第58話「黒煙-2」
「防御能力が低いって言うのは……」
「順を追って説明をしますので、少し黙っているように」
タイディーさんは俺の言葉を遮るように喋ると、黒板に人の絵を二人分描き、その内の片方からもう片方に向けて矢印を伸ばす。
どうやらこの矢印が、そのまま攻撃を表した図であるらしい。
「紋章魔法を使った防御は、大別してしまえば二種類しかありません。相手の攻撃を受け止めて防ぐか、攻撃の軌道をずらして防ぐかです」
タイディーさんが矢印を遮るように直線を引き、矢印を横から叩くように別の矢印を引く。
「前者を得意とするのは土属性や金属性と言った固体生成を得意とする属性で、ティタンさんが知っているかは分かりませんが、『土塁』や『鉄壁』と言った魔法が扱いやすさもあって有名で、よく使われていますね」
俺はタイディーさんの言葉に年老いたアースボアが地面を隆起させる事によって、矢を防いだ光景を思い出す。
厳密には違うのかもしれないが、大きくは間違っていないだろう。
「後者を得意とするのは水属性に風属性と言った流体生成を得意とする属性で、こちらの有名どころは『水流壁』や『下流風』でしょうか。どちらも飛んでくる物の軌道を逸らす為の魔法ですね」
こちらで俺が思い浮かべるのは、突然の突風によって放った矢があらぬ方向に飛ばされてしまう光景だ。
よくある事ではないが、アレが起きてしまうと狙い通りの場所に飛ばないし、吹き方次第では殺傷能力そのものが奪われてしまう。
それを任意で起こせるのだから、やはり魔法と言うのは凄まじい物である。
「それでティタンさんが適性のある属性、火、闇、妖属性ですが、この三属性に雷属性を合わせた四属性は、固体生成も流体生成も苦手としている属性です」
「どうしてですか?」
「簡単に言ってしまえば司っているものの関係ですね」
さて、ここからが本題である。
タイディーさんが黒板の一部を消して、代わりに炎、塗りつぶした球体、雲のようにモヤモヤした物を描く。
もしかしなくても、火、闇、妖属性を表した図である。
「火属性は変化を主とし、燃焼、熱、加算と言った要素を司る属性です。つまり炎によって敵自身を攻撃したり、自分の身体能力を底上げしたりと言った事は出来ても、一度放たれた相手の攻撃を阻害するような要素は管轄外なのです」
「……」
確かに火の勢いがどれほど激しくても、火で敵の攻撃を受け止めたり、逸らしたりと言った光景はイメージしづらいかもしれない。
「闇属性は浸食、同化、隠蔽、混沌と言った要素を司る属性であり、その主用途は他者を侵食しての機能阻害です。高位の魔法にもなれば、他者の魔力現象を急速に侵食することによって攻撃を無かった事にするような魔法もありますが、危険も大きく、ティタンさんの腕で扱えるような代物ではありませんね」
一応俺はフラッシュピーコックの閃光を『仄暗い』によって防いだ事が有る。
が、アレはフラッシュピーコックが光を放ってきたのに対して、こちらが光を遮る空間を作ったから防げたのであり、防御魔法ならどんな物が飛んできてもある程度は対応できないと駄目だろう。
つまりあれは偶々の例外と言う事だろう。
「妖属性は研究途上の分野ですが、曖昧、中和、緩衝、不定と言った要素を司っている事が分かっています。こちらも高位の魔法になれば、相手の攻撃を防げるような何かが存在していますが……最新鋭の分野ですからね。気軽に学べるようなものではありません」
妖属性は……うん、論外だ。
何かはあるのかもしれないが、俺の頭ではよく理解できない。
きっと妖属性の魔法で防御魔法を学ぶよりも、闇属性の魔法で汎用性のある防御魔法を探した方が速いと思う。
「勿論、これはただの傾向です。どの属性でも高位の属性になれば攻撃も防御も出来るようになりますし、そもそも高位の魔法には複数の属性を組み合わせる魔法が多数……と、これは今言っても意味が無いですね」
複数の属性を組み合わせる?
どういうことなのだろうか?
いや、ついさっき学園長が俺に使った『魔紋発動履歴探査・改』の紋章は何色ものチョークで描かれていたようだったし、もしかしたらアレが複数属性を組み合わせた魔法とやらなのかもしれない。
「何にしても確かな事として、ティタンさんの適性と実力では、相手の目を眩ませる魔法は覚えられても、攻撃そのものを止める防御魔法は覚えられないと言う事ですね」
「なるほど」
まあ、複数属性を組み合わせることについては今は気にしないでおこう。
それよりも重要なのは、俺が防御用の魔法を覚えられるのははるか先の事であると言う点だ。
「でもそれなら……」
ならば、『黒煙』以外の手段で相手の攻撃をかいくぐる助けになるような魔法が無いかと俺が尋ねようとした時だった。
「で、ティタンさん。『黒煙』は確かに優れた魔法です。それは否定しません。修得すれば、どのような状況でも使い道がある魔法でしょう。ですが、『黒煙』を学ぶのであれば、まずはそれだけに専念して、他の紋章魔法を新たに覚えようなどとは思わないでください」
「え?」
タイディーさんがかなり険しい目つきで俺の方を睨んでくる。
「ティタンさんが思っているほど、『黒煙』の紋章魔法……いえ、下位紋章魔法そのものが簡単な物ではないと言う事です」
「……」
その目は俺の事を脅しているようなものであったが、同時に俺の事を諭すようなものでもあった。
そんな目をこの場でタイディーさんが俺にぶつけてくると言う事は……
「分かり……ました」
「よろしい。では、頑張ってくださいね」
つまり、それだけこの先の道が険しい物であると言う事なのだろう。
02/20誤字訂正




