闘-4」
本日は二話更新になります。
こちらは二話目です。
「『波が足濡らす。浜でただ帰り待つ乙女の足濡らす』」
「歌だぁ?俺たちの事を舐めてんのか?」
「何かを狙ってはいるんだろうよ。ただ舐めているのは確かだな」
突然の歌にブラウラトとウィドの二人が困惑する中、セーレが『氷壁』によって生み出した氷の壁が崩れ落ちる。
「……」
「でなきゃ、一人で俺たち二人を相手取ろうなんて考えるはずがない」
「ちっ、舐めやがって。ぶっ飛ばしてやる」
氷の壁が崩れ落ちた先には、両手をウィドとブラウラトの二人に向け、挑発的な笑みを浮かべるハーアルターの姿があった。
そして、その姿はウィドとブラウラトの二人を挑発するには十分すぎるものだと言えた。
「『風が吹く。北の風、冬の風、冷たき冷たき波が打ち寄せる』」
「『加速』!」
「『茨の種』!」
「来たか……『炎の五本指』」
ウィドとブラウラトが『茨の柵』の裏側から二手に分かれて飛び出す。
対するハーアルターも、二人の姿を視認すると同時に動き出し、ウィドに右手を、ブラウラトに左手を向ける。
そして、ウィドが『茨の種』を放つのと同時に『炎の五本指』を展開、発射し、『茨の種』を撃ち落とすと同時にウィドを牽制し、再び『茨の柵』の向こう側へと追いやる。
「良いものを見せてやるよ!『地伝撃』!」
「っつ!?」
だがそれは陽動だった。
ハーアルターの視線がウィドへと向かっている一瞬の間に、ブラウラトは『加速』によって強化された脚力を生かして移動し、緑色の光を発しながら右手を地面に叩きつけていた。
ブラウラトが使ったのは、地属性中位紋章魔法『地伝撃』、地面を伝う形で直線状に衝撃波を伝えて相手を攻撃する紋章魔法であり、闘技演習場のルールならば、一撃で退場に追い込めるだけの威力を持った魔法である。
「『雪が降り、霜が降り、骨身凍てつき、されど心は燃え上がる』」
「はっはっは!まずはこれで一人!」
「くっ!」
そして、そんな威力の衝撃波が埃を巻き上げながら向かう先はハーアルターではなく、目を瞑って詠唱に集中しているセーレだった。
ブラウラトの笑いは、ハーアルターの手札に自分の魔法を止める魔法はないと確信したが故の笑いだった。
「『魔切り』!」
「何っ!?」
だがブラウラトの予想は裏切られる。
ハーアルターがキーワードを唱えながら、衝撃波の進路上に向けて左手を振るうと、それだけで魔法がそこで終わってしまったかのように、衝撃波が止んでしまう。
魔法の名前は魔属性下位紋章魔法『魔切り』、展開途中の魔法に対して使用することで、それ以上に魔力を注ぎ込めなくし、その時点で展開を停止させる対紋章魔法用の魔法である。
「だが、がら空きだ!『茨の種』!」
「『下流風』!」
しかし攻撃は止まない。
ブラウラトに続けてウィドが『茨の種』を複数、横に移動しながらセーレに向けて撃ち込もうとする。
そのため、ハーアルターはブラウラトから視線を外し、風属性下位紋章魔法『下流風』を発動、ウィドの放った『茨の種』を広範囲に及ぶ強烈な風によって撃ち落とさざるを得なかった。
「『彼は何時来る何時来ると呟けど彼は来ず、それでも乙女は待ち続ける。その肉に熱が無くなれど』」
「小賢しい真似してくれんじゃねえか……『全身土纏い』!」
その隙を見逃すブラウラトでは無かった。
ブラウラトは地属性中位紋章魔法『全身土纏い』を発動させ、全身を土の鎧で覆うと、『加速』の魔法によって強化された脚力をもってハーアルターへと突貫をする。
「っつ!?『突風』!」
「んなそよ風が効くかよおぉ!」
ブラウラトの接近に気付いたハーアルターは、ブラウラトに向けて『突風』を放つ。
が、全身を土の鎧で覆う事で重量が大きく増したブラウラトの身体は、強烈な風を受けても僅かに勢いが落ちただけで、ハーアルターの魔法は殆ど意味は無かった。
「おらぁ!」
「ーーーーー!?」
ハーアルターはブラウラトの拳を咄嗟に左腕で受け止めた。
