第84話「決闘準備-5」
「今日はありがとうございました」
「……。世話になった」
「きゅっきゅっきゅー、また来るでやんすよー」
すっかり陽も落ち、後はもう寝るだけと言ってもいいような時間になった頃。
ハーアルターとセーレの二人はソウソーに礼を言って、用務員小屋を揃って後にした。
「何と言うか……ソウソーさんって色々と凄い人だったね」
「……」
用務員小屋を後にした二人は寮に戻るべく、まずは風の塔へと向かって、ジャッジベリーにミガワリーフ、ヘモティを栽培している畑の横をゆっくりと歩く。
そして歩きながら、セーレはハーアルターに対して話しかける。
「先生たち並の広範な知識に、それを実践で使うために必要な応用技術と知識、状況を俯瞰視できる観察力、確かな戦術と戦略を立てられる計算高さ」
「……」
「一部の属性については地方の紋章魔法の先生よりも遥かに詳しそうだったし、あれだけの知識と技術を持っている人なら、普通に学園の先生として働いていてもおかしくないぐらいだよね」
「……」
「でも何よりも凄いのは情報収集能力かな……私もまさか、友達にも見せた覚えのない技術を持っている事を知られているとは思わなかった」
「……」
だが、ハーアルターからセーレに対する返事はない。
ハーアルターは黙々と、セーレよりも速く足を動かして、歩き続けるだけである。
その動きは、二人に身長差とそれに伴う歩幅の差があるために距離が生まれる事はないが、もしも二人の身長が同じくらいならば、間違いなくハーアルターの方が遥か前を歩くであろう動きだった。
「……。ねえ、ハーアルター君。ソウソーさん言ってたよね。私たちが勝つためには協力し合う事が絶対に必要だって」
「……」
「協力をしなければ、長年コンビを組んできて、自然と連携も取れているウィドとブラウラトの二人に、三年生と一年生の急造コンビでは勝てない。そう、はっきり言われたよね」
「……」
「で、それなのにどうしてハーアルター君は私との会話を拒むのかな?勝つ気がないの?」
「……」
それでもセーレはハーアルターに向けて問いかけ続け、そんな切れ目のないセーレの言葉に業を煮やしたのか、ハーアルターの足が多少のいら立ちを見せつつもその場で止まる。
「「……」」
頭一つ分ほどの身長差がある二人が、お互いの顔を見る……否、二人の顔は見ると言うよりも、もはや睨んでいると言った方が正しい状態にあった。
「平民。協力と言っても今回限り、それも闘技演習場の舞台の上だけの話だ。その程度の関係なのに、お前とプライベートでまで親交を深める意味があるとは僕には思えない」
口火を切ったのはハーアルターの方だった。
そして、ハーアルターの言葉は、セーレに対してはっきりと拒絶を示す物だった。
「私はそうは思わない。確かに私とハーアルター君のコンビは今回の決闘の為に止むを得ず組んだコンビだよ。でもね、だからこそプライベートな部分でも親交は深めるべきだと思う」
だがセーレは全く怯まなかった。
それどころか、堂々とハーアルターに対して言い返した。
「どうして知る必要がある。戦術ならしっかりと組み立てた。あの通りにやれば信頼なんてものは必要ない」
「あの通りに行けば……ね。ハーアルター君が本当にそう思っているなら、私たちは負けるよ。決闘ってのは、想定外が起こらない方が少ないんだから」
「ならその時は自分で考えて、自分で行動すればいいだけの話だろう。僕は平民と違って一人でも戦える」
「それは相手を舐めすぎだよ。一対一では勝ちの見込みがないって事は散々説明されたでしょ」
「やってみなければ分からないだろう。奴が勝つのが想定なら、僕が勝つのは想定外。想定外が起こらない方が少ないんだろう?」
「私が言う想定外は過程での想定外、君が言っているのは結果での想定外。全くの別物だよ」
二人の口調は淡々としている。
だがどちらにも退く意思がない事は、その口調と視線のどちらからも明らかだった。
「それに、二対二の状況で想定外が起きて、自分で考えて行動する時にこそ、相手の事を知っていなければいけないんだよ!」
