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BBC-黒い血の狩人  作者: 栗木下
第一章:学園にやってきた狩人
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第42話「護衛任務-11」

 絶望。


 メルトレスたちの前に現れた獣を表すのにもっと相応しい言葉がそれだった。


「何時の……間に……」

 だが、メルトレスたちがそう感じるのも仕方がない事だろう。

 なにせ彼女たちの目線から獣を見れば、獣は少なくとも自分たちの三倍近い身長を持った巨体である。

 その上、その肉体は部位ごとに異なる獣を繋ぎ合わせたとしか思えないような奇異な肉体であり、先程上げた鳴き声もメルトレスたちにとっては想像したことも無いような鳴き声だった。

 つまり、この獣はメルトレスたちにとって、完全に想像の埒外に存在する未知なる魔獣、けれどその気になれば一瞬でメルトレスたちを殺せると言う、先程遭遇して逃げ出してきた相手であるピーコックなど比較対象にもならないような化け物だったのである。


「姫さ……」

「逃げて……」

 そんな化け物に対してもゲルドとイニムは忠実に自らに課せられた使命を果たそうとした。

 自分たちの死が確定的であっても、メルトレスだけは生き残らせる為の行動を起こそうとした。

 だが、二人の行動は実行に移す前に止められた。


「動かないで。二人とも」

「「っ!?」」

 他ならぬメルトレスの言葉でもって。


「視線を逸らさないで」

「ーーーーー……」

 メルトレスの目は両目ともしっかりと獣に向けられていた。

 獣の四つの目も、メルトレスたち三人に向けられていた。


「大声を上げず、抵抗する意思は見せても、こちらから攻撃を仕掛けようとしては駄目。ティタン様も言っていたでしょう」

「「……」」

 碌な瞬きすら許されない状況下で、メルトレスはサーベルを構え、獣の様子を観察しつつ、口だけを動かしてゲルドとイニムの二人が獣を刺激しないように御する。


「魔獣は一方的に狩れる相手を襲う。私たちには反撃できるだけの実力は無いかもしれないけれど、怯えた様子を見せては駄目」

「「……」」

 メルトレスの言葉にゲルドとイニムの二人もゆっくりとそれぞれの得物を構え、獣を刺激しないように注意しつつも、負ける気はないと言うのを示す。


「ーーーーー……」

「「「……」」」

 メルトレスの判断は正しかった。

 もしもゲルドとイニムがメルトレスを逃がそうと獣に襲い掛かっていれば、誰か一人でも視線を逸らしていたら、背を向けていたら、怯えた姿を見せていたら、それだけで本能で動く獣はメルトレスたちを狩れる相手だと認識し、その巨体に秘められた圧倒的な力でもって、三人の肉体を一瞬にして元の姿など決して分からないような肉片に変えていただろう。


「長い……けれど……」

「気は……抜けないよね……」

 暫くの間、一瞬の気の緩みも許されないような睨み合いが両者の間で行われた。

 この場に割って入ってくる魔獣など当然居ない。

 既に周囲に生息している魔獣は、大も小も、速く動ける者もゆっくりとしか動けぬ者もこの場から少しでも離れようとしていた。


「……、あれ?」

 そうして睨み合いが続く中、メルトレスは目の前の獣に対して一つの妙な事実に気づく。

 この時、獣は左手を前にし、右手を後ろに引くような姿勢でメルトレスたちの事を窺っていた。

 その姿勢は、獣の正体を考えれば当然の事であるが、似通っていると言う次元では済まない程にティタンが弓を構えて狙いを付ける姿にそっくりだった。


「ティタン……様?」

 その事実に気づいたメルトレスは思わずティタンの名を呟いていた。

 そして、その呟きが空気を震わせ、獣の耳に届いた時だった。


「!?」

 獣に明らかな変化が生じた。


「ーーーーー!!」

 獣の本能に従って動いていた瞳に、理性の光がほんの僅かにだが宿った。

 そしてそれと同時に、獣は両手で頭を抱え、奇異な鳴き声ではあるが、唸り声のような物を上げ始める。


「っつ!?これは!?」

「わわっ、ちょっ!?」

 頭を抱えた獣が暴れ出す。

 両足で激しく地面を叩き、頭を木々と岩に叩きつけ、蛇の尾と鳥の翼が周囲を薙ぎ払う。

 その暴れ方は、先程ゲルドとイニムの二人がかりで防いだ破壊の嵐がこの獣が引き起こしたものだと再認識させるものであると同時に、メルトレスたちに違和感を抱かせる物でもあった。

 全力で暴れるのであれば、もっと凄まじいものになるのではないか、ならば今暴れているのは、何かしらの異常事態が発生しているからではないだろうか、と。


「姫様!今の内に離れましょう!」

「メルトレス様!逃げましょう!」

 今ならば自分たちの事を追って来る事はない。

 そう判断したゲルドとイニムはメルトレスに逃げるように勧める。


「いえ、逃げるわけにはいきません」

 だがメルトレスはそれを断ると、獣に向けて一歩踏み込む。


「姫様!?」

「メルトレス様!?」

 当然ゲルドとイニムの二人はメルトレスの事を止めようとする。


「ここで逃げてはいけません。二人はそこで待っていなさい」

 しかしそれよりも早くメルトレスは獣に向かって駆け出す。


「ーーーーー!?」

「……」

 ゲルドとイニムを背後に置き去りにして、暴れ狂う獣の攻撃を怖れることなく、メルトレスは一直線に獣に向かって進み続ける。

 サーベルを鞘に収め、顔の横を大きな岩の破片が通り抜けようと、蛇の尾が自分の目の前の地面を叩いても気にする事なく進み続ける。


「ティタン様!」

「!?」

 そして岩に叩きつけて動きが止まった獣の頭に向けてメルトレスは呼びかける。


「ティタン様!お目覚め下さい!ティタン様!!私です!メルトレスです!」

「!?」

 何度も何度も呼びかける。

 二人の間にそれほどの絆は無いと分かった上で、けれどここで呼びかけなければ永遠に戻ってこれなくなると考え、自分の声によってティタンを呼び戻せると信じて呼びかけ続ける。

 そうしてメルトレスが呼びかけ続けた結果、獣に変化が生じる。


「ーーーーー……ガアアアァァァ!?」

 獣がひときわ大きな、けれどはっきりとした叫び声を上げる。

 すると、獣の肉体が空気に溶け込むように掻き消え、代わりに輪郭の一部がぼやけた傷のないティタンが現れたのだった。


「ティタン様……」

 メルトレスはゆっくりと、何処か怯えた手つきで、意識を失っているティタンの身体に抱きつく。


 メルトレスたちが保護されたのは、それから数時間後の事だった。

これで正ヒロインは確定したな

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