第72話「プレート作成-2」
「全員揃っているな」
出会いがしらの一言を最後に、ハーアルターは黙ってしまった。
そんなハーアルターに対して俺も会話の糸口を掴めず、黙る事しか出来なかった。
そして、俺とハーアルターの間に流れる空気が周囲に伝わってしまったためだろう、俺が入って来るまではそれなりにざわついていた302実験室はすっかり静かになってしまっていた。
それもただ静かなのではなく、どうにも気まずい方向に。
「では、授業を……」
「あの、セイゾー先生。その前に一ついいですか?」
そんな空気の中、セイゾー先生は何のためらいもなく授業を始めようとした。
が、この空気に耐えられなかったのだろう、生徒の一人が手を挙げてセイゾー先生に対して質問をしようとする。
「どうした?」
「どうして今日の授業には用務員の方がいらっしゃるのでしょうか?」
「ああ、その事か。ティタン君については気にしなくてもいい。君たちと同じく紋章魔法について学びに来ているだけだ。彼に合わせて授業を変えるような事もないから安心するといい」
「そう……ですか……」
セイゾー先生に対して質問をした生徒は、何処か納得がいかないと言う視線を一瞬だけ俺に向けつつ、手を降ろして前を向く。
気持ちのいい視線ではないが……まあ、仕方がないだろう。
この場に居て不自然なのは俺の方なのだから。
「では、今日の授業を始めるとしよう」
その後、セイゾー先生は一度教室中を見渡し、全員が一応は納得している事を確認すると、一度肯いてから話を始める。
「今日の授業は実際にプレート型の魔具を作る事だ。それぞれの属性の紋章魔法に合せた素材はここに用意してあるから、まずは原盤作りから始めるとしよう。では、開始」
セイゾー先生の言葉と共に、上級生と思しき青年が13個の木箱を教室の中に運び入れる。
そして、合図と共に、302実験室の中に居る生徒たちが一斉に動き出し、俺も他の生徒たちに遅れまいと動き出す。
「えーと……これがそうか」
俺は木箱に付けられている名札を一つ一つ見ていく。
アイアー、ヤテンガイ、パジサカキと言った俺も知っている素材の名前もあれば、タンクリッツのように名前も聞いたこともない……ああいや、『紋章魔法素材図鑑』に書かれていた気もするな。
ただ、どの素材も粉状にされているため、名前以外では殆ど判別は不可能な状態になっている。
なるほど、これでは事前に自分の作る紋章に使える素材をきちんと調べておかないと、何も出来ないだろう。
尤も、そんな生徒は一人も居ないようだったが。
「オボロウツギ?用務員、お前は妖属性の魔具を作る気なのか?」
「ええそうですよ」
ハーアルターの質問に答えつつ、俺はオボロウツギと言う木の枝を粉にした物を渡された陶器の杯一杯に掬う。
そして、杯を自分の席に置くと、他に必要な物……つまりは金型や大きめの器、結合剤、その他薬品類を準備していく。
「えーと、オボロウツギの粉に血と染色剤を入れてっと」
俺は大きめの器の中にオボロウツギの粉を入れ、そこに自分の血を少量、妖属性の象徴色である紫色の染料を必要な量、そして混ぜ合わせやすくするために水も少しだけ加える。
ちなみに象徴色と言うのは各属性を最もよく示している色の事だそうで、その色で紋章を作ると魔法の効果が僅かではあるものの確かに良くなるらしい。
ただし、本当に僅かなので、一部の魔法使いからはただの自己暗示であると言われているそうだが……まあ、詳しい理論とは関係なしに、ただ紋章魔法を使うだけの人間にとっては、象徴色を使えば効果が少しだけ良くなると理解しておけばそれで十分だろう。
「混ぜ合わせる……っと」
意識を器に戻して、血を流すために作った傷を止血した俺は、必要な物を入れた器の中身を均一に混ぜ合わさるように素手で軽く混ぜ合わせ始める。
ここで重要なのは器の中に入れた血が、きちんとオボロウツギの粉全てに行き渡るように混ぜ合わせると言う事。
混ぜ合わせ方にムラがあると、プレート型の魔具として削り出した際に、上手く発動しなくなるらしい。
「結合剤を入れて……」
で、ある程度混ざったところで結合剤を加え、結合剤が全体にきちんと行き渡るようにヘラを使って更に混ぜ合わせていく。
なお、今回使う結合剤は、チョーク型の魔具に使う物よりも粘り気が強いものであり、そんな結合剤の効果もあって、器の中身はやがて焼く前のパンのような感じになっている。
「焼く為の型の中に入れる」
十分に結合剤も混ざったところで、俺は金属製の型の中に混ぜ合わせた器の中身を入れていく。
ただ、本当に粘り気の強い状態なので、ヘラを使って少しずつだ。
この時の注意点としては、ムラや隙間が出来ないよう出来るだけ均一に型の中へと入れることだ。
ムラや隙間があると、削り出す時どころか、焼き上がった時点で割れてしまう事もあるらしい。
「さて、型の中に生地を入れ終った物はこちらに持ってくるように」
金属製の型の中に混ぜ合わせた物を入れ終った俺はふたを閉めると、セイゾー先生の下にそれを持っていく。
既にハーアルターは居ない。
どうやら一番に造り上げて、持って行ったらしい。
で、この後は素材を完全に固めるために加熱するのだが、どうやらそれについてはセイゾー先生が一括でやってくれるらしい。
これは単純に効率とどれが誰のなのかを分かり易くするためだろう。
「よし、全員持ってきたな。では、今から原盤を焼き始めるから、焼いている間に彫る予定の紋章について某に見せるように」
そして、幾つも積み上げられた金属製の型は炉の中に運ばれていった。
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