第85話「決闘準備-6」
「以上が今回私が立会人になった経緯になります」
「なるほど」
ティタンたちとライ・オドルたちの決闘が行われる事が決まった日から三日後。
女子寮である光の塔にあるメルトレスの部屋を、華美な鎧を身にまとった若い赤髪の女性が訪れていた。
「では、改めて確認をさせていただきます」
「はい」
「今回闘技演習と言う名目で決闘が行われる事が約束された場に居たのは、決闘を行う六名と、その友人二名、そしてメルトレス様たち三名だけだった」
「その通りです」
メルトレスが赤髪の女性の言葉に間違いはないと答える。
部屋の中に居るゲルドとイニムの二人も、今のところは口を挟む必要はないと分かっているため、メルトレスの後ろで揃って黙っている。
「なので私たち三人が立会人を務めることに致しました」
「なるほど。立会人は出来る限りその事態についてよく知っている、公正公平な第三者であることが大原則。そう考えた場合、決闘を行う六名……ライ・オドル、ウィド・フォートレー、ブラウラト・デザート、ハーアルター・ターンド、セーレ・クラム、ティタン・ボースミスが後から準備した者では、あらゆる面から不適当と言えます」
赤髪の女性は手元のメモを見ながら、話を進める。
「そして今回の決闘の参加者であるライ・オドルの地位と性格を考えた場合、最低でも伯爵位以上にある者でなければ、決闘を行う者やその周囲、立会人に対してどのような妨害工作が行われるか分からない」
「本当はそんな事などないと思いたいのですけれど、ライ・オドルは普段の態度が態度なので、信用が出来ないのです」
「……」
メルトレスの言葉をあえて聞かないふりをしつつ、赤髪の女性はメモに何かを書き加える。
「具体的な例を挙げた方がいいですか?」
「いえ、そちらについては私の職務ではありませんので、遠慮させていただきます。私の目的はあくまでも、メルトレス様が決闘の立会人になった経緯を調べる事ですから」
「そうですか」
メルトレスの表情は変わらない。
『鋼鉄姫』とも称される通りの態度を見せ続けている。
「まあ、それを調べる過程で、他にも情報を得て、上に報告するべきだと判断したのであれば、報告書にも記載はしますが」
「ふふふ、ありがとうございます」
「職務ですから」
赤髪の女性の表情も変わらない。
ただ、今回の決闘に参加する六人について、既に何かしらの情報は得ているのだろう。
僅かではあるが、六人に対する態度に変化が生じている。
「なるほど。事情については分かりました。これならば、王もメルトレス様の行動に賛同してくださると思います」
「ありがとうございます」
メルトレスたちが小さく頭を下げる。
「ただ、既に王から預かっている言付けもあります」
「……」
「闘技演習と言う形をとっているとは言え、オースティア王家の者が立会人になっていると言う事実には変わりない。であるから、当日の決闘ではオースティア王家の名を穢さぬように大人しく観戦し、立会人としての務めを忠実に果たすようにとの事です」
「はい……心得ていますわ」
赤髪の女性の言葉に、メルトレスの表情が見る者が見れば分かる程度には硬くなる。
だが、メルトレスが赤髪の女性の言葉に反論する事は無かった。
何故ならば、立会人は公正公平な第三者と言う原則を定めたのは、他ならぬオースティア王家だからだ。
それをオースティア王家に属する者が破ってしまうのは、どのような形であっても良くない事は確かである。
「私、メルトレス・エレメー・オースティアはオースティア王家の一員として、立派に立会人としての務めを果たして見せましょう」
「よろしくお願いします」
そうだと分かっているが故に、メルトレスは真剣な表情を持って、赤髪の女性に対して約束をした。
「では、私はこれにて失礼させていただきます」
「はい、お疲れ様でした」
聞くべき事は聞き、伝えるべき事も伝えたとして、赤髪の女性は一礼をした後、メルトレスの部屋から出ていく。
「ふぅ……流石に緊張したわね」
「お疲れ様です。メルトレス様」
赤髪の女性が部屋の外に出ていくのと同時に、メルトレスは緊張を和らげるように大きく息を吐く。
「しかし姫様。先程の女性は……」
「鎧に付いていた紋章からして、王立騎士団の一員。それも親衛隊ね。でも、そんなに見覚えのある顔じゃないから、たぶん新人の方じゃないかしら」
イニムから茶を受け取ったメルトレスはそれでゆっくりとのどを潤しながら、先程まで居た赤髪の女性について思い返す。
赤髪に黒い目、誰かに似てはいるが、明確に誰に似ているとは言えない。
恐らくは学園の教職員の縁者ではないかと言うのが、メルトレスの見立てである。
「メルトレス様、どうして親衛隊の方が学生同士の揉め事にわざわざ出てきたのでしょうか?」
「ティタン様が関わっているから、完全には学生同士じゃないけれど……そうね、もしかしたらライの奴か、オドル家そのものが裏で何かをやっていて、そちらの関係で何かがあったのかもしれないわ。この前のヨコトメさんの知らせもあったわけだし」
「なるほど」
「いずれにしても今回の件では、私たちは大人しくティタン様が勝つ姿を見ているしかない。釘も刺されてしまったもの」
メルトレスが茶を飲み終え、身体を軽くほぐし始める。
なお、メルトレスの言葉にゲルドとイニムは内心で『ティタンが負ける事は考えていないのか』と思いつつも、賢明な事に表情には出さなかった。
「ティタン様……頑張って下さいね」
だが、そうして別の思考に気を取られていた為に、心配そうな表情で呟かれたメルトレスの小声を二人が聞く事は無かった。




