第80話「決闘準備-1」
「決闘なぁ……」
「決闘か……」
「決闘でやんすかぁ……」
「すみません。こんな事になってしまって。それでもお願いします」
用務員小屋に戻った俺は、当然ゴーリ班長たちにライ・オドルたちとの決闘について、そうなるに至った経緯も含めて説明をした。
その結果、俺の前で今ゴーリ班長たちは揃って腕を組み、うんうんと唸っていた。
そんなゴーリ班長たちを見て、俺の心は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「さて、どうしたものだろうな……」
生徒と教職員の間柄であるにも関わらず決闘を受け、その準備のためには仕事に穴を開けざるを得ない。
その上、ゴーリ班長たちにこうして助力を求めているのだから、傍目に見て……いや、自分自身で評しても恥さらし以外の何者でもないだろう。
だがどれほど申し訳なくても俺には頭を下げるしかなかった。
決闘まではたったの一週間しかなく、その一週間で紋章魔法については素人である俺が、学園の四年生であるライ・オドルに一対一の決闘で勝とうと言うのだから、ゴーリ班長たちの助力は絶対に必要だからだ。
「どうかお願いします!俺に力を貸してください!」
俺は更に深く頭を下げる。
何故これほどまでにライ・オドルとの決闘に俺が拘るのか。
それは、狩猟用務員として、王立オースティア魔紋学園に務める者として、あのライ・オドルに負ける事は勿論、逃げる事も絶対に許されないと俺が感じたからだ。
もしもアレを野放しにすれば、もっと碌でもない事になると感じたからだ。
「……」
そうして俺が頭を下げ続けていた時だった。
「ん?ああ、ティタン。別に俺たちはティタンがライ・オドルとの決闘を受けた事そのものについては悪いと思ってないぞ。むしろよくやったと褒めてやりたいぐらいだ」
「……。へ?」
ゴーリ班長から予想外の言葉が聞こえてきた。
決闘を受けたこと自体はむしろよくやった?
一体どういう事だろうか?
「ライ・オドルについてはそろそろ一度シメて、鼻っ柱を叩き折るべきだと一部の教師と用務員の間で話に上がっていた。後はどうやって合法的に、対外的にはそうだと分からないようにそう言う場を設けるのかと言う話になっていたぐらいだしな」
「……」
俺の疑問は更に膨れ上がる。
と言うか、今生徒をシメるとか言う、生徒を指導する立場にある人間からは出て来てはいけないような言葉が出てきた気が……。
「ライ・オドルとその取り巻き二人が周囲にもたらす悪影響については、そろそろ看過できないレベルに達して来ていたでやんすからねぇ。そう言う生徒だからこそ、この間の申請も却下したわけでやんすし」
「えーと?」
ソウソーさんが俺に三組の書類を見せる。
それはつい先日ソウソーさんが不許可を出した、オース山へ入山するための申請書類であり、名前の欄にはライ・オドル、ウィド・フォートレー、ブラウラト・デザートの名前が記されている。
「そう言うわけで、俺たちが今問題に思っているのは、どうやってティタンを勝たせるのかって言う一点だけだ。だから、そんなに頭を下げ続ける必要はねえよ」
「えーと……いいんですか?用務員と生徒が決闘をして」
「いいも何も挑んできたのは向こうだ。むしろそれを返り討ちにしないと、狩猟用務員の生徒たちに対する圧力が弱まる事になって、別の問題が生じることになる」
「……」
俺は疑問を素直に口に出すが、それに対する返答は極々自然にゴーリ班長とクリムさんから返ってくる。
「もしかしたらティタンは教師が生徒に暴力を振るうのはよくないと考えているでやんすか?」
「ええまあ……」
それはそうだろう。
爺ちゃんも言っていたが、暴力を使わなければ他人に物を教えられず、従える事が出来ない者に他の人間を指導したり、指示したりする資格があるとは俺には思えない。
そしてゴーリ班長たちもそんな風に考えていると俺も思っていたのだが……違うのだろうか?
「その考え自体は正しいでやんす。けれど、世の中何にでも例外ってのがあるんでやんすよ」
「例外……」
「例えば、『実戦であれば俺は誰にも負けない。俺より弱い奴に従う必要なんてない。弱者なんてどれほど虐げても問題ない』なんて考えている奴が相手じゃ、百万言費やしたところで無駄っす。だから、そう言う奴に対しては、そいつが一番誇りに思っている点を叩き潰す形で教えてやるんすよ。『お前の考えは間違っている』と」
「……」
「ま、あくまでも最終手段っすけどね。あまり褒められた方法ではないわけでやんすし」
酷く暴力的な……けれどライ・オドルたちの行動を考えたら、納得せざるを得ない言葉だった。
アレを暴力なしで更生させようと思ったら、それこそ一生かかるかもしれない。
「そう言うわけだからな、ティタン。今日から決闘が終わるまでの間、お前はそっちに専念しろ。狩猟用務員班長としての命令だ」
「はい」
「クリム、ソウソーもティタンの事をサポートしてやれ」
「言われなくても」
「アイアイサーでやんすよ」
「さあ、どんな奴に喧嘩を売ったのかを、ライ・オドルの骨の髄まで教えてやるとするぞ」
「はい!」
「ああ」
「きゅっきゅっきゅー」
そしてその日から、俺はライ・オドルとの決闘に備えて全力を尽くす事になったのだった。
勿論、作者は体罰否定派です。
基本的にはですが。