「後ろから撃たれるのが怖いとでも言うのか?そんなもの、お前の位置なら気にする必要がないだろうが」
「私が撃たれるのが怖いんじゃなくて、私がハーアルター君の事を後ろから撃つのが嫌だって言っているの!」
「はんっ、平民の誤射に当たるほど僕は抜けて……」
そうして議論が白熱し、言葉にだいぶ熱がこもってきた頃だった。
「ふんっ!」
「うぐっ!?」
ハーアルターの言葉を遮るように、セーレの平手がハーアルターの頬を叩く。
「な、何をす……」
「ふんっ!」
「なっ!?んぐっ!?」
そして、続けてセーレは足をかけ、胸元を掴み、歳の差による絶対的な身体能力の差によって、ハーアルターをあっけなくその場に押し倒される。
「あーもう……さっきから平民平民って、うっさいのよ!決闘の場で相手の家格にビビる奴なんていないわ!ましてや今回は王女様が立会人なの、身分の差なんて欠片も意味はないの!いいえ、その気になってしまえば、今こうやって私がアンタの事を押し倒して見せたように、普段から身分の差なんてものは関係ないわ!」
「ぐっ……」
「ハーアルター。はっきり言うけれど、私は貴族が大っ嫌いよ。何時も偉ぶっているだけで、自分ではまるで動かず、周りに指示を出しているだけだから」
「なっ!ふざけるな!一体誰のおかげで……」
「生きるためには王も貴族も必要とはしていない!」
「っつ!?」
ハーアルターを睨み付けるセーレの目には、誰の目に見ても明らかな怒りの念が込められていた。
その怒りの強さに、ハーアルターは気圧され、何も言えなくなってしまう。
「民が王や貴族に従っているのは、彼らが魔獣のような敵から私たちを守ってくれるから。何か問題が起きた時に、率先して問題解決に向けて動いてくれるからよ。そういう時に動かない貴族なんてただの穀潰しよ」
「……」
「ハーアルター。アンタはあの時、ライたちの前に立ち塞がった。あの時何を思って立ち塞がったのは知らないけれど、あの時のアンタは始業式の時のアンタとは比べ物にならない程に格好良かったわ。貴族のあるべき姿と言うのを見た気だってしたわ」
「……」
「ハーアルター。教えて、本当のアンタはどっちなの?アンタはただの穀潰し?それとも誇りある貴族?」
「僕は……」
真剣な目つきのセーレの下でハーアルターは悔しそうに歯噛みする。
「僕は誇りある貴族だ!ターンド伯爵家の次期当主なんだ!あんな、ただ暴力を振るうだけの貴族モドキのチンピラ共と一緒にするな!」
「そう……だったら約束して頂戴。絶対に今度の決闘に勝つって。正々堂々と、相手に言い訳の一つすら許さないように完膚なきまでに叩き伏せて見せるって」
「……。そんな約束なんてできるか。今度の決闘は二対二の戦いで、勝負の決め手はお前の方にあるんだからな」
「……。言われてみればそうだったわね」
セーレがハーアルターの上から退き、地面に寝そべったままのハーアルターの横に座る。
「セーレ、お前は僕の事を後ろから撃つか?」
「撃たないわ。絶対に」
「お前は負けた時に僕の事を責めるか?」
「責めないわ。間違っても」
どこか震えた声でハーアルターはセーレに問いかけ、セーレはハーアルターの方を見ずに言葉を返す。
「お前は……僕の事を見捨てないか?」
「見捨てないわ。例え君がどれほどに嫌がってもね」
「そうか……」
「……」
二人の間に静寂が満ちる。
「僕は絶対にお前と一緒に決闘に勝つ。貴族であるターンド家の誇りにかけてだ」
「ええそうね。絶対に勝ちましょう。あんなのに屈するだなんて死んでも嫌だから」
やがて二人はゆっくりと立ち上がる。
「また明日の放課後に用務員小屋の前で会おう」
「分かったわ。明日もよろしくね」
そして、僅かな言葉を交わすと、二人はそれぞれの寮の自室へと帰っていくのだった。
あ、今回の話を見れば分かると思いますが、セーレはティタンのヒロインではありません。
セーレはハーアルターの嫁です。
現状ではおねショタな見た目になってますね。
03/17誤字訂正




