第65話「プレート作成の準備-1」
「妖属性上位紋章魔法に相当する魔法が二種類以上、俺の魔力を使って常時発動している……か」
二年生の一部が山に入り、何事もなく自然環境下で紋章魔法の素材になる植物がどう育っているのかを学んだ数日後の昼休み。
午後は休み扱いになっている俺は用務員小屋の裏で、準備を整えつつ、昨日学園長から届いた『魔紋発動履歴探査・改』による検査結果の内容を思い出し、呟いていた。
『『魔法履歴探査・改』による検査の結果、術式破綻の為に詳細は不明だが、妖属性紋章魔法の断片と思しき紋章が二つ検出された。ただ、この紋章は同一の魔法から生じた物ではなく、別個の紋章魔法より生じたものと思われる。また、履歴から判断する限り、これらの紋章魔法は常時発動していると思われる。では、以下に根拠と詳細を記述する』
そして同時にこの結果を見たゴーリ班長たちの反応も思い出す。
『上位紋章魔法相当の意思魔法を最低でも二種類常時起動とはな……普通の人間なら魔力切れでぶっ倒れそうなもんだが……どうなっているんだ?』
ゴーリ班長は多少の感心を含みつつも、主としては呆れたと表現するべき顔をしていた。
ただ、その顔はどちらかと言えば俺ではなく俺にこんな魔法を仕込んだ存在である『破壊者』に向けられているような気がした。
『十年間常時魔法を使っているのか。となると、この魔法を止められるようになるだけでも、妖属性の魔力を好き放題使えるようになりそうだな』
興味深そうにクリムさんは結果を見て、制御できればどういう事が出来るようになるのかを考えているようだった。
実際にクリムさんの言うとおりに事が進むかは分からない。
分からないが、確かにそういう方面での期待は持ってもよさそうだとは俺も思った。
『妖属性?いや、この色合いからして……緩衝……偽装……何を……闇……ブツブツ』
ソウソーさんは……なんか怖い状態になっていた。
まるで狩りの時のように……いや、狩りの時以上に真剣な表情で検査結果を記した紙を読み込み、早口かつ小声で俺には理解できない何かを呟いていた。
声をかけるのは……うん、止めておいた方が良さそうだ。
『えーと……それでこの結果を受け取った俺としてはどうすればいいんでしょうね?』
『妖属性の意思魔法のようだし、今度そっち方面の本でも借りてきたらどうだ?妖属性紋章魔法の知識が有れば、この断片からでも分かる事が多少はあるだろ』
『それでどういう魔法かが分かったら、まずはオンとオフを切り替えられるようになるべきだな。細かい調節を出来るようにするのはそれからでいい』
『分かりました。じゃあそうしておきます』
『ブツブツ……』
まあ、要するに今はまだ頭の片隅にだけ置いておいて、もっと実力が付いてから真剣に考えましょうと言う結論だった。
実際俺の頭では、分からない事が分かったと言う次元なので、どうにかしろと言われても無理だと答えるしかない状況であるし、それ以外に手はないだろう。
「……。よし」
さて、思考を今に戻そう。
今俺がやっているのは魔具連動技術を組み込んだ『ぼやける』の紋章の作成である。
と言っても基本的な形状は通常の物と変わらない。
ほんの少しだけキーワードに関する部分に手を加えただけである。
そのほんの少しによって発動方法が全くの別物に変わるのだから、紋章魔法とは不思議な物であるが。
「装填して……と」
俺はキリウミタケの汁から作ったインクで羊皮紙に紋章を描き終えると、それをベグブレッサーの弓に予め設けられた空間に丸めて入れる。
で、羊皮紙が簡単に抜け落ちない事を確認するとその場で立ち上がり、周囲の安全を確かめる。
「すぅ……はぁ……」
息を軽く吸い、吐き、精神を集中させつつ、俺自身の気配を可能な限り薄めていく。
そして、消し切れない気配を周囲に溶け込ませていくと、いつも通りの動きで矢筒へと手を伸ばし、矢を一本だけ持ち、弓につがえる。
「……」
魔具連動技術を組み込んだ『ぼやける』の紋章が俺の意図した通りに描けているのなら、後は弓を引くだけで『ぼやける』がつがえた矢に対して発動して、矢の輪郭を曖昧にするはずである。
上手くいくかどうかは分からない。
はっきり言ってしまえば不安の方が勝っている。
だが、上手くいくと思ってやらなければ、どれほど簡単な魔法でも上手くいかないのではないかとも思う。
だから俺は上手くいくと信じて、ゆっくりと弓を引き始める。
「……」
変化は明らかだった。
弓を引けば引くほどに、俺の中から妖属性の魔力が抜けていき、その魔力によって発動した『ぼやける』の効果によって矢の輪郭が曖昧になっていく。
「しっ!」
そして十分に弦を引けたところで、俺は矢を放つ。
俺の弓から放たれた矢は朧気な姿のままに宙を突き進み……
「よしっ」
その姿のまま的代わりにした木に突き刺さった。
魔具連動版『ぼやける』、無事成功である。
「これで後は……」
俺はベグブレッサーの弓にセットしてあった羊皮紙を取り、ゆっくりと開く。
そこには手で少し払っただけで崩れてしまいそうな状態ではあるが、『ぼやける』の紋章がきちんと残っている。
これならばきちんと書き写して、プレート型の紋章に出来れば、交換なしで何回も今と同じ事が出来るようになるはずである。
「うん、頑張ろう」
なお、『ぼやける』をかけた矢で魔獣にトドメを刺してしまうと、魔法現象によって直接攻撃をするタイプの紋章魔法程ではないが、素材の汚染が発生してしまうと言う事実を俺が知り、少し落ち込んだのはもうしばらく後の事である。