第7話「用務員試験-2」
王立オースティア魔紋学園狩猟用務員試験二日目。
明後日の昼に素材を持って、あの小屋まで戻る事を考えれば、今日明日中に回収できる素材は回収するべきだろう。
「……」
そう言うわけで、朝食を携帯食料で適当に済ませた俺は、茂みに分け入る形で山の中に入ると、リストに載っている素材の中から、簡単に回収できる植物系の素材を回収しつつ、条件を満たせる獲物を探していた。
「居た」
そうして探す事数時間、俺が見つけ出したのは一匹のウサギ型の魔獣……エスケーピッドだった。
俺は木の陰に隠れると弓に矢をつがえる。
「エスケーピッドか……」
エスケーピッドはゴーリさんに貰ったリストに載っている魔獣で、風属性の魔法を使う事によって、凄まじい速さで捕食者から逃げ出す事が出来る魔獣である。
その速さは凄まじく、平地で全速力を出されたら、矢よりも速いと言われるくらいである。
山の中でも、人の脚では絶対に追いつけないだろう。
故に仕掛けるならば罠もしくはエスケーピッドの感知能力をかいくぐっての一撃となる。
まあ、俺の場合は死角からの一撃だな。
「食料としても良いな」
余談だが、そんなエスケーピッドは、よく跳ねまわって動いていることに加え、風の魔法によって他の動物よりも素早く餌にありつける為だろう、肉が非常に美味い。
少なくとも昨日食べた鍋に入っていた塩漬けの肉とは比べ物にならない程度には。
ま、いずれにしてもリストに載っている対象なのだ、狩る事は確定である。
「すぅー……はぁー……」
俺は爺ちゃんに昔教わったように、ゆっくり呼吸を行い、整えると、木の影から顔だけを出し、エスケーピッドの様子を窺う。
エスケーピッドは……周囲の様子を窺いつつ、足元の草を食んでいる。
周囲に他の獣の気配はない。
エスケーピッドはまだこちらに気づいていない。
が、弓が当たる瞬間まで、一切の気配を出してはいけない。
相手は、こちらが矢を放ってから動き出しても逃げ切れるのだから。
「……」
俺は気配を消すべく、呼吸を抑え、身体から出る熱を抑える。
そしてそれでも消し切れない気配は、周囲の環境へと溶け込ませるように、自分の意識を変容させる事によって消していく。
「……」
木の影から音もなく出た俺はエスケーピッドに向けて矢を射る。
「ぎっ!?」
微かな風切り音と共に飛んだ矢は、狙い違わずエスケーピッドの目に刺さり、その先にある脳を破壊、エスケーピッドの命を奪い取る。
「ふぅ……」
そこまで確認した所で俺は息を吐き出して、緊張をほんの少し緩める。
「さて、解体だな」
俺はエスケーピッドに近づくと、腰の山刀を抜いて首のあたりを斬り、逆さに吊る事によって血抜きをする。
続けて腹を切って内臓を抜く。
今回は肉、骨、それに持ち運び用に毛皮があれば十分なので、内臓は森の獣たちの餌にさせてもらう。
「……」
そう、今回はだ。
リストには骨を持ってくるように記載があるが、俺の記憶が確かなら骨だけでなく血、生殖器、心臓なども紋章魔法の素材として使えたはずである。
ただ、俺には『発火』の魔法しか使えないので、紋章魔法の素材であると証明出来ない。
なので今回は、血の臭いを辿って俺を追ってくる獣対策も兼ねて、内臓は置いて行ってしまった方がいい。
「さて、拠点に戻るか」
エスケーピッドを見つけるまでの採取で、既に八種類の素材を回収している。
明日も狩りを行う事を考えたら、今日の狩りはこれで十分だろう。
そう判断した俺は、拠点に戻る事にした。
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「……」
翌日。
野草とエスケーピッドのスープに舌鼓を打った俺は拠点を出発し、昨日と同じく素材を回収しつつ、獲物を探していた。
この時点で俺が回収した素材の数は、エスケーピッド含めて11種類。
五種類以上の素材を持ってくるのが試験なので、これ以上狩らなくても問題はないのかもしれない。
が、今日一日何もせずに拠点で籠っているのは、少々どうかと思わなくもない。
無理はするべきではないが、出来る限り周囲の地形や動植物の様子を把握しておくべき。
そう言った思惑もあって、今日も行動をしていた。
「ん?」
そうしてオース山をおおよそ半分登ったぐらいの場所までやってきた時だった。
俺の耳が何かしらの音を捉える。
「っつ!?」
そしてもう一度その音……カンッと言う金属同士がぶつかり合うような音が聞こえた時、俺はその場から跳躍し、手近な樹の影に潜り込むと、弓に矢をつがえていた。
「距離は遠い……方角は……あっちか……」
もう一度金属音がする。
距離が遠いので、正体が何であれ、俺に気づいている事はないだろう。
なので今ならば逃げる事も近づく事も出来る。
「……」
金属音の正体として考えられるのは?
可能性の一つは金属製の武器を持つ人間。
ただこの可能性はほぼないだろう。
俺の事を監視しているゴーリさんたちのものと思しき気配は別の方向からしているし、ここは学園の敷地内で一般人も密猟者も早々入れないはずである。
もう一つの可能性は金属製の部位を有する魔獣。
こちらの場合は金属製の部位が攻撃の為にあるものなのか、防御の為にあるものなのかによって、俺でも仕留められるかどうかが変わってくる。
が、いずれにしても接触すれば多大なリスクを負う事になる。
「退くべきだな」
近づくべきではない。
そう判断した俺は、金属音を発している何者かに気づかれないように注意を払いつつ、その場を離脱する。
そして帰り道に夕食も兼ねてニクロムソンと言う蛇を仕留めると、翌日には大人しくオース山を降りた。
連載開始記念の集中更新はこれにて終了でございます。
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