第60話「黒煙-4」
「こっちも読み進めて行かないとな」
さて、『黒煙』の想像以上の厄介さに、既に心が幾らか折られているような状況であるが、今回俺が借りてきた本は『黒き煙の書・闇の狼煙は万象を覆い隠す』だけではない、魔具弓を扱うための技術について記された『紋章魔法学-魔具連動技術について』もである。
「……」
魔具連動技術とは何か?
簡単に言ってしまえば、紋章魔法を発動させるために必要なキーワードを、言葉を発する以外の行動によって代替する技術の事である。
主なメリットはキーワードを発しなくても紋章魔法を発動できることである。
このメリットは、一刻一秒どころか、キーワードを口から発するための一瞬すらも惜しいような状況では大きな利点と言えるだろう。
他のメリットとしては、言葉を発さずに紋章魔法が使えるため、キーワードの発声が必須だと思っている相手の不意を衝けること、動作次第では魔具自体による攻撃と同時に紋章魔法を放てる事などが挙げられる。
「ただ便利な反面……か」
当然デメリットもある。
主なデメリットとして挙げられるのは、キーワードを発しての発動よりも安定性や精度に欠ける事。
このデメリットは訓練によって幾らかは克服可能であるが、苦手な人間はとことん苦手であるらしく、一月訓練したのに基礎魔法ですら発動成功率が五割を超えないなら、素直に諦めた方がいいとも書かれてあった。
また、あくまでもキーワードを動作で代替しているだけの為、相手にキーとなっている行動を読まれてしまえば不意は突けなくなるし、動作を阻害されれば魔法の発動そのものが失敗することになる。
「暴発か……ちょっと洒落になら無さそうな感じだな」
だがそれらのデメリットに輪をかけて問題なのが暴発だ。
先述の通り、魔具連動技術はキーワードを動作で代替しているだけに過ぎない。
では、二種類以上の魔法が同時に発動してしまうようにキーとなる動作を設定してしまったら?
その場合よくて不発あるいは両方の魔法が中途半端な形での発現、悪ければ同時に発動してしまった魔法が暴走、術者を必ず巻き込む形で大惨事が起きるとの事だった。
なお、『紋章魔法学-魔具連動技術について』には、暴発に関してはわざわざ別に項目を設け、詳細な状況を記した資料と共にどのような被害が出たのかが克明に記されていた。
うん、両腕が消し飛ぶだとか、腹に風穴が開いただとか、想像もしたくない状況なので、気をつけよう。
「……」
で、暴発への対応策はキーとなる動作をある程度厳密に設定する事。
「弓の角度に、矢をつがえるか否か、矢に特殊な材質を用いると言う手もあるのか」
俺の場合は弓なので、弓の項目に限ってまずは見てみる。
そこには身体の向きに対して弓をどの程度傾けると発動する、と言う条件付けの為の補助記号が幾つも記されていた。
数は多いが……実際に使えるのは一部だけだろう、手のひらを上にする形で弓を持ち、その状態で射るなんて真似が出来るとは思えない。
ああいや、矢をつがえず魔法を飛ばすだけなら可能なのか?
可能かもしれないが……動作としては目立ち過ぎな気もする。
まあ、一先ず俺が使う分には、矢をつがえるか否かで条件付けするのが良いだろう。
一番簡単な分け方であるし。
「となると……矢をつがえている時に『ぼやける』、矢をつがえていない時に『黒煙』と言う形がいいのかな?」
俺は考える。
矢をつがえた時に弓を引けば、それだけで矢に『ぼやける』の魔法が発動し、矢をつがえずに弓を引けば、それで『黒煙』の魔法が発動できる姿を。
うん、便利そうだ。
ちなみに、暴発には相手の行動によって、術者が意図しないタイミングで紋章魔法を発動させられてしまうと言うパターンもあるとの事だが、そちらはそうならないように設定するか立ち回れと言う、割と投げやりな対応策が書かれていた。
「ふむふむ、良い感じに夢想してるっすねぇ」
「ソウソーさん」
「分かっていると思うでやんすが、魔具連動技術の第一は魔具に紋章が装填されている事でやんすからね」
「分かってますって」
なお、初心者及び少し慣れた人間がうっかり暴発させてしまう最大の原因は、条件付けの失敗は失敗でも、魔具連動技術を組み込んだ紋章を作る際に、紋章の描かれた羊皮紙やプレートが魔具に装填されていると言う条件の付け忘れであるらしい。
この条件を忘れて複数の同一発動条件の紋章を作った上で発動してしまったら……まあ、大惨事にしかならないだろう。
そんなのは俺でも分かる。
分かるので、本気で気をつけよう。
「それともう一つ分かっているでやんすか?」
「もう一つ?」
で、これは余談であるが、俺の使うベグブレッサーの弓には紋章を仕込める場所が二ヶ所しか存在しないが、ちょっとした工夫で紋章を仕込める場所は増やせるらしい。
具体的には弓に紐をつけ、その紐の先に紋章が描かれた諸々を提げるのだとか。
まあ、今の俺には縁遠い話である。
「「……」」
それにしてもなぜ突然ソウソーさんが話しかけてきたのだろうか?
「もう昼休み終わっているでやんすよ」
ソウソーさんが空に浮かぶ太陽を指差しながら発したその言葉で俺は理解する。
既に昼休みは終わっていて、午後の業務が始まっているのだと。
「っつ!?すみません!」
「勉強熱心なのも程々にするっすよー」
そうして、何処か楽し気にしているソウソーさんを背後に俺は午後の業務の為の準備を急いで始めたのだった。




