第51話「新しい弓-6」
「さて、ティタンも知っての通り、魔具とは紋章魔法を使うために必要な道具の事を指すでやんすが、厳密な定義に沿って行くと、魔具はほぼ二種類しか存在しない事になるでやんす」
ソウソーさんはそう言うと、懐から黄色いインクの入った小瓶と、金色のチョークを取りだす。
「つまり、魔獣の血液を初めとする液体系の素材から作り出されるインク型魔具」
黄色いインクの入った小瓶をソウソーさんが揺らす。
どんな素材から作られたのかは分からないが、色からして風属性の紋章魔法を使うのに適したインクなのだろう。
「魔獣の骨などの固体系の素材から作り出されるチョーク型魔具の二種類でやんす」
ソウソーさんは小瓶を置くと、続けて金色のチョークをつまんで、指先で器用にクルクルと回して見せる。
こちらもどんな素材から作られたのかは分からないが、雷属性の紋章魔法を使うのに適した物なのだろう。
「ただ、この二つの魔具で紋章魔法を発動するためには、いちいち紋章を描かなければいけないでやんす。日常生活で使う分には細かい調整を利かせる意味でも、そちらの方が都合がいいでやんすが、戦闘では致命的な隙になるでやんす」
「まあ……そうですよね」
ただ、ソウソーさんの言うとおり、インクとチョークそのままでは戦闘に使うのには向かないだろう。
なにせ紋章魔法に使う紋章はとにかく正確さが要求される。
仮に目を瞑ってでも紋章を描けるほどに習熟したとしても、基礎の紋章魔法の紋章を描き上げるのに最低で十秒は要るはずだ。
その十秒の間に一体何度武器が振るわれ、何本の矢が放たれるだろうか?
そんな事を考えたら、まあ普通の戦いの場で使えるとは思わないだろう。
「そう言うわけで、昔の魔法使いたちは色々と考えたんでやんす。で、戦いの場でも魔法を使えるようにする方法として、事前に紋章を描いて持ち運ぶと言う方法を考え出し、その為に必要な道具として諸々考えたでやんす。そして今ではそれらの道具も魔具として扱われるようになったんでやんす」
「なるほど」
ソウソーさんがウエーホン魔具店の中を歩いて行き、剣や弓が飾られている方に歩いていく。
「例として分かり易いのは、ブック型と呼ばれるタイプでやんすね。これは紋章を描いた羊皮紙を本の形でまとめた物でやんす。術者の判断力と記憶力が確かなら、最も優れた魔具とも言われるでやんすね」
「ふむふむ」
ソウソーさんが一冊の中身が書かれていない本を手に取って、俺に示して見せる。
ブック型……俺の記憶でそれらしき物を持ち歩いていた人と言うと、ハーアルターが豪華な装飾の本のような物を腰から提げていたはずである。
あの本の厚みで、全てのページに紋章が描かれているのなら……うん、確かに大抵の状況には対応出来そうである。
「で、他には……プレート型、チョーク型の派生で、目的とする紋章魔法の形に素材を成形して固めた物があるでやんすね。これは特定の魔法しか使えないでやんすが、その代わりに同じ魔法を複数回連続して、選択の必要なく使えるでやんす」
「つまり対応力の代わりに速効性を得た感じですか?」
「そう言う事でやんすね」
本を棚に戻したソウソーさんが、懐から以前にオース山で魔獣を探すのに使っていたメダルを見せる。
そのメダルの表面にはよく見ると細かい凹凸が存在し、一つの紋章を象っていた。
なるほど、これがプレート型なのか。
「で、他には……そうっすね。プレート型の派生として、狙いをつけやすくした筒型、平らな場所に置いた上で、上からインクをぶっかければそれだけで紋章が出来るシール型、色々とあるでやんすよ。とにかく重要なのは、インクかチョークを紋章の形に出来ると言う点なんでやんす」
「なるほど」
ソウソーさんは棚の商品を興味深そうに眺めつつ、説明を続ける。
「ああそれと、此処には無いでやんすが、スレーブ型なんて物もあるでやんすね」
「スレーブ型?」
「平らな板に溝を掘り、そこにインクを流し込む事で紋章魔法の紋章を完成させると言うものでやんすね。基本的にオーダーメイドなんで高価でやんすが、頻繁に同じ紋章魔法を使う必要が有る場所には向いているっすね」
スレーブ型……もしかしなくても学園の検査室にあったあれだろうか?
いや、あれだろう。
俺の血を混ぜたインクを流し込んで、適性検査を行っていたわけだし。
「で、色々と紹介して来たでやんすが、今一番使われているタイプがビルトイン型っすね」
ソウソーさんはそう言うと、背中に釣っていた弩を俺に見せる。
「ここ、薄い物が入るように隙間が空いているっすよね」
「はい」
ソウソーさんが指し示したのは弩の先の方、矢が通らない場所に空いている空間であり、俺の記憶が確かならばブランチディールを解体した授業の際にプレートのような物が入っていた場所である。
「ビルトイン型と言うのは、本来は魔具で無いものに魔具としての機能を付けた物。と、考えると分かり易いでやんすね」
「魔具で無いものに?」
「やり方は色々でやんす。剣の持ち手の中に羊皮紙を仕込めるようにしたり、この弩のようにプレートを填め込めるスペースを作ったり。まあ、何でもアリでやんすね」
「なるほど」
「メリットデメリットは……まあ色々とあるでやんすね。その辺りを詳しくやると、それだけで本の一冊ぐらい書けるレベルでやんすから。今はただ、『魔具を今まで使って来なかった人間でも他の道具を使うのに近い感覚で魔法を組み込めるようになる。そして、元の道具としても使える』と、言っておくでやんすよ」
「あ……」
そこまで言われて俺もようやく理解する。
ビルトイン型の利点に。
準備さえしておけば、弓で矢を射るのと同時に、持ち替えなしで魔法も撃てるようになると言うメリットに。
いや、もしかしたら他にも様々なメリットがあるのかもしれない。
とにかく確かなのは、今後の為にも魔具弓を扱えるようになっておいて損はない、と言う事である。
「と、帰って来たでやんすね」
「もぐもぐ……持って来たである」
「……」
俺は幾つもの箱を持って帰ってきたコルテさんの姿を見て、期待に胸を膨らませずにはいられなかった。
だいたいの魔具は汎用性を捨てる代わりに、即応性や能力の特化を得ている感じですね。
09/01誤字訂正