第68話「プレート作成の準備-4」
『ベグブレッサー。黒と紫の二色が入り混じった特徴的な樹皮と中身を持つ樹木。紋章魔法の素材としては、葉、枝、幹、実、花、いずれも闇属性と妖属性の紋章魔法に対して高い適性を持つ』
俺はベグブレッサーの項目を読み始める。
で、冒頭の文でまず分かったが、ベグブレッサーには俺が適性を有している火、闇、妖の三属性の内、二つの属性に対して高い適性があるようだった。
尤も、今の相棒であるあの弓を磨り潰す気など全くないので、紋章魔法の素材として使うならば、あの弓以外のベグブレッサーの樹の一部が手に入ったらであるが。
『生育地はオースティア王国南西部及びノドボト王国。森の中や草原、湿地帯などに生えることもあるが、どちらかと言えば草木に乏しい荒地を好む』
ノドボト王国と言うのは、オースティア王国と隣接している国の一つで、今はそれほどではないが、昔は同じくオースティアと接しているソシャック王国共々、オースティア王国と色々とあったはずの国である。
なお、学園がある王都オースティアは、王国の中では中央部から少し西に寄った辺りにある。
なので、ベグブレッサーを俺が入手しようと思ったら、行商人に運んでもらうしかないので、フラッシュピーコックの素材などに比べれば遥かにマシだろうが、それなりに高価な買い物になりそうである。
『外見の特徴は先述の黒と紫の二色が入り混じった樹皮が挙げられる。その他、不規則に波打った幹、縦の長さに対して極端に短い為に棘のようにも見える枝、紫がかった葉などが挙げられる』
俺は紹介文を読むと同時に、挿絵のベグブレッサーを見る。
……。
何と言えばいいのだろうか?
樹皮の色が色である上に、微妙に波打っていて真っ直ぐに伸びていない姿、細長い棒に綿を巻き付けたような細長いシルエットと、俺が知っている樹木とは大きく違っていて……うん、何と言うか、不気味と言う言葉を当てはめるのが、一番ふさわしい気がした。
それと、先述の荒れ地を好むと言う一文も併せて考えると、何と言うか捻くれ者と言う印象も受ける。
俺の持っているベグブレッサーの弓の元とはとても思えない感じだ。
『生態としてはとにかく成長が早い事が挙げられる。ヒユラギに存在する竹と言う植物程ではないが、それでも他の木の倍以上の早さで伸びるとされ、一人前とされるサイズである長さ10m程になるのに、十年かからないとされている』
成長が早いのか。
これは俺としては嬉しい情報かもしれない。
何故ならば、成長が早ければそれだけ数が出てくると言う事であるし、数が出て来るならそれだけ安く取引されるはずだからだ。
『用途としては、紋章魔法の素材として闇属性と妖属性の紋章魔法に高い適性が見られる他、成長が早い事から燃料、装飾品、家具として平民の間では用いられることが多い』
ん?
紋章魔法の素材として使われるのは分かるが、それ以外の用途は平民の間でしか使われていないのか。
何でだろうか?
その事を疑問に思った俺は、そのまま文を読み進めていく。
すると理由は直ぐに分かった。
『ベグブレッサーの欠点として、その色合いが不気味である事がまず挙げられる。黒と紫の二色が複雑に入り混じったその色は不吉な印象を見る者に与えるため、成長がとても早い事と合わさって、一般的に贈答品や高価な品には相応しくないと原産地では思われている』
急いで用意したと思われる上に不気味で、贈答品には相応しくない。
それは同時に、体面を気にする貴族たちが用いる品としても相応しくないと言う事なのだろう。
だから平民しか使わない……と。
『また、成長が早いためなのか、幹が不規則な成長を遂げる為なのかは不明だが、同じ木の中身でも材質にムラが存在する。そのため、強度面の不安から、ドア、机、椅子などの出来るだけ丈夫であるべき物に用いられることはない』
ムラがある?
俺は自分の弓を思い出す。
もしも質にムラがあるならば、勢いよく弓を引いた際にそこを起点として折れてしまうはずだ。
が、あの弓にそんな様子は見られなかった。
しかしこの図鑑の正確さを考えると、間違った記述とは思えないし……もしかしたら俺の弓に使われたベグブレッサーは特別な物で、それが腕のいい職人の手を経たからこそ出来た特別な一品だったのだろうか?
『そして、幹が波打ったように不規則に前後左右に揺れて成長するため、出来るだけ真っ直ぐに伸びた樹木が求められる建材として用いられる事も極稀である』
これは……まあ分かる。
挿絵に描かれている通りに波打った樹では、どうしても建物に使う木としては不安を感じるだろう。
何時壊れても良い建物ならともかく、一生住むような家には使いたくないだろう。
『名前の正確な由来は不明。ただ、荒野で天に向けてまるで手を伸ばすように伸びる姿や、先述した通りの不気味な姿などから、『祝福を乞うもの』と呼ばれるようになったのではないかと推測されている』
『祝福を乞うもの』……か。
この場合、祝福を求めている相手は誰なのだろうか?
普通に考えれば箒星の神あるいは王侯貴族のような権力者なのだろうが……謎である。
「……。とりあえず今度ベグブレッサーの樹がどのくらいの値段で売買されているか調べてみようかな」
俺は次のページをめくりながら、そう呟くのだった。
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『なお、極稀にではあるが、ムラの位置や幹の波打ち方に恵まれ、一級品の質を持つ部位が集まったベグブレッサーの祝福塊とでも言うべき物が得られる事もある。この祝福塊は見た目ではそうと分からず、一流の職人がベグブレッサーで何かしらの品を作り上げて、初めて祝福塊を扱っていたのだと気づくような代物であり、非常に珍しい品である。尤も、そんな物が存在すると知らなければ、一流の職人でも気づかないような物だが』
『紋章魔法素材図鑑』・ベグブレッサー、挿絵右下隅の霞んで読み取りづらくなっている文章より。
ベグブレッサーと言う名前だけで今回の内容について多少察せられた方がいて、非常に驚きました。