左腕から骨が折れる音が響き、感じた事がない程の痛みにハーアルターの顔が苦悶の表情へと変化する。
だがそれだけでは終わらず、ブラウラトの拳の勢いに押されて、ハーアルターの身体は宙に浮きつつあった。
そして、視界の端ではウィドが再び『茨の種』をセーレに向けて放とうとしていた。
「ぐっ……(こんな連中に……)」
絶体絶命と言う他ない状況だった。
だが、ハーアルターはそこで諦めるような柔な人間ではなかった。
「『乙女は待つ。彼を抱く為に氷よりなお冷たき潮を腕とし、氷牙を爪として……』」
「『追い風』『火の矢』『下流風』!(負けて堪るか!!)」
「「!?」」
場外に向けて吹き飛び始めたハーアルターの身体を『追い風』の魔法がその場に留め、『火の矢』の魔法が『茨の種』を撃ち落とし、『下流風』の魔法が重いブラウラトの身体をその場に押し付けた。
「セーレ!」
「『二度と離さんが為の旋律を口ずさみ待つ……』」
そしてハーアルターはセーレの名前を叫ぶ。
これ以上の時間稼ぎは出来ないと、だがそれと同時に魔法を放つ好機であると言う想いを込めて。
「なっ!?」
「っつ!?どうなってる!?」
ハーアルターが名前を叫んだことで、ブラウラトもセーレの方を向き、『火の矢』によって一瞬視界が潰れていたウィドもセーレの姿をもう一度狙うべく見た。
そして二人は……驚いた。
一瞬のうちに、闘技演習場と言う乾いたこの場で、全身に霜が降り、吐息を白くし、髪を濡らした状態に変化したセーレの異様な姿に。
「『顕現せよ。氷河の歌姫』」
セーレの姿は紋章に注ぎ込まれた魔力が漏れ出て、それぞれの魔力に応じた現象へと勝手に変換された結果だった。
セーレの本からはいつの間にか水属性を象徴する青と、氷属性を象徴する銀色の光が激しく発せられるようになっていた。
「『氷刃激流』」
セーレの発動した紋章魔法の名前は、水氷複合中位紋章魔法『氷刃激流』。
本来ならば、細かい氷の刃を含んだ冷水を勢いよく放つ事によって、物理と熱の両面から敵にダメージを与える魔法であり、その規模はせいぜい人一人の上半身を覆える程度である。
だがこの時セーレが放った『氷刃激流』の規模は、本来のそれからは大きくかけ離れていた。
「『跳躍』」
水の量は舞台全体を押し流すのに十分な量だった。
「ひ……『土塁』」
氷は杭のような大きさと太さであり、数は数えきれないほどだった。
「なっ……」
そして、氷水の冷たさは真冬の海と同じかそれ以上に冷たく、勢いは荒れ狂う海のようだった。
「呑まれろ!!」
「馬鹿なああぁぁ!?」
そうして、もはや上位紋章魔法と比べても遜色がない程の威力と規模で放たれた『氷刃激流』はハーアルターの攻撃によって動きが止まっていたブラウラトを容赦なく呑みこみ、突き刺し、凍えさせ……演習闘技場に仕掛けられた紋章魔法の効果によって、場外へと転送した。
なお、セーレの詠唱は全八段階中の六段階目で止まっています。
以下、八段階全文
10 「唄を謳おう、寄せては返し、返しは寄す細波と乙女の唄を」
21 「波が足濡らす。浜でただ帰り待つ乙女の足濡らす」
35 「風が吹く。北の風、冬の風、冷たき冷たき波が打ち寄せる」
54 「雪が降り、霜が降り、骨身凍てつき、されど心は燃え上がる」
80 「彼は何時来る何時来ると呟けど彼は来ず、それでも乙女は待ち続ける。その肉に熱が無くなれど」
115 「乙女は待つ。彼を抱く為に氷よりなお冷たき潮を腕とし、氷牙を爪として、二度と離さんが為の旋律を口ずさみ待つ」
161 「乞い願い、夢見、微睡み、彷徨い歩きて、遂ぞ待てぬ乙女は彼は何処ぞと、懐かしき温もり探し求め、雪降らせ、波間往く」
220 「愛しき君よ。愛しき君よ。私と共に参ろうぞ。凍える波間に氷の格子、白く美しく永遠に変わらぬ世界へと参ろうぞ。二度と離れぬように、動かぬように皆熱削ぎて。顕現せよ、氷河の歌姫」
数字は……ただ、強化を比で表しただけです
03/22誤字訂正




