第61話「黒煙-5」
「と言う事が有ったんです」
「なるほど、それであの笑顔だったわけか」
三日後、俺とクリムさんは一緒にオース山の中に入って仕事をしていた。
「まあ、時間を忘れるほど熱心に勉強をしていると考えたら、そこまで悪い事でもないな」
「そう言ってもらえるなら嬉しいですけど、忘れたのは事実なんですよねぇ……」
さて、今回山に入った理由は、簡単に言ってしまえば明日の安全を確保するためである。
何でも明日二年生の一部が教職員に連れられる形で山の中に入り、自然環境下で紋章魔法の素材になる植物がどのような形で生えているのかを勉強するらしい。
で、その際に観察するポイントでアースボアのような危険な魔獣に襲われても困るので、今日の内に各ポイントの安全を確保するべく俺たち狩猟用務員が仕事をする事になったのである。
ちなみに今回は俺とクリムさんの二人でペアを組んで行動しているが、ゴーリ班長とソウソーさんも魔獣の見逃しを防ぐためにペアを組んで行動している。
「まあ気にするな。それよりも『黒煙』の修得具合はどうなんだ?」
「そうですねぇ……」
俺はクリムさんの質問に答えるべく、樹から樹へと飛び移るフレアビートルの姿を確認し、放っておいても大丈夫だと判断しつつ、自分の『黒煙』の学習具合を思い出す。
「本当に素の形の『黒煙』を発動するのは、後一週間ぐらいかかると思います」
そして、思い出した結果と『仄暗い』、『ぼやける』を修得した時の感覚を合わせて考え、一週間と答えた。
「素の形……か。調整の方は?」
「一応、効果範囲、効果時間、展開速度、遮光率の表は自分のノートに写してあります。それに色変えと魔具連動技術と合わせて、矢の形にして射出するための記号も写し終わってます。ただ、自由に使えるようになるかと言えば……かなりの時間がかかると思います」
が、あくまでもそれは発動出来るようになるまでにかかる時間だ。
自由自在に『黒煙』の魔法を使えるようになるには、もっと時間がかかるだろうし、俺の頭の出来と使い道を考えたら、よく使うパターン数種類だけ覚える方が妥当かもしれない。
なので具体的に修得の順番を考えるなら、まずは素の『黒煙』を発動できるようになる事。
次に魔具連動技術と併せて、基点を矢の形にして放つ方法の習得。
その後に色変えや上方向への煙の範囲拡大、効果時間の延長などの発展形を学ぶのが正解ではないかと思う。
それでも一通り学ぶのにかなりの時間がかかる事は間違いないだろうが。
「なるほどな。まあ、気長にやればいい。お前は今までずっと狩人一筋で、紋章魔法を学び始めたのはこの春からなド素人なわけだしな。そんな直ぐに多彩な魔法を使いこなせるようになる事なんて誰も望んでいない」
「はい……」
なお、この『黒煙』の紋章魔法の件で俺が一番痛感したのは、『素人が多少学んだ程度でどんな紋章魔法でも使えるようになるのであれば、魔法使いなんて職業は要らない』と言う事実である。
そして、『黒煙』の難易度から、『黒煙』と同等かそれ以上に難しい紋章魔法を両手の指の数よりも多く使いこなせるだろう魔法使いたちに対する尊敬の念は明らかに大きくなった。
と言うか頭の構造そのものが違うとしか思えないぐらいである。
「ああそう言えば」
「どうした?」
と、此処で俺は一つ思い出した事が有ったので、遠くの方でスナハキが地面を啄んでいる姿を確認しつつ、クリムさんに一つ質問をしてみる。
「クリムさん、プレート型の魔具ってどう作ればいいか分かります?」
それはプレート型の魔具の作り方についてである。
と言うのも、プレート型がチョーク型と同じ原料を固めて紋章の形にしたのは分かっているが、具体的にどうやって作ればいいのかまでは分からなかったのである。
「プレート型の魔具か……詳しくはそっち専門の教師が居るから、そっちに聞け。そうでなければ本で調べろと言いたいところだが……まあ、簡単に言ってしまえば、塊にしたものを彫るか、その形で作ってしまうかだな」
「彫るか、作るか、ですか?」
「ああそうだ。これは俺の場合になるが、まずは羊皮紙に普通に紋章を描いて、それを発動、動作確認をする。で、成功したら、それを正確に塊状のチョークに書き写し、小さな刃物なんかで彫っていくんだ」
「なるほど」
確かにそうすれば、目的の紋章を可能な限り正確に作る事が出来るかもしれない。
しかし、この方法だとかなり時間がかかる気もするが……その辺りはどうなのだろうか?
「勿論時間はかかる。だから、本当に日常的に使う魔法だと、簡単に複製が出来るように型を作って、そこに原料を流し込んで焼き固めるだけで造れるようにする。ソウソーの奴なんか『気絶の矢』の型を複数用意してあるぐらいだ」
「それは凄いですね」
型……どう言う物なのかよく分からないが、原料を流し込んで焼き固めるだけでよくなるのなら、確かに使い勝手は良さそうである。
「まあ、詳しいやり方は教師にきちんと聞いておけ。と……どうやら無駄話をしていられるのは此処迄みたいだな」
「……。そうみたいですね」
と、此処で俺とクリムさんは不穏な気配を感じ取り、クリムさんは投げる用の短い槍を、俺はベグブレッサーの弓を構えて矢をつがえる。
俺とクリムさんの視線の先に居たもの……それは蛇型魔獣であるニクロムソンと蟷螂型魔獣であるダンマンティスがお互いを獲物として対峙する姿だった。




