第6話「用務員試験-1」
「さて……」
試験開始と同時に、俺はオース山の中へと入っていく。
ただし草を掻き分けたりはせず、よく人が入っているために自然と草木が無くなっている場所からだ。
体力を無駄に消耗する意味はない。
「まずは飲み水と安全な寝床の確保だな」
森の中に入った俺は周囲の森を見渡し、獣の気配と生育している植物を確認する。
その中にはリストに載っている素材も勿論存在する。
が、この試験は三日後に用務員小屋に素材を持って行く試験であり、三日以内に素材を持って行く試験ではない。
なので足が早い素材などは今回収しても、無駄に終わるだろう。
そんな獲物を無駄にすることは狩人として絶対にやってはいけない。
「修練の場としても使っていると言っていたな」
そう言うわけで、道中で今日必要な物を回収しつつ、俺はまず水場と寝床の確保に向かう事にする。
三日間だけとは言え、安全な飲み水の確保は絶対に必要であるし、多数の獣が居る事は確かなのだから、安全な寝床の確保も可能ならしておくべきなのである。
------------
「あそこか」
そうして必要な物を集めながら、自然に出来上がった山道を移動すること二時間。
冬山用の装備で挑んでいるので大して寒くはないが、オース山をおおよそ四分の一ほど登り、少し顔が寒くなってきたぐらいのところで、俺は目的の場所を見つけ出す。
「よく澄んでいるな」
そこは山のもっと上の方から水が流れ込み、池のようになっていた。
常に新しい水が流れ込み、古くなった水が何処からか流れ出ているのだろう、池は底まで見えるほどに澄んでいる。
この水の見た目と池に住んでいる魚の種類、それに触った時に手に伝わってくる冷たさと感触からして、この池の水はそのまま飲んでも大丈夫である可能性が高い。
「……」
俺は池から少し離れた場所へと目を向ける。
そこは周囲の植物の状態だけから考えると、不自然な状態になっている。
具体的に言えば、周囲には背の高い草木がきちんと生え揃っているのに、そこだけ草木は生えておらず、岩と土の地面が剥き出しになっていた。
「ここを使っているのか」
近づけば、何故そうなっているかは簡単に分かった。
焚火の跡が残っているし、テント……だったか、簡易の組み立て式の小屋を建てた跡も残っていた。
どうやら学園の生徒が修練でオース山に入る際には、此処を拠点として使っているらしい。
それならば、ここだけ拓けているのにも納得である。
「一応、確認しておくか」
学園の生徒が使っているのなら、俺もここを拠点にしても問題ないとは思う。
が、念のために俺は手近な樹を登ると、ここ数日の天気を思い出しつつ、その梢から周囲を見渡し、崩れそうな崖などの危険なポイントが無い事を確かめる。
結果は問題なし。
山ごとに土の質や生えている植物の種類が違うので、確証までは持てないが、少なくとも俺の試験中は何も起きないだろう。
「なら、寝る為の準備だな」
俺は樹から降りると、背負っていた荷物袋から小型の鍋を取り出し、それで池から水を汲んでくる。
そして拾ってきた薪を組み上げ、五徳を置き、保存食であるカチカチのパンと塩漬けの肉を放り込んだ鍋を五徳の上にセットする。
そうして準備が整ったところで、俺は近くにあった適度な大きさと平たさを持つ石を拾うと、乳鉢と乳棒を取りだし、その場に腰を下ろす。
「……。三つほどでいいか」
俺は乳鉢の中にこの場に来るまでに摘んだ小さな赤い果実……ジャッジベリーを入れて、乳棒で押し潰し、十分な量の無色透明な果汁を染み出させると、果肉を……一応鍋の中に放り込む。
「……」
ジャッジベリーの果汁が得られたところで、俺は果汁が入った乳鉢の上で血が一滴染み出す程度に自分の腕を切り、血を乳鉢の中に入れる。
「よし」
そして乳鉢の中身を十分に混ぜ合わせる事で、紋章魔法を使うために必要な真っ赤なインクを造り上げる。
「丸に三角……と」
インクが出来上がったところで、俺は指にインクを付け、先程拾った石の平らな面に正円を描き、その外側に三角を、内側に幾つかのマークを書き入れる。
そうして紋章が描き上がったところで薪の近くに石を置く。
これで準備完了である。
「『発火』」
俺が紋章の一部に触れながら言葉を発すると同時に、紋章が赤く光り出し、次の瞬間には小さな火が石の上に生じる。
「よし」
俺は紋章魔法が無事に成功したことを確かめると、火が消える前に紋章を描いた石を薪の下に入れ、薪に引火させることによって紋章が劣化すれば消えてしまう魔法の火を、燃やす物があれば燃え続けてくれる本物の火に変える。
「……」
これが紋章魔法。
特定の素材と術者の体液を組み合わせた物質で紋章を描き、発動の為のキーワードを口にする事で、不可思議な現象を引き起こす事が出来る、箒星の神が人間に伝えたとされる奇跡の術法。
これだけ簡単に火が起こせるのだから、本当に便利な物である。
尤も、マトモに習っていない俺が使えるのは、『発火』の魔法ぐらいだが。
「明日からが本番だな」
陽が完全に暮れ、鍋が十分に煮たって来たところで、俺は火から鍋を下ろし、鍋の中身を食べ始める。
元が元なので、やはりジャッジベリーの果肉を加えても味に大した差は無かった。
「さて、寝るか」
鍋を食べ終えた俺は、翌日の準備を終えた後、念入りに焚火を消すと、手近な樹に登ってその上で眠りに就いた。
01/05誤字訂正