第77話「問題児たち-2」
「いえいえ、大したことではありませんよ。ただ単にそこの平民が私の連れに汚物をかけてくれたのでちょっとした事を教えてやっているのですよ」
「具体的には?」
俺は話を聞きつつ、さりげなく両者が何をしようとしても割って入れるような位置へと移動する。
なお、その際に何かを言いたそうな女子生徒を手で制止する。
「年上を敬わず、貴族も敬わず、平民の分際で魔法の実力ならば貴族にも負けていないと言う考えに基づく傲慢な振る舞いを正す教えですよ、用務員殿。そう言うわけですので、今すぐに貴方にはこの場から立ち去っていただきたい。これは学生同士の揉め事ですからね」
俺に対して説明をする男子生徒の目には、弱者を虐げる事で悦に浸っていると俺でも分かるほどに昏い光が伴っている。
そして、彼自身は年上を敬わずと言っていたが、彼の目にも年上の事を敬う気配は微塵も宿っておらず、俺の事を邪魔だと思っているのを隠しもしていなかった。
これは……退けないな。
「さて、彼はこう言っているがどうなんだ?」
俺はハーアルターと三人の女子生徒の方へ視線を向ける。
「出鱈目ばかりよ!私たちは避けようとしたのに、貴方たちの方が自分からぶつかりに来たんじゃない!それに謝っても道を塞いで通そうとしないし、傲慢なのは貴方たちの方じゃない!」
白めの髪の女子生徒が大声を上げ、男子生徒の事を指差しながら、はっきりと自分は悪くないと宣言する。
ハーアルターは腰の本に手を伸ばしてはいるが、黙って状況の推移を見守っている。
他二人は完全に怯えた様子で、喋る事もままならないようだった。
「そもそも……」
と、彼女が続けて何か言葉を発そうとした時だった。
「うっせえんだよ!この平民風情が!ライ様の言葉に異論を挟んでんじゃねえ!」
「っ!?」
三人居る男子生徒の一人が右の拳を握り、白目の髪の女子生徒に向かって殴りかかろうとする。
これは流石に看過できなかった。
「……」
「「「!?」」」
だから俺は二人の間に入り込むと、男子生徒の拳を掌で真正面から受け止め、握り、その動きを止める。
そして出来る限り低い声で、威圧感を持たせるように、自分の気配を大きく見せるように言葉を発する。
「言っておくが、暴力に及んだ時点で本当はどっちが悪いかなんて関係なく、力尽くで止めさせてもらうぞ。それも直接殴ってだ」
「ぐっ……」
「「「……」」」
男子生徒が拳を引こうとするのに合わせて、俺も手を開き、上げていた腕を降ろすと、元の位置に戻る。
当然、両者に向けて威圧の視線を発しながらだ。
「さて、話を続けてもらっていいか?」
「は、はい……」
俺は全員に対して注意を向けつつ、白めの髪の女子生徒に再び視線だけを向ける。
さて、俺としてはこのまま彼女の話を聞き、この場で出来るだけ穏便に後腐れなく解決したいところではある。
が、男子生徒たちの態度を見ていると、どうにも何時もこんな下らない事をやっている感じもするし、誰か適当な教師をこの場に招く方がいいかもしれない。
この時俺はそんな事を思いつつ、女子生徒の言葉に耳を傾けようとしていた。
「いい加減にしろよ用務員。さっき俺が言った通り、これは学生同士の問題だ。それなのに、お前はどんな権利があって、このライ・オドル様の邪魔をするんだ?ああ?」
だがそれを遮るように一番濁った眼をしている男子生徒……ライ・オドルが俺に向けて言葉を発してくる。
そこにはもはや外面を取り繕う様子もない。
どうやらこちらがライ・オドルの本性であるらしい。
そしてその名前には聞き覚えもあった。
今は気にする点ではないが。
「何の権利……ですか」
「ああそうだ。お前に俺をどうにかする権利なんて……」
「狩猟用務員として、学生を指導する権利はありますが?」
さて、そう言う事ならいいだろう、こちらは徹底して紳士的に対応しよう。
俺の姿を見ているハーアルターたちの為に。
「なっ!?ふざけるな!指導だと!!お前みたいな薄汚い平民、俺が家に掛け合えば、直ぐにでもクビに出来るんだぞ。分かったら……」
「学園長が言っているはずですよ。この学園の中に居る限りは、王族だろうと生徒の一人だと」
一切の動揺も、不安も、怒りも、悲しみも見せず、淡々と正論だけを語ろう。
こんな場で激情に身を任せて語る必要など無いと教える為に。
「あんなクソ爺の物言い何ぞ知った事か!今すぐに許しを乞え!そうすれば許してやらない事も……」
「許しを請う?意味が分かりませんね。私は何も間違ったことなど言っていません」
既にライ・オドルは顔を真っ赤にして、今すぐにでもこちらに対して掴みかかって来るか、何かしらの魔法を使いそうな様子を見せている。
さて、どうしたものか。
単純な殴り合いなら三対一でも負けるつもりはないが、魔法を使われたら流石に厳しい。
その時は……うん、女子生徒たちとハーアルターには逃げるように促して、どうにかするしかないか。
なお、ライ・オドルの家云々については心配していない。
俺の記憶が確かならオドル家はただの伯爵家であり、家格でゴリ押そうにも、一応は伯爵家の三男である俺相手にゴリ押す事は不可能だからだ。
兄たちに迷惑をかけるので、出来るだけ頼りたくない手段ではあるが。
「この、いい加減に……」
そうしてライ・オドルが遂に一線を踏み越えるかとその場にいる全員が身構えた瞬間だった。
「随分と面白い話が聞こえてきましたわね。ゲルド、イニム」
「ええそうですね。私は一瞬自分の耳を疑いました。姫様」
「面白いと言うよりは信じがたい、ですけどね。メルトレス様」
俺がやってきた通路から新たな人影が三つ現れた。
それは……笑顔ではあるが、明らかに怒りの念を発しているメルトレスと、今回に限ってはそんなメルトレスを止める気は無いと態度と表情が雄弁に語っているゲルドとイニムの姿だった。
そして、三人の姿を見た瞬間、俺は一瞬だけだが思ってしまった。
この場は無事に過ごせても、最終的にはより大きな面倒事に巻き込まれそうな気がする、と。
03/10文章改稿
 




