第47話「新しい弓-2」
「はい、鳩肉の照り焼き。ちょっと付け合せ多めだよ」
「ありがとうございます」
昼。
無事に書類仕事を終わらせた俺とソウソーさんは、昼食を食べる為に生徒と教職員で賑わっている風の塔の食堂にやって来ていた。
好みにするものが違うと言う事で、料理の受け取りは別々だが、食事そのものはこの後の打ち合わせもあるので、一緒に摂る予定である。
「空いている席は……ああ、あった」
と言うわけで、月に一度だけ出るらしいバジル入りのパン、野菜中心の温かいスープ、鳩肉の照り焼きを受け取った俺は、まだソウソーさんが料理を受け取っている途中なのを確認すると、空いている席が無いか探し、四人から六人用の席であるそこに座る。
「いただきます」
そして、料理の温かさと食堂の混み方を鑑みて、ソウソーさんに視線だけで先に食べていると告げた後に食事を取り始める。
「……。うん、美味い」
当然の話であるが、国一番の学園で出されるだけあって、どの料理もとても美味しい。
特に鳩肉の照り焼きが絶品だ。
何となく鳥系の肉を食べたいと思って頼んだのだが、正解だったらしい。
「すみません。席を……」
と、そんな時だった。
騒がしい食堂の中で俺に向けられたように感じた声がしたので、その声に対して答えようと、俺は声がした方に顔を向ける。
そして即座に詰んだと認識した。
「ご一緒してもいいですか?ティタン様」
「……」
振り向いた先に居たのは、料理を乗せた盆を持ったメルトレスだった。
その背後には、俺に対して警戒するような視線を向けつつ、室内用と思しき小型の盾に手をかけているゲルドと、両手に一つずつ盆を持った上で、何処か哀れむような視線を向けてくるイニムが居た。
三人の背後、幾らか離れた場所には、とてもいい笑顔と共に俺に向けて親指を立てているソウソーさんの姿があった。
そしてソウソーさんは俺が自分の事を認識したと判断すると、近くにあった一人用の席に座ってしまった。
「ティタン様?どうかされましたか?」
「い、いえ……」
うん、間違いなく詰んだ。
この場でメルトレスの行為を問題なく止められる人物が居るとしたら、俺の先輩にあたるソウソーさんだけである。
「どうぞ、席は空いているので」
「ありがとうございます」
が、そのソウソーさんに止める気が無い上に、食堂の混雑具合と俺が座っている席の状態を考えたら、俺にはもうメルトレスたちと同席する以外の選択肢はなかった。
「いただきます」
「「「……」」」
俺の正面を取る形でメルトレスが席に着き、その横にゲルドが座り、俺の隣にイニムが座ると、メルトレス以外の空気が微妙に張り詰めた状態のまま、食事が再開される。
「えーと、その……」
何と言うか、凄く気まずかった。
俺自身は覚えていないが、俺が獣に堕ちかけた時、メルトレスたちに襲い掛かろうとしたことは、学園長から聞いている。
そして、メルトレスの呼びかけのおかげで俺が獣の姿から人の姿になれた以上、メルトレスたち三人はあの獣の正体が俺である事をはっきりと認識している。
襲おうとした側と、襲われそうになった側が同席する。
気まずいのはある意味当然の話だった。
「どうされました?ティタン様」
だがまあ……ゲルドとイニムが俺に対して向ける視線と、何時でも紋章魔法を発動できる体勢にある事はまだ理解できる。
むしろ当然だ。
学園長の話ではメルトレスたちには俺が獣に堕ちかけた件については口止めをした上で、もうこんな事はないと言ってくれたらしいが、俺自身そうとは思えないのだから、二人が俺に対して警戒するのは至極当然の事である。
問題はメルトレスだ。
「え、えーとですね……」
メルトレスは笑顔だった。
それも一昨日の事なんて気にしていませんよと言ういたわりの笑顔や、始業式で見せていた仮面のような笑顔ではなく、正真正銘の本物の笑顔だった。
分からない。
何故メルトレスはこんな表情をしているのだろうか?
あんな出来事の後で、何故こんな笑顔を元凶である俺に対して向けられるのだろうか?
全くもって理解できなかった。
いっそ、俺の観察能力以上にメルトレスが表情を制御できると考えた方が正しいのではないかと思える程だった。
「その、一昨日の件については……」
いずれにしても俺から話を振ってしまった以上は、何かしらの形で話題を提供しなければならない。
それがこの気まずい空気に圧された結果であってもだ。
そう思って出てきたのが結局一昨日の件であると言うのが悲しいところであるが。
「ご安心ください。私もゲルドもイニムも、気にしていません。むしろティタン様が居なかったら今頃はと思っているぐらいです」
「そ、そうですか……」
「ですので、もしも次がありましたら、その時はどうかよろしくお願いしますね」
「えーと、その……機会があれば、全力で事に当たらせてもらいます」
「ふふふ、期待していますね。あの時のティタン様はとても格好良かったですから」
「そ、そうですか……」
メルトレスは快活と、俺は歯切れ悪く会話を続ける。
ゲルドとイニムの二人が会話に加わってくる様子はない。
ソウソーさんからは何だかニヤニヤしている気配が伝わってくる。
ソウソーさんには期待していないが、正直に言えばゲルドとイニムの二人には手助けをして欲しかった。
どう会話したらいいのか、まるで分からない。
相手が王族であるとか、年下であるとか、それ以前に今まで碌に歳が近い女性と話してこなかったと言う経験の無さが誰の目にも分かり易く露呈していた。
だが残っている料理の量と、昼食の時間からして……もうしばらくこの会話は続きそうだった。
メルトレス……融けない……なのにくっついたら……あっ(察し)




